の続き



ねえ、ちょっと聞いてくれますか。

あのね、私が高校生の時の話なんだけど、すっごく好きな先輩がいたんです。1つ上の先輩で、授業中たまたま外をみたら体育の授業をしているのを見かけたのがきっかけなんですけど、まず見た目がすっごく好みだったんですよ。身長が高くて、綺麗な銀色の髪をしていて、夕方から夜になるみたいな色の瞳がとってもきれいな人でした。あれは一目惚れでしたね。

それっきりずっと先輩のこと目で追いかけながら過ごして、時々行事で見かけたり近くでごはん食べている会話をきいたりして先輩は警官になるんだって知りました。だから私も警官になろうって思って、それはもう一杯勉強したんです。先輩ってとても優しい人で、真面目で、面倒見が良くって、ほんっとうに素敵な人だったんです。直接話したことはなかったけど、友人といる先輩の姿はとても眩しかった。

先輩が卒業した日、私はそれまで見つめているだけだった自分を脱ぎ捨てたくなって先輩を呼び出しました。先輩と同じくらい眩しくって目の奥が焼けるような贅沢な夕焼けのなか、呼び出すまでは妙に緊張していたのに向かい合ってしまうと意外とすんなり話すことができて、私はなんと先輩の第二ボタンをゲットしました。そのボタン、3年間きっちり制服を着こんでいた先輩らしく結構傷ついていて色あせていて、それが私にはたまらなく愛しく思えて、警官を目指す勉強は大変でしたが私はそのボタンを見つめて先輩のことを想ってがんばりました。ほら見てください、これです。もう当時よりさらに色あせちゃいましたけど。今でも肌身離さず持っている私のお守りです。

それなのに、卒業後警官になって1年間の研修を終えて、配属された私が聞いたのは「その人ならもうやめたよ」ですよ。もうびっくり。じゃあいま何してるか知ってますかって聞いても誰も何も知らなくて、一生懸命調べた結果今はギャングだって聞いた私の衝撃わかりますか?もうほんと、天と地がひっくり返って朝が夜になって食事ものどを通らない、そんなやつです。私は一晩泣きました。あの先輩がなんで、って。でも朝になってみたら、私は別に先輩が警察だから好きなわけじゃあなくって先輩が好きなんだよなって気づいたんです。警察はやめました。何の未練もなかったのはちょっと誇らしい思い出です。

先輩はギャングで、パッショーネという組織に入って、ネアポリスにいる。私の調査力、なかなかのものじゃないですか?これは今でも役に立ってるところだと思うんですけど。居場所と所属がわかっちゃえばあとは簡単、私はこの町にやってきてブチャラティに無理矢理迫ってギャングになって、こうしてここにいるわけです。つまりね、アバッキオ先輩は私の人生なんですよ。

先輩のそばにいられるだけで私は本当にうれしくて、満たされた気持ちでいっぱいで、付き合いたいなんて気持ちになりませんでした。だって先輩のことアバッキオって呼べて、先輩も私のことって呼んでくれる。もう十分すぎるくらい幸せでした。なのにね、先輩、私があの日第二ボタンを欲しがった後輩だって知ってたんです。夕陽を見て私のこと思い出す日があったらしいんです。嬉しくて嬉しくて、私、よくばりになっちゃったみたいで。アバッキオ先輩の彼女になりたい。だから、そういう態度で今後は接していくので、応援してほしいなあ、なんて。

「…あなたが引くほど重たい女性だということはわかりました」
「えっ、ひどくない?」

は警察だったのか。どうりで身のこなしが綺麗だと思った」
「そういう話でした?でもありがとうブチャラティ」

「めちゃくちゃ面白れー話だな、見物させてもらうわ」
「面白い話をしたわけじゃないけどね」

「アバッキオのこと好きなのか!?がんばれよ!」
「素直なのはナランチャだけだよ。ありがとう」

先輩がいない隙を狙ってギャングになったいきさつを突然語り始めた私に優しいのはブチャラティとナランチャだけだったけど、それでも話を打ち切らずに最後まで聞いてくれる程度には優しい人たちでよかった。ブチャラティとナランチャの優しさ指数が100ならミスタとフーゴは30くらい。あ、先輩は100憶万くらいあるよ。先輩が私に気づいていたことですっかり舞い上がった私は、何の遠慮もなくアプローチすることにした。けれどいきなり態度を変えたら何事かと思われてしまいそうなので事前に説明したけれど、2年間ずっと見つめていたこととか、警官になってやめて追いかけてきたこととか、実はまだ先輩には言っていなかった。たまたまあの日の後輩がギャングになっていたくらいに思ってるんだろう。

ブチャラティはそんな事情でギャングになった私に呆れるやら一途な思いに歓心するやら天然かな?って反応を示してくれて、アバッキオの次に私が好きな大切な上司であると改めて認識させられた。今までならありがとうって抱きついていたかもしれないけど今はもうしない。私の体は先輩のものだからね。そう言ったらミスタがげらげら笑って噎せてフーゴに殴られてた。痛そう。大丈夫かな。私のせいでごめんね。

でも、いざアプローチをしようと思っても私は特にできることなんかない。クリスマスの雰囲気を漂わせる街中で心が欲しいなんて言った私にいつもより強いげんこつをプレゼントしてくれたアバッキオは、あの日以来ずっとあのままだ。変化と言えばチームの皆に事情を話したら、誰でもいい2人の任務の時なんかはアバッキオとのペアを譲ってくれるようになったくらい。今までとほとんど変わらない距離感はありがたくもあったけど、私はやっぱり不満だった。だって私がなりたいのは仲の良い同僚でも仕事上の相棒でもなく恋人だから。

そうして迎えたバレンタイン、こんなにちょうど良い日ってないと思う。いつも通りメンバー全員に贈るのはもちろん、アバッキオには特別素敵なやつを用意しなければ。

「というわけで、今日はもうお休みをください」
「ああ、頑張れよ」

そんな軽いノリでお休みをもらえるからギャングってすごい。自由業みたいなものだから、リーダーが良いと言えば休みだ。簡単な話。警察よりずっと融通が利いて生活はしやすいなというのは不思議なものだけど、身の危険は警察以上だからどっちが良いとも言えないね。

持前の何も考えていなさそうな能天気な雰囲気を振りかざして街を歩く。私がいつもブチャラティやアバッキオなんかと歩いているって知っている街の人たちは、当然私もギャングだって知っているはずなのにどこか気安い。それはブチャラティが築き上げてきた信頼の上にあるものだけど、それにしたってこの街の人はギャングに慣れ親しみすぎだと思う。

ちゃん、バレンタイン頑張ってね」
「ありがとう!がんばります!」

「アバッキオさんも隅におけねーよなァ、ちゃんの好意を受け取らないなんて」
「こんなに一途なのにって思いますよね!?絶対落としてみせますよ!」

「お花も添えたらどうだい?サービスするよ!」
「素敵!じゃあ赤真っ赤な薔薇、いただいちゃおっかなあ」

…私がアバッキオ先輩に猛アプローチをかけていることをご存じの街の皆様は優しいけれど、なんでこんな状況に?っていう気持ちもいっぱいにある。なんでだろうね。私がここで先輩の心をくださいって叫んだからだろうか。間違いなくそのせいだろうなあ。

街の人にもらったチョコレートの材料やラッピング資材、お花を抱えて自宅に帰った私は事前に買っていた本を開く。料理の腕は壊滅的な自信があるから、できる限り簡単なものにする。簡単で、失敗しなさそうで、それでいて気持ちの伝わるもの…なんてのは決まっている。とびきり大きなハートのチョコレートだ。溶かして固める、とっても簡単なそれですら私はうまくできるか自信がない。そのくらい自分の料理の腕前には信頼があるんだ。こんな信頼要らないけど。

火傷したりチョコにお湯を混ぜて失敗したりしながら、夜になってやっとハート型に流し込まれたチョコレートが冷蔵庫に納まった。もうへとへとだ。明日の朝ラッピングして朝一番に渡しに行こう。ついでに、ブチャラティとミスタとフーゴとナランチャにも市販のチョコを。これは私の分もあるよ。いつもお世話になっている仲間に何も渡さないわけにはいかないからね。





私のチョコレートを受け取った先輩が「グラッツェ、。愛してるぜ」なんていう夢を見て起きて、ご機嫌でラッピングをした。料理はできないけれど不器用なわけではない私は苦労せずそれを終えて、元気にアジトへの道を歩く。街の人はちゃんおはようと元気に声をかけてくれるから、私はご機嫌におはよう!おはよう!とあいさつをして回る。そういえばアバッキオは街の人とあまり話をしない。おはようって声はかけられるのに、それをちらりと目でみるだけだ。もっと愛想良くした方が人生お得ですよ、と前に声を掛けたら、代わりにお前が笑っとけって言われたんだっけ。よくわからなかったのでへらっと笑顔を返しておいた。

「おはようございます!」

アジトに入るとなぜか私が1番最後だった。こんなに朝早いのになんでみんないるんだ。ちょっと面喰らって後ずさってしまった。それに笑ってブチャラティが「おはよう、」と言うのに続いて、アバッキオ以外はみんなおはようって返してくれる。ヘッドホンをしていて聞こえていないなんてことはない。だって私がアジトに入った時、一瞬こっちを見たから。アバッキオの綺麗な色の瞳が私をちゃんととらえたのを、私は見たもの。

「先輩、好きです!はい、バレンタインのチョコレート」

そんな無愛想な先輩の前に駆け寄ってチョコレートを差し出す。この大きさはアバッキオ先輩への愛の大きさだよ。受け取ってもらえないかもしれないなんて考えはなかった。だってどんな時でも、先輩は最終的に優しいってことを私は知っていたから。私とチョコレートを交互に見て、ヘッドホンを外したアバッキオは「…おう」と言ってチョコレートを受け取ってくれた。

「先輩、大好きですよ」
「そうかよ」
「はい!それはもう、何年も前からずっと」
「声がでけぇ」

そんなことを言いながらも、渡された大きなチョコを叩き割ったりしないし殴りもしない。つまりはご機嫌ってこと。私はソファに座って私より視線の低いアバッキオににっこり笑っておいた。無言でヘッドホンをし直したアバッキオはもう私に興味はないみたいだったので、機嫌を損ねる前に立ち去っておく。本当に無愛想だけど、だからこそ、その優しさが引き立つってこともあるんだよね。これは盲目的な愛かもしれないけど。

「というわけで、ブチャラティにも。いつもありがとう」
「俺にもあるのか?」
「当然でしょう。お世話になってますからね、感謝の気持ち」
「そうか。グラッツェ」

優しく微笑んで受け取ってくれるから嬉しくなってしまうね。それを見ていたミスタとナランチャが駆け寄ってくる。ブチャラティにあるなら自分たちにも当然あると思っているみたいだ。

「俺には?」
「はいミスタ。ちょっと大きいのはピストルズの分も入ってるから。みんなで食べてね」
「おう、グラッツェ」

ヤッター!と飛び出してきたピストルズにも微笑んでおく。初対面では高い声でキーキー話すピストルズのこと、ちょっとだけ気持ち悪いなんて思ったりもしたんだけど今は全然そんなこと思ってないよ。小さくてちょこまか動き回るから可愛いなと思っている。

「なあ、俺のは?俺の!」
「はいはい、ナランチャのもあるよ。いつもありがとうね」
「さんきゅー!俺以外にチョコなんかもらえないからすっげー嬉しい!」
「えっそうなの?ナランチャなら街でいくらでももらえそうなのに」

首をかしげた私に答えたのはフーゴだった。

「ナランチャにお菓子を与えるとご飯を食べなくなりますから、僕が断ってるんです」
「ふうん、なるほどね」

そう言いながら手を差し出すので、くすくすと笑いながらその手にチョコレートを置く。ほら、はやく僕の分も、みたいな態度は可愛すぎるよね。

「フーゴはいつも良い子だね。これからもよろしくね」
「子ども扱いしないでください」

頭を撫でようとしたら文句を言うのに、手を払いのけたり逃げたりはしないんだ。大人びて見えるけど私よりずっと年下の男の子だから、こういうところもとても可愛くっていいなあと思う。そうしたら、突然アバッキオが机をガンッと蹴った。突然の物音にびくりと肩が跳ねる。

「あ、アバッキオ?どうしたの」
「なんでもねえ」
「なんでもなくて机蹴ったりするかな…」

びっくりした顔の私とは反対に、ミスタとブチャラティはくすくすと笑っている。何がおかしいんだろう。

、アバッキオも男だからな」
「え?どういうことですかブチャラティ」
「大方、自分以外にもチョコを渡したのが気にくわねーとか、他の男にべたべた触りやがって、とか、そんなとこだろ」

ブチャラティとミスタはとてもおかしそうにしている。それはつまり、私のチョコは自分だけがよかったって思ってるってこと?フーゴの頭なでなでするなってこと?そんなまさか。だってあのツンツンのアバッキオだよ。ツンツンがあふれて毛先までツンツンな彼に限ってそんなことあるはずがない。

そんなわけないですよねえ、と言いたくてアバッキオを振り返った私は、そのなんとも珍しい表情に言葉を飲み込んでしまった。だって、ヘッドホンからほんの少しだけ見えている耳が赤かったから。

「…アバッキオ、まさかほんとに?」
「何がだよ」
「私が、ブチャラティたちにもチョコ渡したの、とかに…その、やきもち、とか…」
「ハッ、誰が」

そう言って立ち上がり奥の部屋に引っ込んでいくアバッキオの横顔はなんとも見覚えのある赤色で。私はにやにやと口の端が上がるのをどうしてもとめられなかった。アバッキオ、もしかして私が思っているよりは私のこと好きなんじゃあないだろうか。ねえ、だって自惚れちゃいます、そんな顔されたら。

先輩の真っ赤な顔、あの日の夕陽みたいですよ!

おっきなハートのチョコレート

(素直じゃないとこも、大好きです!)