の続き

忘れもしない、プロシュートに「俺の女になれ」だなんてあまりにも男らしく告白されたこの場所は、今ではすっかり私のお気に入りになっていた。街を広く見下ろせるこの丘は、あの日見た朝日だけじゃなく夕焼けだって夜空だって特別綺麗に見えるし、昼間の元気な街の様子も遠くまで見渡せる。私はことあるごとにこの場所を訪れては街や空を眺めていた。

もしかしたらプロシュートは私がここにいることを知っているかもしれないけど、訪れないのであれば知らないのと同じことだ。私のスタンドはそこに人がいた痕跡を足跡から気配から匂いまで何もかも消し去ってしまうから、たぶん、気づかれてはいないけど。

ここに来るのはなんでもない日のなんでもない時間だったり、嫌な仕事の後だったり、難しい仕事の前だったりした。今でもプロシュートについて回るマンモーニのペッシと違って、私はもう一人立ちしているから、仕事だってほとんど一人で出かける。その前後の時間だって当然一人で、泣きたいわけでも悲しいわけでもつらいわけでもないけれど、なんだかアジトに戻りたくはなくて、けれど人ごみに紛れることもできないそんな微妙な精神状態を落ち着けるのにもってこいの場所だった。

そして今日ここを訪れたのは、そのどの理由でもなくって、この手の中にある何とも言い難いチョコレートのせい。

「プロシュートに手作りチョコレート渡すなんて、絶対無理…」

バレンタインだから、生まれて初めて手作りチョコを作ってみた。不器用な私にはこれが精いっぱいという、ちょっといびつな生チョコトリュフ。味は美味しかった。見た目も、まあ、トリュフなんてこんなものだろう。ラッピングはしたけれど、不器用なりの出来だった。用意したそれを机に乗せて眺めてみて、うん、こんなものをプロシュートに渡すなんてとんでもないなって思ってしまった。だって相手はプロシュートだ。

一応用意しておいた高級ブランド店のチョコレートもあるから、このトリュフは自分で食べることにして、プロシュートにはそっちを渡そうかな。不器用なりに頑張って作った私のチョコを、ばかにしたり受け取ってくれないなんてことは絶対にないと言い切れる。そういう人だから。ただ、彼にふさわしくないと私が思うだけだ。どっちを渡すか、いつ渡すか、私の頭の中は今朝からこのことでいっぱいいっぱいだった。

去年までのバレンタインは、ごく普通にアジトの仲間にチョコレートを渡した。全員に同じ市販のものだ。いつもありがとう、これからも一緒に生きて行こうねという、本命というには家族に向けたもので、しかし義理というには重たいチョコレート。だから私の分も当然用意したし、みんなで分け合ってわいわい食べた。

みんなそれぞれ外でもチョコレートをもらってくるが、その数がダントツでずば抜けていたのがプロシュートだった。彼は優しく街の女性にも人気があって、有名店のチョコレートを大量に抱えて帰ってきた。美しいプロシュートに、有名店の高級なチョコレートはあまりにもふさわしかった。

そんな彼に、こんな、ボロボロの、なんのかっこもつかないチョコレートなんて…。

「絶対無理、こんなの、なかったことにしよ…こっちを渡そう…」

せっかく作ったけど。プロシュートはこんなボロボロでも、きっと手作りの方が欲しいし喜んでくれるってわかってるけど。それでも、プロシュートにはプロシュートらしいものを持っていてほしいし、受け取る贈り物だってふさわしいものであってほしいし。仕方ない。私の理想のためだ。

覚悟を決めて、私はアジトへ足を向けた。





「どうしたんですかその顔…」

どきどきして戻ってきたのに、プロシュートはいなかった。だから拍子抜けして、でも心の準備をする時間は伸びたなって思った瞬間にプロシュートは帰ってきた。おかえりなさい、と出迎えた私に、プロシュートは「いたのか」ってちょっとだけびっくりした声をだして、それから真っ赤な頬に手を添えた。腫れてる。

「敬語」
「あっ…、ど、どうしたのそれ」
「女がな…」

腫れた頬を冷やすのに氷を出すっていう考えがとっさにでてこなくって、プロシュートのほっぺ腫れてるの!とギアッチョの部屋に飛び込んだら冷凍庫に氷あんだろ馬鹿じゃねーのと一喝されて、動揺しすぎだとプロシュートにも叱られて、まあまあ、って言いながら氷嚢を持ってきてくれたホルマジオにお礼を言ってなんとかプロシュートの頬を冷やすのに成功した。なんでも、バレンタインのチョコレートを渡してきた女に「今年は受け取らねえ」って言って怒られたらしかった。プロシュートならそのくらいの平手簡単に避けられただろうに、受けたのは優しさなんだろうか。それにしても力強い女性だ。プロシュートの白い頬が真っ赤じゃないか。

「痛い?なんでそんな…受け取ってあげればよかったのに」 「…お前はそれでいいのか」
「なんで私?」

きょとん、という効果音が私に似合うかと言われたらそれは否なんだけど、そんな気持ちで首をかしげた。見ていたギアッチョもホルマジオまで眉間に皺を寄せるのでそんなに似合わなかったかとショックだったんだけど、それはちょっとだけ違ったみたいで、プロシュートは私の頬に手を添えてまっすぐに目を見た。この、手で無理矢理顔を正面に向けて目を覗き込むプロシュートの仕草はきっと彼のクセなんだけど、私は未だに緊張してしまうので苦手だ。

「お前は自分の恋人が外で大量のチョコレートを受け取ってきても何とも思わないのか、って聞いたんだ」
「…ああ…なるほど…」

そんなこと、思いつかなかったのでつい感心してしまったけど、それは余計に呆れを誘ったらしい。プロシュートがモテることは長い付き合いの中で嫌と言うほど知っている。彼女である私がいたってそれは変わるはずなんかないので、それに嫉妬したりっていう考え自体が私にはなかった。

「別に気にしないよ。だってプロシュートがどこで誰にどれだけの物をもらってきても、プロシュートは私のもので、彼女は私なんでしょ?なんでそれを気にするの」

だから正直に言ってみた。だってプロシュートは私が好きだって言ったんだ。その気持ちに嘘なんかあるはずがなくて、彼はそういう嘘とかからかいとかが嫌いでまっすぐな人格だって私は知っている。だから何も不安になんて思うはずがなかった。当然でしょう。

でも、この返答はクールなプロシュートの意表をついたらしかった。

動揺して目をそらすなんて珍しい。机に置いた氷を頬にあてなおして顔ごと視線をそらす。その方向にいたホルマジオはにやにやしながら私たちを見ていてなんだか楽しそうだね。

「おめー、言う時は言うんだな」

からかう響きがいっぱいにこもったセリフの意図を読みそこなって、私は少し考えた。それからちょっとして、もしかしてとんでもなく恥ずかしいことを言ったんじゃないかと思い至って…、時間差で顔にじわじわ熱がこもる。うんざりした顔のギアッチョは立ち上がって部屋を出て行ってしまった。

「…あ、いや…そういうことじゃなくって…、やだ、今のなし!」
「待て

ぐい、と体を引かれて逃げようとしたのは阻止されてしまって、そのまま額がくっつくような距離に顔が近づいてきて私はもう恥ずかしさで死んでしまうんじゃないかと思った。

「そんなこと言っといて逃げられると思ってんのか?」
「いいえ…思ってません…」
「お前から俺に渡すモンは?」

ふ、と手を差し出されて、私の視線は泳いだ。そういえば、アジトに戻ってきたらプロシュートが帰る前に手作りの方は食べてしまおうって思ってたんだ。しかしそのラッピングが丸見えな状態の私のカバンはソファの上に放り投げられたままで、プロシュートの視線はばっちりそれをとらえてしまっている。

「私…作ってはみたけど、やっぱりうまくはできなくて。プロシュートにはプロシュートにふさわしい綺麗なものを食べてほしいから、そっちのお店の方」

仕方ないから、ソファの上のかばんからお店の方を取り出して渡した。プロシュートはそれを受け取ってくれたけど、反対の手はさらにソファの上に伸びて。

「お前が作ったのか」
「う、うん、でもダメだよ。味は美味しかったけど、プロシュートに似合わない」

返して、と伸ばした手はあっさり押さえつけられてしまったから取り返せなくて、ただ困ってしまった。けれどプロシュートはそんな私の心なんか知ったことではないって風に笑って、さっさと立ち上がってしまった。

「俺にふさわしいものは俺が決めるんだぜ、。グラッツェ」

返事なんて要らない、反論もさせないっていう綺麗なグラッツェのあとに額にキスがふってきて、私はなんだか泣いてしまいたいくらい恥ずかしくなった。うじうじと悩んでいたの、ばかみたいだ。プロシュートはそういう人なのにね。

「来月は期待しとけ」
「…うん。楽しみにしてる」

腫れた頬を冷やしながらリビングを出ていったプロシュートの背中を見送って、私はため息をついた。きっと彼には、まだまだ全然敵わないんだろう。きっとあのチョコにみっちり詰まった私の愛も、ちゃんとわかって受け取ってくれる。



愛の詰まった朝日のトリュフ