珍しくプロシュートと2人の仕事だった。プロシュートはだいたいの仕事にペッシを連れて行くから、2人きりっていうのはめったにない。今日はどうしてもプロシュートを送りたい仕事と、どうしてもペッシを送りたい仕事がかぶっていた。だからいつも一緒の2人をバラバラにして、プロシュートの補佐には私が付くことになったのだった。
彼に補佐なんて、実は必要がない。本当に万が一、例えば仕事中に別組織の抗争に巻き込まれた!なんてことにならない限り、私の仕事はない。せいぜい少し離れたところで、現場となる建物の周りに近づく人がいないか見張る程度だ。自分の仕事の能力には自信があるし、スタンドにも自信があるし、絶対に足は引っ張らない。だから特に構えもせずに向かって、そしてその通りあっさり仕事は終わった。
「お疲れ様ですプロシュート、私の出番はありませんでしたね」
「当然だ」
日付が変わってから数時間がたって、朝から降っていた雪はすっかりやんでいた。一面真っ白に積もった雪は暗殺者には都合が悪い。足跡が残るから。通りから離れたこの倉庫へ仕事をしに来るにあたってこれはとても不利なことだ。しかしプロシュートは、そんなこと気にしないといった風にポケットに手を入れて歩き始めた。慌てて追いかけながら、スタンドで足跡を消していく。そこで、私はこのために補佐につけられたのかもしれないと思い至った。
「おい」
「はい」
「ちょっと寄り道すんぞ」
「え、は、はい」
そう言ってポケットから出された手が目の前に差し出されて、私はそれをどうしたらいいのかわからなかった。プロシュートの顔と手を交互にみて困った顔をしたら、ぐっと手を握られる。手を繋いで歩くことになって、私の脳内は混乱の一色に染まってしまった。
私とプロシュートは先輩と後輩で、私は同期のペッシと2人、プロシュートについて一生懸命に仕事を覚えている新人だった。時々プロシュートがにおいを付けて帰ってくるのは外で女性と会っているからで、私はそういう女性たちと同じような関係は築いていないし、かといって親子や兄妹のように甘やかされながら手を引かれるような関係でもない。だからこの状況がとても不思議で、黙って手を引いて歩くプロシュートの歩幅に追いつくためほとんど走る勢いでついて行った。
やがて手が離されて、目的地に着いたのだとわかって、荒くなった呼吸を整えようと膝に手をついた。頭上から笑い声が聞こえる。
「体力ねーな、トレーニング増やすか?」
「えっ、えぇ、…はい、がんばります…」
いや、と言いそうになったのを慌てて撤回する。体力がないのは事実だ。私はチームの中で1番体力がない。瞬発力もなくって、どうしてもみんなより一歩後ろを行くことが多かった。どんなに頑張っても女の身体では男性に追いつかないと、頭ではわかっていてもそれに甘えたくはなかった。やります、とプロシュートの顔を見上げれば、少し驚いたような顔をしてから「冗談だ」と言われてしまう。
「あの、ここはどこなんでしょう?」
やっと呼吸が落ち着いて、少し余裕を取り戻してからあたりを見回すと、そこは海と街を見下ろせる高い丘だった。足跡1つない雪原には私たち2人の足跡ももちろん存在しない。私が消したから。平らにどこまでも続くような道に背中を向けて、街を見下ろしてみた。暗くてほとんど見えないけれど、なんとなく知っているお店はいくつか見えそうだった。
「ここは…そうだな、俺の秘密の場所だ」
「プロシュートの?私、知っちゃっていいんでしょうか」
「ああ、なんだろうな、…に見せたくなった」
そんなことを言われると、さっきまでつないでいた手が熱い気がしてしまうのでやめてほしい。プロシュートはとてもきれいな顔をしていて、乱暴な言葉遣いと態度では覆い隠せないほどに素敵な人だ。その職業が暗殺者で、もし私が一般人だったとしても、きっと街で出会えば憧れたに違いない。
それ、どういうことですか。そう聞いてしまいそうで、でもそんなの、特に意味なんてないのかもしれないから。ただの気まぐれで、たまたま自分がここにいたいと思ったタイミングで私が一緒にいたとか、秘密って言ったけれどほかのメンバーはみんなここを知っているとか、そういう可能性だってあるし。黙ってしまったので、何言ってるんですかって笑い飛ばすのに失敗してしまった。
「おい、顔あげろ」
「はい……え、あ、うわあ……!」
そんなに長くはうつむいていなかったはずなのに、顔を上げた私は眩しさに一瞬目を細めた。地平線の向こうが真っ白に輝いている。思わず漏れた声をプロシュートは笑ったけれど、そんなの全然気にならないほどにきれいな景色だった。
「す、すごいですプロシュート。こんな景色を秘密にしていたんですか?」
「ああ、ここを教えたのはお前が初めてだ」
「…本当に?」
さっき聞こうとして言えなかったことが、朝日に押し出されて出てきてしまった。けれど大事なのはその返事だ。私が、初めて。そんなくだらねェ嘘つかねーよ、と言いながらプロシュートはタバコを咥えて、ふっと煙を吐き出す。白い煙は白くなる吐息と混ざって朝日に照らされて光った。
「綺麗、本当に綺麗です」
「だろ?…お前、今俺を見て言ったか?」
「はい、朝日に照らされるプロシュートが綺麗…えっあれ、すみません、私何言ってるんだろう…!?」
慌てて口を押えるけれど、出てきた言葉は戻らない。プロシュートのぽかんとした顔は初めてみた。今日は初めてがいっぱいの日だ。なんて思う余裕があるわけはなくって、私は自分の顔がこれでもかというほど真っ赤になっているのに気づいていた。耳まで熱いから、きっともう私の頭はゆでだこみたいになっているに違いない。
「、お前…」
「すみませんすみません、違うんです、いや違わないんですけど、プロシュートは素敵ですが…じゃあなくって、」
「おい、落ち着け」
ぐ、と顔を隠していた手を掴まれて顔を覗き込まれる。少しだけかがんで覗かれたので距離が近い。こんな真っ赤な顔見られたくないのに。そんなふうに見ないで。視線だけでも合わせないよう目を逸らすと、プロシュートは手を離してから、これまた初めて見るほどに、大声をだして笑った。
「っはははは!悪ィ、からかいすぎたか?真っ赤になって可愛いな、ちゃん」
「からかわないでください!」
「からかってねーよ」
別にセットも何もしていない髪の毛をぐちゃぐちゃにかき回される。まだおかしそうに笑っているプロシュートの目じりには涙が浮かんでいて、そんなに私の赤い顔がおかしいのかとむっとしてしまう。もう、と抗議をしようとすると、やっと笑いが収まったのか少しだけ咳き込んでからプロシュートは私を真正面から見つめる。
「ここは俺がチームに入ってすぐのころ、初めて1人で任務に出た時に見つけたんだ」
「そうなんですか」
「それ以来、何か大事な仕事があるときには必ずここに来てこの朝日を見た」
「そんな大事な場所に、なんで私を…」
朝日がゆっくりと昇っていって、さっきよりもずっと眩しい。直視していないはずの朝日が横顔に照り付けて目がうまく開けられなくて、それでも正面にいるプロシュートを見つめれば、綺麗な金髪は朝日を取り込んで光り輝いて、この世の者とは思えないほど美しく見えた。
「…さあな。これから、一世一代の告白でもするのかもしれねェな」
雪の上に落としたタバコを踏みつけて消して、赤くなった指先が私の頬に触れた。こんなに冷えているようにみえるのにその手は私の赤くなった頬よりも暖かくて、私はプロシュートの言葉の意味をうまく理解できなかった。
形の良い唇が開くのが見える。
「お前が好きだ。俺の女になれ、」
「…えっ!?」
「えっ、じゃねーだろ。返事は?」
俺のことどう思ってる。そう言った声は低く響いて、私はやっとそこまでのすべての言葉を脳内で咀嚼することに成功した。深呼吸をして。秘密の場所で大事な告白をしてくれた先輩に、失礼のないように返事をしなければ。緊張で震える唇をゆっくりと開いた。
穏やかな朝日
(プロシュート、私も、好きです)(ああ、知ってた)(!?!?!?)