あー、やっちまった。

怪我をした腕を押さえて路地裏に転がる。連絡はしたから、誰かが拾いに来てくれるだろう。貧血がひどい。それまでもつかな。なんて、くだらないことを考える程度の余裕は残っていた。赤い血は嫌いじゃない。自分の体から溢れる熱いそれは、生きていることを実感できるような気がする。

くだらないくだらない。そんなこと考えている場合ではない。とりあえず腕はぎゅっと握ってできるだけ血を止める努力をしておこう。人間はこんなんじゃ死なないけれど。痛いが、別にだからどうというほどのことはない。まったく、しょーもないけがをしたもんだ。

コツリと足音がした。音がするまで気配がしなかったので、俺は仲間だと思って振り向いた。その瞬間、傷を押さえていた腕に力が入る。

「…誰だお前」
「血のにおいがしたから、来たの。助けてあげる」

姿を見せた少女は、鈴を転がすような声でしゃべった。

白いレースがこれでもかとあしらわれたふわふわのワンピースに、真っ白に透き通った肌。透けて見えそうな金髪は背中を覆う長さで風に揺らめいて甘い香りがして、純粋無垢で人を疑うことなんかまったく知らなさそうな空色の瞳が、人の悪意なんて何にも知らないように笑った。

冷静に考えれば、人気のない路地裏から血のにおいがしたとして、そこに近づいてくるような奴は間違いなくまともじゃない。それなのに少女にはそういう”うさんくささ”みたいな雰囲気は一切なく、むしろ温かく守ってくれるような、そんな気がした。

「怪我してる人がいると思ったの。かわいそうに」
「近寄んなよ」
「怖がらなくていいの。心配いらないわ」
「触んなって、」

警戒から発したはずの言葉に、汚れるから、なんて付け足してしまったのは何故だろう。真っ白なその服を、その手を汚したくなかったのか。どうしてそんな風に感じたのかはわからない、なんだか変な感じのする女だ。

ワンピースの裾が血を吸うのに何のためらいも見せず、少女はメローネの横に膝をついた。そして傷を負った腕に触れる。結構な痛みを持っていた傷が瞬時に痛みをなくしたので、メローネは驚いて声をあげた。少女の手は柔らかく光っている。…スタンドだ。

「あなたに、このけがをさせたのは誰?」
「言う必要ないだろ」
「思い浮かべるだけでもいいのよ、誰にやられたのか思い浮かべてくれれば」

それは今日のターゲットだ。今はメローネが背を預けているバイクのパーツになっている。

パキン、と音が鳴った。バイクに取り付けられたパーツに亀裂が入った。

「…それ、事故?」
「お前、何した」
「あなたの怪我を、原因に返しただけよ」

にこりと笑った顔に嘘はなさそうだった。傷を原因に返すスタンドだろうか。貧血で冷えていた頭が急激に温度を取り戻していく。

「もう怪我しないようにね」

敵意も何も感じられず、ただ傷を治した少女を追いかけたり問い詰めたりする気にはなれないくらい、俺はあっけにとられていた。立ち上がった少女のワンピースにしみ込んでいた血液は消えていて、地面にできていた血だまりも跡形もなく消え去っている。

足音を立てて去っていく背中を見つめていた。暗い路地から明るい場所へ向かう背中は本当に天使みたいだ。舌打ちをしながら現れたギアッチョが「怪我なんかしてねーじゃねぇか、クソッ」と言いながらバイクを蹴るのも気にならない。俺は天使に出会ってしまったらしい。

2019.01.30