乱暴に開いた玄関で靴が脱ぎ捨てられて、不機嫌な顔のプロシュートは座っている私の膝に上体を預けるようにして床に座った。今日はずいぶんと疲れているみたいだ。時々こうして甘えに来るプロシュートは私の可愛い元部下で、弟分で、無理矢理大人になるしかなかったかわいそうな子どもである。

私はもともと暗殺チームのリーダーで、リゾットやプロシュートの上司だった。物分りが良く冷静なリゾットに比べて、血気盛んで生意気で言うことをまったくきかないプロシュートの世話はとても大変だったけど、手のかかる子ほど可愛いっていうのは本当らしい。

プロシュートは私の1番のお気に入りになって、下に別の子たちが入ってきてもそれは変わらなかった。だから庇ったんだ。調子に乗って油断して、完璧に敵に背を取られたこの子のこと。まともに動けなくなった私は仕事を引退し、リゾットにリーダーを譲った。

まだまだ子どもでいられるはずだった彼が大人になるしかなかったあの日、背骨を砕かれて血まみれで崩れ落ちた私を見て彼が泣き叫んだあの日、それは彼が無理矢理にでも大人になると覚悟を決めた日になった。肩にかかるやわらかな金髪を揺らし無邪気な笑顔を浮かべるプロシュートはいなくなった。代わりに高級なスーツを着込み髪をひっつめ、目つきは鋭く覚悟を決めた男のものに。弱音も吐かなくなって、仕事も失敗しなくなったね。

兄貴と呼ばれて後輩の面倒を見ているなんて、昔のプロシュートからは想像もつかない。私の指示を無視し、失敗しなきゃいいんだろと言いながら怪我をし、リゾットと喧嘩して負かされ悔し涙を浮かべて手当されていたプロシュートからは。

それでも彼はプロシュートで、私の可愛い弟分だ。

「おつかれさま、甘えに来たの?」

素直にうんと言うことはないとわかっているけど、声に出してみる。からかうような色が出ないように、甘やかしてあげるよって伝わるように。そうしたら珍しいことに、「悪ィかよ」と小さな声がした。

かわいい。私が結ばれた髪を解いたから、あの頃のプロシュートに戻っていたのかもしれないね。この子は本来は穏やかな性格をしている。ギャングとはこうあるべきという意識からギャングを演じているだけで、本当は明るい陽の下で昼寝でもしているのが似合うに違いない。

プロシュートの手は私の服に潜り込んで背中の傷を撫でる。その古傷はもう痛くも痒くもないけれど、今でもプロシュートのことを傷めつける。手当という言葉があるけど、人の手は痛みを和らげることができるらしい。時々こうして傷跡をなぞるのは、今でもまだ、この傷を治そうとしているからかもしれない。

「もしお前がまだ現役だったら、」

それだけ聞い手私の手に力が入ったのに気づいたのかプロシュートは続きを言わなかった。私だって思ってるよ。まだ動けたら、プロシュートをもう少し子供でいさせてあげられたのにって。けれどそれは無意味なもしもの話だ。だから、やめようね。

兄貴であることに疲れたプロシュートが私の前でだけ子どもに戻って甘えるとき、もう無力なただの人間だと諦めている私は姉貴分としての誇りを取り戻す。プロシュート、たくさん甘えたらまたちゃんと前を見て、まっすぐ歩いて行くんだよ。あなたを守った私の分まで。

いつかこの仕事から離れたら、一緒に"偉大なる死"を迎えられますように。その時は、きっとプロシュートは本当に兄貴になって大人になっているだろうし、私も人生をまっすぐ見つめて、あなたに好きって言えるだろうから。


2019.01.18