空条承太郎くんは特別だ。

彼はとても人気がある。いつだって彼の周りは女の子でいっぱいで、キャーキャー黄色い声をあげるのを怒鳴りつけて黙らせる光景は1日に何度も目にするし、それでもめげずにかっこいいと騒ぐ声もよく聞こえてくる。あんまり出席していないけれど成績は良いらしくてそういうところも人気が出る要因の一つなんだと思う。他にもよいところはたくさんあるらしくて友人はよく「空条くんが」って話をしていたけど、私は興味がなかった。かっこいいとは思うけど、いくらかっこよくたって不良は不良だ。あんまり関りあいたくない。

けれど私は、たまたま偶然、予期せぬところで彼の『良いところ』を目撃してしまった。私の部屋から見える空き地で生まれた野良猫の子ども。野良猫に餌付けしたって良いことはないし、うちには猫アレルギーがいるから飼ってあげることはできない。それでも猫好きとしては放っておけなくてつい見守っていた子猫たちがいたのだけど、その日は雨が降っていた。ざあざあとただでさえまだ寒い時期に降り注ぐ雨は当然のように冷たくて、帰ったらせめて傘だけでもさしてあげたいと日直で遅くなった帰路を急いだ。ぱしゃぱしゃと跳ねる水たまりが靴を濡らすのも気にしないで、走っているせいでぶれる傘も気にしないで家について、体なんて拭かないで傘を持って再び外へ飛び出した。

空き地といってもそう広いところではなくて、表通りからは見えないところだし一見私有地にみえるようなところだ。中の様子がわかるのは私の家の私の部屋の窓くらいなものだから、ここに人がくることはまずない。と思っていたから、入り口に立った私は中に大きな人がいるのに気づいて悲鳴をあげた。強い雨の音がかき消してくれたと思ったけれどその人の耳は聞き取ったらしくてゆらりと振り返る。

「空条君…?」

それは見慣れたクラスメイトだった。私と頭1つ分じゃあすまないくらいに身長の大きな彼は1歩ずつゆっくりと歩いてきて、帽子でその表情が読み取れないので私は情けないことに竦みあがった。それに気づいた空条君は歩みを止めて、それから少しだけ帽子をあげて顔を見せる。雨の音に負けない低い声は大きいわけじゃないのにはっきりと届いた。

「…、か。どうしてここに」
「あ…私の家そこで、ここにいる子猫が気になって」

言いながら視線をやると、そこには子猫の住む段ボールと傘があった。大きな黒い傘は段ボールのそばにある途中で折れた支柱にヒモでつながれて飛んでいかないようにされていて、中にいる子猫は濡れてはいるものの大丈夫そうだ。

「もしかして空条君が?よく気づいたね、ここに猫がいるって」
「…声が聞こえたからな」
「この雨の中で?」
「ああ」

耳がいいんだな。めちゃくちゃに走って帰って来たからもうすっかり肩で息をしていた私はそこでようやくほっとして乱れた呼吸を正そうとする。深呼吸をしようとして、再び近づいてくる空条君に一歩後ずさったけれど、何をするでもない、この空き地の出口はここだけなので当然だ。

「あれ、空条君、もしかして自分の傘なの?」
「今気づいたのか」

道を開けようとした空条君が傘をさしていなくてずぶぬれだというのにすれ違う時に気づいたというのは不注意すぎるだろうか。だって仕方がない、失礼な話ではあるが本当にこわかったんだ。彼はたまたまここを通りかかって、そうしたら猫の声が聞こえたから見に来て、ずぶぬれで弱っていたので傘を固定したという。ただの不良だと思っていたからその優しさはとっても意外な一面を見たって気持ちにさせた。

「あの、そのままだと風邪をひくので…寄って行く?うち親遅いし、傘くらいなら貸してあげられるから」

断られると思ったのに、空条君はちらりと視線をやってから少しだけ頷いた。



あの空条君が自宅にいる状況なんて信じられないのだけど、制服の上を脱いで帽子を脱いではりついたシャツをボタンだけ外して乾かそうとしている空条君は存外穏やかそうな態度をしている。悪いな、と呟いた言葉だって聞いたことがないくらいに柔らかかったから、彼は周りがきゃあきゃあ騒がなければ本来はこういう性格なのかもしれない。

さすがに貸してあげられそうな服はないので、寒くないように暖房を強めに設定する。鍛えられてるんだろう筋肉が開いたシャツの前から覗くのでなんだか気恥ずかしくて視線を逸らして、かといって私がリビングを出て空条君を一人にするのもおかしいし、でも会話なんてできないし、一人気まずさに思考がぐるぐると廻った。

「…あ、チョコレート、そうだ、チョコレート食べる?」

ふと目についた、床にほうった私のカバン。今日はバレンタインで、友人と交換したチョコレートのあまりが入っている。帰ったら食べようと思っていて、学校を出るときはチョコが濡れないようにって思って奥の方にしまったんだ。返事を聞かずにカバンをあけてごそごそとあさって、余っていたチョコを2つとりだして1つ机に乗せる。

「今日バレンタインだったから、余ったやつで悪いんだけど…。あ、チョコレート食べられる?甘いの嫌いかな」
「余りモンだって貰うのは初めてだな」

ふっ、と笑ってチョコを手に取った空条君は食べてくれるつもりらしい。そのセリフはイケメンの嫌味って感じで、はいはいすみませんね、なんて言えるくらいには私はたった数度の会話の往復で空条君に慣れていた。彼だって、ごく普通の同い年の高校生だ。そう思えば全然怖くなんか…あんまり、ないはずなんだから。

「空条君はかっこいいから、チョコレートなんていっぱいもらうんでしょうね」
「いや、全部断ってるから、今年はこれが初めてだな」
「…え、」

ダイニングテーブルのイスに腰かけている空条君を見上げるように、私は床に座ってローテーブルに肘をついていた。その肘がカクンとずれるくらいには驚いて…、きっととても間抜けな顔でまっすぐ目を見た。仕掛けた悪戯が大成功を収めたみたいな楽し気な顔の空条君なんて見たことがなかったから驚いたけど、その表情のおかげでからかわれたんだってわかった。

「もう、そうやってからかうのやめてよ」
「冗談じゃねーんだがな」

…チョコレートなんか誰からも受け取るつもりはなかった空条君が私のチョコレートを食べたのは、きっと子猫を守ろうとした共通点と、ずぶぬれだからって服を乾かすために家に立ち入ったことと、そういうものがあっての「さすがに断るのは不義理だから」とかそういう理由だろう。

「そう」と感情がこもらないように返事をして空条君から視線を逸らした先では、さっきまでの土砂降りが嘘みたいに雲が途切れて光が差した。


子猫がつなぐ

(なんでこんなに、どきどきするんだろう)