最初は「この問題が解けたら褒めてくれ」だった。ナランチャえらい、すごいぞって褒めてあげたらえへへって笑うので可愛くて、じゃあ次は「この問題が解けたら頭を撫でてくれ」って言うのにもうんって頷いた。ナランチャはすごい、よしよし、いい子だね。それがいつの間にか、今日の問題が解けたらキスしてくれよな、ほっぺでいいからさ。になって、今では終わった問題集を閉じて唇にキス。

その過程を見ていたフーゴは「あなたたちって何なんですか?」とあきれ顔で、とくに私には「あなたはいい歳なんですからね、ナランチャに手を出すなんて犯罪だ」とまで言うんだからたまったもんじゃない。これは挨拶で、戯れで、ナランチャのやる気を出すためにやっているだけのことと弁明しても、あなたがそのつもりなのはわかっていますがナランチャはそうじゃあないでしょう。だって。…そう、それが問題なのだ。

だってナランチャは私よりずっと年下で、ギャングとしても後輩で、勉強だって見てあげるような弟みたいな存在だ。よしよしって褒めて撫でてあげるのもほっぺにキスするのもごく普通の、親しみを込めた挨拶みたいなものだった。それをいつだったか唇に要求されるようになった時も、うん、まあ男の子だしね、ちょっぴりおませで可愛いねなんて思って抵抗せずしてしまったから…、それがいけなかったんだろう。冷静に考えたら確かに私が悪い。ナランチャは素直に愛情を求めただけだ。私がそれを可愛い可愛いって受け入れたのが悪い。

「…どうしよう」

某指令みたいなポーズで相談を持ちかける。真剣に答えてくれるのはブチャラティだけだ。親身になって、とは言い難いけれど話は聞いてくれるフーゴと3人、いつものリストランテで食事をとる。

「私、やっぱり悪いかな?」
「当然でしょう。ナランチャがあなたのことを好きなのは誰が見たってわかるのにそれを『弟みたいで可愛いナランチャに好かれてるのは嬉しい』なんて間の抜けた受け取り方をしていたあなたが悪くないんだったらこの世の大抵のことは悪くありませんよ」
「そんな一息に罵倒しなくても」

まったく噛まずにハキハキと突き刺してくるフーゴは「自業自得です」とさらに追い打ちをかけてくるのをブチャラティが止めてくれた。

「…まあ、年下のナランチャ相手に本気になれないのも無理はない」
「そう、そうだよね?」
「かといって今の状況は看過できないな。このままエスカレートしたらは犯罪者だ」
「まあ、今でも十分犯罪者だけどね。ギャングだし」

「はいすみません」

真面目な話が苦手でこういうときつい茶化してしまうクセは直せってよく言われる。これに厳しいのはアバッキオだ。この性格のせいで、ナランチャの気持ちも軽く考えて、大丈夫、大丈夫、ってここまできてしまったんだよなあ。

「とにかく、だ。しばらくが勉強を見るのをやめたらいいんじゃないか?また前みたいにフーゴが見てやればいいだろう」
「それは僕も考えましたが…、それでせっかくやる気を出しているナランチャの調子が落ちるのももったいないかと」
「そう、そうなんだよね。そこは私の功績だと思う」

「はい、すみません…」

あんまりふざけると帰りますよ、とフーゴが睨みをきかせてくる。そんな顔も可愛いんだけど、さすがに今は言わないほうがいい。反省してるっぽい表情を作ってみたけど、わざとらしいと吐き捨てるように言って視線を逸らされてしまった。フーゴは察しがいい。

「結局のところ、にその気はないんだろう?」
「うん、ナランチャのことは可愛い弟だなあとしか思えないよ」
「そう伝えるしかないだろう。多少は荒れるかもしれないがこれ以上こじらせるよりは一度スッパリ伝えるべきだ」
「そうだよねえ…はあ、落ち込むかなあ。かわいそうだな…」
「そろそろ時間なんじゃないですか?」
「あっほんとだ!」

ふと時計を見たフーゴが言うので確認したら、待ち合わせの時間が迫っていた。なんで今こんな相談をしていたのかって、バレンタインだから一緒に出かけたいとナランチャが誘ってきたからだ。まあ、「バレンタインだから」なんてことは言っていなかったけれど。14日に、時間あるか?なんてちょっと赤い顔で聞かれたら、どういう意図で誘われたのかくらいはわかってしまう。私がはっきりしないから、のらりくらりとごまかすから、きっと恋人同士のイベントであるその日に2人で過ごすのだって受け入れられるかもしれないって彼はきっと考えたんだ。

「とりあえず行かないと。帰って来た私とナランチャがどんなでも、今まで通り仲良くしてよね!」
「約束はできないが善処しよう」

全然安心できない返事をもらって、私はリストランテを飛び出した。支払いならブチャラティがしてくれるだろう。ごちそうさまでした。





待ち合わせ場所ではいつもの恰好をしたナランチャが、珍しく待ち合わせ時間より早く待っていた。すごい、めずらしい、ナランチャやればできるじゃん!といつもみたいに褒めながら近づいたら、ぱっと顔を明るくして、でもどこか緊張した面持ちで振り返った。

「ナランチャごめん、待った?」
「うん、30分くらい…じゃなくって、今来たとこだぜ!」
「やだかわいい。どこで覚えたの?」
「…ジョルノが」

ジョルノに言われた通りの口説き文句をそのまんま使ってみるナランチャはやっぱり可愛いので、可愛いねって伝えながら抱きしめたかったのだけどさっき相談したことを思い出して思いとどまった。そうだ、私は今日、ナランチャの誤解を解きに来たんだ。抱きしめたりキスをしたり、そういうのをもうやめるんだって、そこに恋愛感情はないんだって、伝えに来たんだ。

「ねえナランチャ、あのね、今日は私、ナランチャに言いたいことがあって」
「俺も言いたいことあるぜ」

きっとナランチャと私の言いたいことは全然違うんだけど、ナランチャはそれに気づいていないので少しだけ頬を赤くした。そりゃそうだ、私達同じこと考えてたね…なんて思ってしまいかねないことを言った気もしないでもないし。私はいつだって考え無しだ。

「違うのナランチャ、あのね」
「待ってくれ、俺に先に言わせてほしい」

ダメだ、私はこの純粋に真剣な目に弱い。ちゃんと静止して、まずは誤解を解いて、それから話し合いをすべきだったのに…、その真剣な視線に押されて、情けないことに頷いて続きを促してしまった。

「なあ…、俺はよりずっと年下だし、きっと俺のこと、ちょっとスキンシップの行き過ぎた弟とかみたいに思ってるかもしんねーけど…」

その通り、なんて口を挟まない程度のエアリーディング能力は持っていたからぐっとこらえた。真剣に、1つ1つ言葉を選ぶナランチャはそのセリフをジョルノあたりに添削してもらっているのかもしれない。真面目さに水を差すのはよくないことだ。

「その…好きっていうのはあまりにもちっぽけだって思うくらい、おれ、のことが好きだ。ううん、好きなんじゃなくて…好きなんだけど、その、あ、愛してるんだ。女性として、」

赤い顔で、手元にない原稿を思い出すように、アメジストみたいな目で真っ直ぐに私を見てそう言ったナランチャは後ろ手に隠していた花束を取り出した。きっとナランチャの手持ちで買うには相当勇気がいっただろう薔薇の花束は太陽の光に輝いて香って、その赤色と比較したってまだ顔が赤いのがわかるんだからナランチャの緊張が相当なものだってわかる。絆されちゃだめだ。私は大人として、この告白を、花束を、ナランチャに返さないといけない、なのに。

「ありがとうナランチャ…、花束なんて初めてもらったよ」
「お、おう…、恋人になる人にあげるならバラの花束だってジョルノが…ミスタか?ジョルノだったかな…が…」

花束を受け取ったら香りが濃くなった。まずは告白を拒否されていはいないことにちょっとだけほっとした表情のナランチャは、それでも私の言葉の続きを待っている。そうだよね、ちゃんと、はっきりさせないといけないものね。このあと私たちの関係がどうなったって、ちゃんと受け止めてくれるってブチャラティもフーゴも言っていたから大丈夫。返事はもらっていない気もするけど、大丈夫なはずだ。

「どっちのアドバイスだって、それをナランチャが実行してくれたのが大事なんだよ。ありがとう。…ナランチャ、私も大好き」

おおきな目をもっともっとぱっちり見開いたナランチャはしばらく黙って、ちいさい声で「ほんとに?」って言ったから、私はなんで「私も」なんて言ったのか全然理解できないままに私よりも大きなナランチャの身体を抱きしめた。宿題をしながらいつだってしていたハグなのになぜか今はどきどきしていて、私は一体どうしてしまったんだろう。今日はナランチャに「私の好きはナランチャの好きとは違う」って伝えに来たはずなのに。

子どもが大人に憧れるようなそんな恋だと思っていたのに、ジョルノやミスタに相談してこんなに立派に告白してくるんだもの。なんかもう、ずるいよね。そんなに真剣に私のことが好きなら、じゃあ、付き合ってみようか?って思ってしまうじゃない。

「ほんとにほんと。ねえナランチャ、キスしようか」
「…いつもの、ご褒美のやつ?」
「ううん、もっと特別なやつ」

ずっと真っ直ぐ私を見ていた視線が逸れて小さく頷いたから、私がゴクリと喉を鳴らした。かわいいナランチャ。ブチャラティもフーゴもごめん、せっかく相談にのってもらったのに、なんて言い訳しようかな。そっと目元に手を当てたらゆっくりとアメジストが隠れたから、他の人のことなんか考えるのは今はもうやめた。あとで一緒に謝ってね、ナランチャ。

家族じゃなくなる日