ボスとしての威厳のために、僕はプリンを断ちます。だなんていうのがもうすでに威厳もなにもないくらいに可愛すぎるんだけど、それはジョルノのために言わないでおいた。彼の決意は固いらしく、わざとらしく目の前でプリンを食べておいしい〜!と言う私が「ボスはこういうの苦手かもしれないけど、一口食べてみますか?」っていう気遣いすら断るほどだ。これは本気のやつだなと思ったのでそれ以来ジョルノの前でプリンを食べるのはやめておいた。

プリンを食べると威厳がなくなるというのは私にはわからなかったけれど、確かにギャングのボスが「好物、プリン」なんていうのはちょっと、うん、なんだか可愛いなと思ってしまって、迫力はないかもしれない。もっとステーキとか高級食材とかそういうものを選ぶべきだ。

ジョルノは15歳にしてギャング組織パッショーネのボスで、前のボスを打ち倒して成り上がった実力は本物ながらも年齢のせいでなめられることも多かった。そこはジョルノを組織に引き入れたすでに幹部だったブチャラティや、迫力のある長身からにらみを利かせるアバッキオや、いかにもガラの悪いミスタなんかが威圧して黙らせられるところは押さえつけたけれど、それでも反発はある。変な子供っぽさは隠しておきたいんだろう。

でもね、あなたは子どもなんだよ。だから、気を抜いて15歳でいられる場所だって必要なんじゃないかな。ギャングのボスである前に1人の人間、ジョルノ・ジョバァーナとして心を落ち着けられる場所が、必要なんじゃないか。それはボスの体を心を心配しての純粋な気持ちにくわえて、その場所が自分のもとであればいいという下心から来た気持ちでもあったけど、意外とすんなり受け入れられてしまって驚いた。ジョルノも、私のこと好きだったんだって。

2人きりのプライベートな時間でも、ジョルノはプリンを食べなかった。そこまで頑なにプリンを断つ必要は、いくら何でもないと思うよ。でも本人が心に決めたことは覆せないし、まあ、仕方がない。でも今日だけは特別だ。1年に1度、今日だけはジョルノにプリンを食べさせるという私の決意は、この手作りプリンとは正反対にかたかった。

「ジョルノ。ジョルノって日本に住んでたことがあるのよね」
「はい、母親が日本人なので小さい頃は日本に」
「じゃあさ、日本のバレンタインって知ってる?」

イベントの日なのに、一緒に出掛けられないことを謝罪したジョルノはそれでも1輪のバレをくれた。その薔薇は彼のふところから出て来た時にはボールペンだったのだけど、、と私の名前を呼びながら差し出される途中でふわりと姿を変えたものだ。スタンドの無駄遣いって私はよく言うけれど、ジョルノは有効活用ですって言う。

「知ってますよ。何かくれるんですか?」
「うん、ジョルノにね、今日くらいは食べてほしくって」

にこ、と笑った私にジョルノはちょとだけ嬉しそうな顔をした。それでも書類を捲る手は止めないのをみて、仕事に真剣であるからこそ断っているプリンを与えるのはちょっとだけ気が引けるけれど。

「チョコレートですか?それならこの書類の確認に一区切りついたら、」
「…チョコレートの、プリンなの」

かぶせるように言えば、ジョルノはぴたりと手をとめた。手に持っていた書類に少しだけしわが寄ったので、慌てて駆け寄って手から引き抜く。良かった、それほど大事なものではなさそうだ。

座ったジョルノを見下ろして、その視線がこちらを向かないので名前を呼んでみる。ジョルノ。

は、僕がプリンを断っているのは知っていますね?」
「うん。だからこれは…ジョルノは苦手だろうけど、どうしても私が食べてほしくて作ったの」

苦手だろうけど、というのを強調して言えば、ジョルノは小さく溜息を吐いた。最終的に要りませんと断られることはないとわかってはいても、やっぱり少しだけどきどきする。

「…にそこまで言われて、断るほど冷たい人間ではないつもりです」
「食べて、くれる?」

ジョルノは私の手にある書類を無言で受け取るとはんこを1つ捺して処理済みの山に分けた。それからゆっくりと立ち上がって、ソファにうつって、無言でじっとわたしを見つめる。ジョルノの瞳は宝石みたいに綺麗な色をしていて、それは今私だけを映している。

「あなたには本当にかなわない。…けど、今日だけですからね」
「はいはい、わかってるよ。食べてもらえてよかった。持ってくるね」

机に乗ったチョコプリンを見たジョルノは、それまできっちりと作っていた表情を少しだけ柔らかくして、それから一口すくって口に入れて、…すっかり表情を緩めてしまった。

「おいしい?久しぶりのプリン」
「…はい、とても」

あきらめたのか感情のままに笑ったジョルノにほっとして、私はありがとうと言って笑った。お礼を言うのは僕の方です、というけれど、うまく甘やかしてあげられず結局こんな少し強引な手段にでてしまった私の心なんてわかったうででジョルノは食べてくれたんだと思うので。

「ジョルノには敵わないね」

何を言ってるのかわからない、という顔で、ジョルノは空になった容器を机に置いた。


今日だけ可愛くチョコプリン