彼と初めて過ごしたバレンタインは戦いを終え日本に帰って後処理を終えて、ようやく落ち着いたような落ち着いていないようなそんな時期だった。私は彼のことが好きだったから本命のチョコを渡したかったけれどそんな勇気はとてもなく、DIOと戦った時の自分の勇気を思い出そうとしても無駄に終わる。承太郎あてとは違う本命のチョコレートを彼に渡すなんて、私にとってはDIOと対峙するよりよっぽど勇気のいることだった。



彼の好物はよく知っている。命がけの旅の途中で目にしたその姿はあまりにも衝撃的で、それまでの彼のイメージを全部塗り替えてしまうようなものだったから。

「典明くん、おまたせ」


去年のクリスマス、2度目のデートだったあの時はそれはもうひどかった。お互いにガチガチに固まって緊張してしまって、ディナーの味も半分くらいしかわからなかったんじゃあないか。そのあとぎくしゃくしながら家に帰って落ち着いて、やっといつもの空気を取り戻して、なんと色気のないことに夜通しゲームをした。
クリスマスにお泊りデートをしたなんて聞きつけたジョセフさんは新年のあいさつをしに来た時には満面の笑みでその夜の話を聞き出そうとして、私と典明くんの「朝までゲームをしました」っていう話にオーマイガーと全力のアメリカ人みたいな反応をしてこけたので笑ってしまった。でも、ポルナレフもアヴドゥルさんも同じような反応をするのには少し困った。本当に何もなかったのか?っていうポルナレフには本当はなんかあってほしかったのかよと思わなくもなかったけれど、とにかく私たちは健全にお付き合いをしている。



そうして今日は、付き合って初めてのバレンタイン。こんなに大事なイベント、他にないんじゃないかっていうほどの。

「お口に合うか、わかんないけど」
が作ってくれたものならなんだっておいしいよ」
「もう、またそんなこといって」
「本心なんだけどな」

このくらいのやり取りなら、もうあんまり照れないでできるようになった。典明くんはいつだって物腰が柔らかく紳士的だったけど、恋愛においてもそうみたいだ。シャイな日本人らしくない甘い言葉をどんどん降らせてくるので私はそれを受け止めきれないんじゃないかって心配だったけど、慣れとは恐ろしいもので今の私はそんな言葉にも笑顔を返せる。

上がりこんだ典明くんの部屋ももうすっかりなれたもので、私には定位置もできていた。いつものクッションを抱きしめて座ってから、持ってきたチョコレートの箱をテーブルに乗せる。

「チョコレートチェリーだよ。味見はしたから…たぶん、おいしい」
「ありがとう。あけてもいい?」
「うん」

典明くんはリボンを丁寧にほどいてから箱をあけて目を輝かせた。大人っぽくて余裕のある典明くんが、子どものように感情を表現して喜ぶのはチェリーを目にしたときだけといっていい。さっそく1つ摘まんで食べるので、私は凝視してもいいものかどうか悩みながら、結局その舌の動きを視界の端でとらえるような微妙な場所に目線を向けてしまった。

「美味しい。天才なんじゃないか?」
「それはさすがに言い過ぎ」

あはは、と声を出して笑ったけど、典明くんはいたって真面目な顔をしている。本気なら嬉しけど、でもやっぱり言いすぎだ。それは典明くんを思って作った愛がこもってるからおいしく感じるんだとおもうし…っていうのは秘密にしておくけど、もし天才なのだとしたら、それは料理の腕ではなくあなたへの愛の方ですよ、なんて。

「今年は承太郎には?」
「あげてないよ。本命の、典明くんにだけ」

去年はそれでもやもや考えて大変だったから、今年はやめておいたんだ。そうしたら、典明くんはちょっとだけ意外そうな顔をした。

「そんなことでやきもちやいたりは、しないけど」
「…して、くれないんだ?」

こういう探るようなやりとりは、2人でどつぼにはまってしまうとお互いに照れっぱなしでどこにも辿り着かなくなることがあるから大変だ。今日は大丈夫かな…っていうラインを見極めながらのそれは楽しくもあるんだけど、心臓への負担はとっても大きい。だから、もうダメってなったほうが静止をかけるのがいつものパターン。今日は、私はまだ大丈夫なんだけど。

、やめよう。ダメだ」
「典明くんが降参なんて珍しい」

8割くらいは降参して逃げるのは私だからちょっと意外で、大丈夫?って顔を覗き込んでみた。チョコレートの中にとじこめられたさくらんぼより鮮やかに綺麗な赤い頬に手を添えて私から目を逸らすので、珍しいその姿にちょっとだけ悪戯心がうずいた。

「典明くん、もしかして照れた?」

違うなら違うって否定するはずなので、図星だったらしい。完全に私に背を向けた典明くんの背中に耳を当ててみると、聞いたことがないくらいに心臓の音がはやくなっている。珍しくどきどきしている、と気づいてしまえば私もすぐにそうなってしまったから、ドキドキっていうのはあくびみたいに人にうつるものなんだっけって考えて気を紛らわそうとした。

けれど、そんな考えが全く無駄になるようなことを典明くんが言うから。

「…、少しだけ、先に進んでもいいかな」

それはどういう意味か、問う前に振り返って距離を縮めた典明くんの額はほとんど私の額にくっつく距離で、こんなに近づいたのは初めてだから動揺して、その長い睫毛の本数を3本まで数えた。

「…ごめん、変な事言ったね。が、本当に僕の彼女なんだって実感しちゃって…その、」

いつもと違う様子だったから、そのまま自分の弾け跳びそうなほど速い心臓を押さえつけて歯切れの悪い言葉の続きを待ったけれど、…それは肯定ととられたらしかった。

余裕を失った顔は額をくっつけるだけじゃなく近づいて、やがて睫毛なんか見えなくなって、なんだか柔らかい感触が、唇に触れた。



貴方好みのチェリーチョコ