化粧っ気はない、座ると足を開いてしまうし、喧嘩っ早くて腕っぷしも強い、さらに言えば職業は暗殺者なんていう私を女扱いする人なんてほとんどいない。唯一女性らしいところがあるとすれば肉付きと長い髪くらいだろうに、同じチームに所属するホルマジオという男はどうしてか私を女扱いしてくる。そういうのはいい、やめろ、と繰り返し言ってもやめてくれず、ある日ほとんど怒って言ったら「つったってよォー、オメーはどう見ても女だろ」なんて言いながら私の腕を押さえつけて、「ほら、びくともしねーだろ」と歯を見せて笑った。その力強さか、笑顔か、今でもわからないけれど、とにかく私はそれで恋に落ちたらしかった。

思うに、彼はあまりに男らしいのだと思う。リーダーのリゾットは強面で体もでかく声だって腹の底に響くような低いものだけど、その性質は比較的穏やかだ。プロシュートは男性的ではあるけれどそれ以上に美人で、ペッシとギアッチョは男の魅力と言うよりは弟みたい。メローネは私よりも女物を着こなすし、イルーゾォも私より髪がツヤツヤしているから除外。ソルベとジェラートはソルベとジェラートなのでそういうのではない。つまり、このチームで唯一、あまりにも男なのがホルマジオだった。こんな女らしくない私も、ホルマジオみたいな男の中の男からしたら十分女に見えるのかもしれないなと冷静に分析しながら、私は雑誌のページをめくる。その内容はほとんど頭に入っていなくて、特に用事もなくすることのない休日の時間をいかに使おうかと考えながら床に落ちていたものを拾っただけの雑誌だ。

「あれぇ、そういうの興味あった?」
「ない。重たい」

ソファにうつ伏せになっている私の背中に容赦なく座ったのはメローネだった。こいつ、細見に見えて意外とがっちりしているので結構重たい。そんな抗議聞こえなかったみたいに、メローネは片側だけ長い金髪を私の顔の前に垂らしながら雑誌を覗き込んで不思議そうな声を出した。きっとこの雑誌はメローネのだな。女性向けファッション誌なんて読むのはこいつくらいだろう。

「これメローネの?」
「そう。このブランドの服がさあ、かわいくて」
「へー」

私には絶対に似合わなさそうだ。ニットワンピってなんだよ。外はこんなに寒いのに、せっかくのニットなのに、なんで足を出して着るのかわからない。素直にそういうと、はわかってないなあ、筋肉ついて綺麗な足してるんだからたまには見せて歩いたら?なんていいながら太ももをするりと撫でてきた。腕立て伏せの要領で体を起こして背中からメローネを落とす。。

「ごめんごめん、怒んないで」
「次やったらスタンドで殴るからね」
「仲間にスタンドは禁止だろ!」
「仲間じゃなくなるってことだよ」
「ひどいっ」

ソファの横で膝をついたメローネはまだ雑誌を覗き込んでいて、これもかわいいんだけどなあ、と言いながら私へのオススメを紹介してくれていた。どれもこれもいかにも女という服ばかりだ。今はアジトにいるので部屋着でオーバーサイズのパーカーにジーパンのどうでもいいような格好だけど、外に出るときだってだいたいこんな感じだ。他の皆みたいな奇抜な仕事着も持っていない。

はさあ、もう少し気を使ってもいいんじゃない?美人なんだから。まあ俺の好みではないけど」
「そりゃよかった」

適当だなあ、けらけら笑うけど、お前の好みの女って母体として優秀そうな奴のことだろ。好みじゃなければないほど安全なんだからそりゃよかったに決まってる。パラパラと雑誌をめくるとバレンタインの特集のページになって、さらに先へ捲ろうとした私の手をメローネがつかんでとめた。

「なあ、ってバレンタインは渡さないの?」
「しないよめんどくさい。何、ほしいの?」
「そうじゃなくって、ホルマジオに」
「……………は?」

仕事中にまったく気づかなかった気配を急に背後に感じたときとおなじくらいに驚いた。なんでバレンタインでホルマジオがでてくるんだよ。

「なんで、ホルマジオ」
「だってわかりやすいだろ」
「嘘」

そんなはず、そんなはずはない。きっとカマかけられたんだろうって思ってメローネをにらんだら、両手を上げる降参のポーズをとられた。

「言っとくけど、プロシュートも気づいてる。イルーゾォは…どうかな。怪しんではいるかもしれない。あんたたち、結構わかりやすいよ」
「あんたたちって…え、”たち”?」

にやりと笑ったメローネの目は意地悪そうな色にキラッと光った。今の流れで「あんたたち」って言われて、その意味をくみ取れないほど私は無感情でも純粋でもなかった。顔が赤いかも。何となく熱い気がする。意地悪な顔をにやっと歪めたメローネは、まあがんばれ、なんて言って去って行った。

…バレンタインなんて、手作りなんて柄じゃないんだけど。一生に1度くらいは経験してみても悪くないかもしれないな。私はメローネが置いて行った雑誌の記事の、「簡単手作りチョコケーキ」のページを勢いよく破り取った。





結局そんなことは忘れて、バレンタインなんてスルーしてしまいました。っていうのが私の予想だったのに、私は私の予想通りには動かなかった。バレンタインが近づくにつれ街ではチョコレートが気になって、ホルマジオの予定が気になって、これじゃあまるで女みたいだ。女だけれど。

だから13日の夜に私はなぜかチョコレートケーキを作ってしまって…、まったく柄じゃない、私がこんな女子みたいなイベントに手を出したって仲間に知られたらなんて言われるか。ああ嫌だなあ、なかったことにしたい。どうしてこんな柄じゃないことをしてしまったんだろうって後悔してもできあがってしまったものは仕方がないから、何もかもメローネのせい、絶対次にあったら泣かせるって心に決めて冷蔵庫に放り込んだ。やってらんない。こんなに意識しちゃうなんて、本当に、私らしくないのに。





起きたらバレンタインだった。冷蔵庫を開けて閉じて変わらずそこにあるチョコレートケーキにがっかりする。食べてしまおうか、アジトに持って行って皆でわけるか。前者は無理だ、私はそんなにたくさん食べる方じゃない。後者も無理だ。なんでこんなの、って言われたら言い訳できない。もう、どうしたらいいの。

とりあえず朝ごはんを食べながら考えようって思ってパンを焼いて座ったら、「よお」なんて言いながら玄関をあけてホルマジオが入って来た。突然のできごとにぽかんと口を開ける。

「お、はよ…じゃなくて、なんで、鍵」
「俺に鍵なんか意味あると思ってんのか?」
「あー…」

小さくなってしまえばちょっと隙間があれば潜り込めるんだった。ホルマジオの前で鍵なんか無意味だ。ぴったり密閉された良いマンションに住んでるわけでもないので入り込む隙間なんていくらでもあったんだろう。

「なるほど。で、何の用?」
「ん?お前が俺に用があるってメローネの奴が、……ハメられたか?」

小さく舌打ちをした私に気づいてホルマジオが頭をかいた。あいつな、本当に泣かせてやるから覚えてろ。ホルマジオと2人で行くぞ。余計な事しかしない同僚を本気で本当に泣かすって心に決めて、でももうなんか、いつまでもうじうじしてるのだって馬鹿みたいだなって思ったので覚悟を決めた。

「…ううん、ないわけじゃないな。ちょうどいいや、お腹空いてる?」
「まあ、ぼちぼちだな。食べてきてはいない」
「じゃあちょっと待ってて」

人にケーキを出すときってどうするんだろう。切ったほうがいいのか?可愛いお皿とかいるんだろうか。冷蔵庫をあけてちょっと考えたけど、ここまでメローネの策略に乗せられてるんだと思うと冷蔵庫の扉ごと破壊してしまいそうなくらいにイライラもする。結局、どうしたらいいかわからない何も飾られていないチョコレートケーキは丸ごと焼けた姿のままホルマジオの前に姿を現した。

「…なんかさ、作っちゃって。私は食べないからホルマジオが食べてよ」
「これ…いや、なんでもない。食っていいのか?」
「食べないなら捨てるよ」

皿の端を掴んで引き寄せたら、ホルマジオは慌てたように皿を取り返した。食べるんなら素直に黙って食べればいいのに。ぶすっとした顔をしていたと思う。肘をついてフォークを手に取るホルマジオを見上げて、その大きな口が大きく切り取ったケーキを隠して飲み込むのを見守る。なんだか無性にむずむずしてみていられなくなったから目を逸らしたけど、それでもせわしなく動くのど元を視界から外せなかった。なんかちょっと、変な気持ちだ。

「これうめーな」
「そりゃどうも…」
「お前らしくないんじゃねーの?」
「そうだね、初めて作った」

ぴたりと、ホルマジオの手が止まった。音を立ててフォークが皿にのせられる。どうしたの、お腹いっぱい?と聞こうとして視線を上げたら、ホルマジオがなんとも形容しがたい表情で私を見ていた。

「あのよ、…もしかしたら、なんだが」
「何」
「バレンタイン…だったり、する?」
「…………は、」

何を馬鹿なことを、と即答できなかったのはまさにその通りだったからで、うんと言わなくたって言いよどんだ時点でそんなのほとんど答えになってしまう。ごまかしたって言い訳したってだめだ。なんたって相手はホルマジオ。

ちょっとだけ顔を見合わせて考えて、ほんの少し、きっといつだってホルマジオを見ている私にしか気づけないくらいほんの少しだけその頬が赤いような気がしたから、もう逃げ道なんてないかなと思った私は素直になることを決めてみた。

「そう、かもしれないね。うん、柄じゃないってわかってはいるんだけど」

精一杯に笑った表情はホルマジオの顔をよりわかりやすく赤に染めるくらいの効果はあったらしい。ああもう、と低く呟いてから、私の頭を机に押し付けるみたいに大きな手で抑え込んだ。顔は上げられないけど強すぎない、絶対に痛くないよう配慮された力加減。

「…お前は、やっぱり可愛い女だよ」

…その力加減には、感謝しないといけない。机がさっきより冷たいような気がするのは、私の頬が熱を持った証拠だと思うから。


柄じゃない手作りデザート