両親は生まれつきのスタンド使いで、娘の私も生まれつきスタンド使いだった。両親はギャングだったから、生まれたスタンド使いである娘の私は当然のように幼少期からギャングだった。表向きはごく普通、よりは少し裕福な家庭でリストランテを経営していて、私は学校に通いつつその手伝いもしてギャングの仕事もしていた。大変だったけど、それが普通だったから何とも思ってなかった。

けれど、まだ10歳の私を残して両親が任務で死んだとき、私は初めて「ギャングの家になんか産まれたくなかったなあ」ってぼんやりと思ったんだ。親戚はみんな私を引き取ろうとはしなかったし、関わりたくなさそうにしていたし、けれど遺産だけは物欲しそうに手を伸ばしてきたから。大人って最悪だ。責任は持たずお金だけほしいなんて、親戚と名乗る一般人はギャングよりずっと汚い生き物だった。

まあ、全員、殺したんだけど。

だってうっとうしいし、気に入らない。そうして遺産のほとんどを1人で手に入れて、管理できないお金を組織に渡した。身の安全のためだ。あっさり私のために明け渡された幹部の座は10歳の少女にはちょっとだけ重すぎて、だから、幹部という肩書を得ながらも、表向きの私は両親がとりまとめていたチームのリーダーだった。幹部からの依頼をさもメールが送られてきましたみたいな顔でチームに渡す、そんな立場。両親と仲の良かった別の幹部が計らってくれたその立場は居心地が良かったし、事実安全だった。やるときはやる穏やかなチームメンバーはもとは両親のチームだったのでリーダーの私が10歳の娘でも受け入れてくれたし、サポートしてくれたし、両親がいないことで被る可能性のある不利益はほとんど排除してくれた。つまり私の新しい家族だね。

そんな私が恋をするなんて、普通は思わないでしょう。世の中っていろんなことがある。なんだかんだ、ままならないなあって思うこともあったけど、私はそれなりに思い通りに生きてきた。裏の社会だけど、権力とお金はあったから。だからこんな、胸を焦がす想いがあるなんて、知らなくって。

リーダー会議で出会ったその人の名前はリゾットといった。大きな黒い瞳の真ん中で赤が光る、背の高い男だ。私の2倍以上、もしかしたら3倍は生きてるかもしれない彼は、その見るからに無愛想で恐ろしそうな風貌とは真逆に子ども好きらしくとても優しい人だった。新しくリーダーになりましたとその会議に初めて出席した私が懇親会という名の探り合いパーティーで1人ぽつんとしているところに、音も立てずに近づいて声をかけてくれたのだ。

顔を見ようと見上げれば私は後ろによろめくほど彼は背が高かった。その様子を見て少しだけ笑うと、よろめいてこぼれそうになったグラスを支えながら正面にしゃがみ込んでくれて、驚かせてすまない、と真顔からは想像できない柔らかい表情を作った。あれは一目惚れと言うものなのだと思う。ドキン、と跳ねた心臓の理由がわからなかったから、最初はスタンド攻撃かと思ってしまった。

彼は暗殺チームのリーダーであること。詳細は秘密だけど、すっごく致死性の高い攻撃ができて、暗殺ならお手の物だから何か困ったことがあれば連絡をくれと言って笑った。まったく和やかな話じゃない。でもそれがおかしくて、私は声を出して笑ったんだ。私も、人を殺すのは上手なの。人手が必要なら呼んでちょうだい、って、自分よりずっと年上の相手に生意気なくちをきいた。それでも気にした様子なんてなくって、それは頼もしいな、何かあればぜひ頼もうなんて言うから、私は…もう、嬉しくって、両親とチームメンバー以外に、初めて気さくに話すことができる相手ができたことが本当にうれしくて、すっかり懐いてしまったのだった。

リゾットは大人で、私は子どもだった。ギャングとして、お互いにチームのリーダーとして、対等な立場ではあったし、プライベートで会うことが増えてもそれは変わらなかったけれど、世間からみればやはり大人と子どもの間には大きな壁があった。勇気を出して手を繋いだって仲の良い親子に見られたし、思い切って抱きついてみても、疲れたか?って抱っこしてくれる。リゾットは優しい。私が子どもだってちゃんとわかっていて、そのうえで対等に持ち上げてくれる。その優しさは私の恋心を殺し続けた。





「私、リゾットに全然意識されてないんじゃないかなっておもうの」
は子どもだからねえ」
「年齢が、でしょ。私の立場はリゾットと全然変わらないわ」

ぷう、と膨れると、そういうところ。って指先でつついて空気を抜かれた。この人は私のチームのメンバーで、なんでも両親がギャングになる前からの知り合いらしい。だから私にも親のように優しい。この人といると自分たちがギャングで、このアジトだっていつ襲撃にあうかもわからない、なんてこと忘れそうになるくらい穏やかな時間が流れる。

「あーあ、こんなに大好きなのになあ。どうしたらわかってもらえるのかな」
「もうすぐバレンタインだろ、なんかあげてみたら?」
「…それだ!」

リゾットがはたしてチョコレートなんて食べるのか知らなかったけれど、それは名案に思えた。バレンタインに明らかに本命のチョコレートを渡せば、いくら鈍くて私の好意に気づかないリゾットだって少しは意識してくれるかもしれない。子どもから大人への憧れみたいなものじゃあなくって、ちゃんとこの気持ちが恋だって、伝わるかもしれない。そうと決まればさっそく。私はコートを羽織ってアジトを飛び出した。思い立ったら吉日、すぐに行動にうつすべきだからね。





リゾットは大人で、私は子ども。だから、プライベートな時間を一緒に過ごそうと誘うときリゾットはその時間や場所に制限を設ける。お酒の出るお店はダメ、ギャンブルができるところはダメ、夜はダメ、それは仮にもギャング相手に示す条件じゃないだろう。まして、自分は実は幹部でリゾットよりずっと立場は上なのに。それが自分のことを思ってくれているから設けられた制限だというのは理解していても、納得はできていなかった。

だから、バレンタインの今日は強硬手段にでる。

1人でバーにいて寂しいから来てほしい。そう短い電話をしたのは夜の23時、良い子はとっくに眠る時間だ。電話の向こうのリゾットは珍しく焦った声を出し、そこを動くなと言って電話を切った。バーといっても、ここのマスターは私の部下が経営するバーであり、両親が生きていたころから何度も訪れている私にとっては自宅のような場所だ。カウンターで私が飲んでいるのはただのオレンジジュースだし、中でにやにやと笑っている経営者はほとんど私の保護者である。だから何の危険もなければむしろ外を歩くよりずっと安全なのだけど、そんなの知らないリゾットはきっとさぞ慌ててここを訪れるのだろう。

数分もせずに外から近所迷惑な大型バイクの音が響いて、チリンと鳴るはずのベルをガランと鳴らして駆け込んできたのは何とも見たことがない姿のリゾットだった。頭巾も帽子もかぶっていない銀色の頭はちょっとだけ寝癖でハネていて、しましまのズボンはいつもどおりだけど上はベルトにコートの斬新なやつじゃあなく真っ黒なパーカーを着ていた。

ッ、お前は…!こんな時間にこんなところで何をしているんだ!」
「リゾット声が大きい」

他にもお客さんはいるんだよ、と言えば、リゾットははっとした顔をしたものの怒っている雰囲気は殺さず私の隣に腰を下ろした。

「帰るぞ」
「帰んない、リゾットに会いたかったの」
「子どもの来るところではない」
「いいの、ここは」

ちらりとカウンターの中に目をやれば、満面の笑みでカクテルをリゾットに差し出してくれた。できる部下を持つと幸せだね。

「いやいい、俺はすぐに出る」
「これは私達のリーダーから、リゾットさんへ」
「私からだよ」

怒っていた雰囲気を保てなくなったのか、リゾットは大きな瞳を少しだけ見開いて、それから私とマスターを交互にみて、やがてため息をついた。察しの良い彼は、ここが私の部下の店であるともうわかっただろう。

「…驚かせないでくれ。俺がどれだけ肝を冷やしたと…」
「仮にもギャングだよ。心配することないのに」
「だが、」

私を叱ろうとしたのか、リゾットはもう一度表情を締めた。けれどあまりにもにこにことして足をバタつかせる私を見て毒気を抜かれてくれたのか、もう一度ため息をつくとカクテルを一気に流し込む。

「…これきりにしてくれ」
「はーい、ごめんなさい」

来てくれたことは嬉しかったけど、そういうリゾットの声があまりにも暗いので少しだけ反省した。きっと心配して、本当に心配して駆けつけてくれたんだろう。リゾットはバイクなんか持ってないはずだから、あの電話のあと仲間に借りてきてくれたんだろうな。それはもう、ほんとうに急いで、部屋着のままで。善意を踏みにじることなんて日常茶飯事ではあるけれど、好きな人相手にはするものじゃあないんだね。心が痛むっていうのをほんの少しだけ理解した気がした。

マスターがもう1杯カクテルを出したのを抵抗せずに受け取ったので、ここで少し休んでいく気はあるらしい。バイクで来たのにいいのかなとは思ったけれど、ここにいる時間が長くなるのは良いことなので言わないでおく。

「ねえリゾット、今日は何の日か知ってる?」
「14日か…何かあったか?」

街がこれだけバレンタインの雰囲気だったというのに、気づかないなんてとぼけているのかもしれない。けれど周りのことにほとんど興味のないリゾットなら、本当に忘れている可能性もある。

「バレンタインだよ。はい、チョコレート。これを渡したかったの」
「俺にか?」
「もちろん。リゾット、私リゾットのことが好きだよ。大人への憧れとかじゃあない、ちゃんと…リゾットのことが好きなの」

頑張って作った出来るだけ真剣な大人びた表情を、リゾットはくみ取ってくれるだろうか。いつだって「はいはい」ってあしらうリゾットが、すぐに口を開かずにじっと私の目を見つめてくる。不思議な色の瞳は力強くて迫力があるのでときどき怖いのだけど、今日は絶対に私からは逸らさないと決めていた。けれど意外とすぐに視線は外れ、リゾットは私があげたチョコレートの箱を開いた。

作るなんてことはできなかった。手作りよりも、きっちり梱包された市販品の方が疑わしくないから。いくら親しくたって、手作りのものを渡して暗殺チームのリーダーが食べてくれるとは思えなかったので。

けれど、もしかしたら手作りにしてもリゾットは食べてくれたかもしれないね。市販品とはいえ、開封したチョコレートを1つ摘まんで、何のためらいもなく口に入れたから。警戒心のなさに少しだけ驚いて、それからそれだけ積み上げてこられた信頼に心を揺らされて。私、ほんとにリゾットのこと好きなんだ。

「…酒か?」
「うん、私はお酒は飲めないけど、リゾットは大人だから、そういうの好きかなあって。美味しい?」
「ああ。…食べてみるか?」

お酒が飲めないっていうのはまだまだ子どもな年齢と、それから親代わりのマスターが与えてくれなかったからだ。ちらりと見れば好きにしたらという顔で肩をすくめるので、リゾットに向きなおり「食べてみたい」って言ってみる。

その時、リゾットの目がキラリと光ったように見えた。1つ摘まんで差し出されたので、口で受け取ろうと身を乗り出す。それはごく自然な動きで今までに何度もアイスやケーキで繰り返した行為だったのだけど、今夜は少しだけ違った。

私の口に入るはずだったチョコレートはリゾットの口に収まって、あ、と声を出すより先にチョコレートを閉じ込めた唇が私のそれをふさいだ。

「っ…、リゾ、リゾット!」

思わずどんと胸を押した私の口の中には苦い刺激が広がって、それがチョコレートだって気づくのにたっぷり5秒はかかったと思う。飛び出すんじゃないかってくらいに心臓は速く打っているし、さすがに驚いたのかマスターも動揺した気配がする。私の視線は目の前のリゾットから離れなくって、口の端についた溶けたチョコレートとそれから見たことのないギラついた目はきっと私の告白への返事を映しているんだってわかった。

「…リゾット、なんで」
「俺がいつお前のことを好きじゃないと言った?」

好きじゃない、なんてことは、そういえば言われたことがなかったっけ。でもね、好きだっていうのも言われたことはなかったんだよ。

「ずるい…大人ってずるい、リゾットはずるい…」
「お前も大人なんだろう?」

ほんとうにずるい、なんて大人だ。割れたチョコレートから溢れたお酒は味わったことのない苦さと刺激ですっかり私の脳を鈍くして、小さく馬鹿ってつぶやきながら、いつもと違う服の胸元に抱き着いてみるしか出来なかった。

大人のボンボンチョコレート

(すごくあっつい…おとなってすごい)