『恋の弾丸』だなんて、これは私にぴったりだなって思った。正確に言えば、私の恋人のミスタに。やわらかいチョコレートでできたそれは当然攻撃力なんかなくて暗殺には使えないけれど、ミスタは拳銃使いなので鉄砲玉っていうのはお似合いだ。彼を思い出すチョコレート、なんだか可愛かったので買ってしまった。

それがバレンタインのチョコレートだなんてことはイタリア人の彼はわからないだろうし、さらっと渡してしまおう。付き合って長い私たちは今更こういう記念日やイベントごとのためにプレゼントを送り合うような可愛らしい時期をとっくに過ぎてしまって、ブチャラティなどに言わせれば「熟年夫婦」…らしいから。たまにはやってみたくなっても、なんだか今更素直には言いにくい。

「ただいまミスタ、これお土産」
「ん?おお……チョコ?」

玄関で靴を脱ぎ捨てて鍵をかけて、買ってきたチョコレートをミスタに放り投げる。危なげなく受け取ったミスタは箱をひっくり返して中を確認して、突然どうしたんだなんて言いながらもさっそく包みを破いた。

「なんかねえ、たまたま見かけてミスタっぽいなあって思ってさ」
「恋の弾丸…?随分とまあロマンチックなもん買ってきたな」
「可愛いでしょ。ミスタにぴったりじゃない?」
「ん、まあ…」

包装紙を丁寧にはがすとか、ココアが手につかないようにつまようじを持ってくるとか、そんな配慮はしないミスタは破いた包装紙を丸めながら指でつかんでチョコを1つ食べた。その瞬間キラキラと顔を輝かせて、うまい!と叫ぶ。

「ほんと?私にも1つちょうだい」
「おらよ」
「ん……、あ、おいしい!」
「だろ?」

1つ摘まんで差し出してくれるからそのまま口で受け取ってココアのついた指をなめた。慣れっこなので全然動揺しないミスタは、私が買ってきたチョコなのに「だろ?」なんて得意げな顔をしていて、それは私が買ってきたやつだろ、と額を小突く。コーヒー淹れるから食べきらないでよ、と言いながらキッチンに入るとミスタは机に乗り出していた身体を背もたれに預けてチョコから手を離した。ほっとくとあっという間に一人で全部食べてしまったりするので油断も隙もあったものじゃない。

コーヒーを入れて戻ると、ミスタは手持無沙汰に拳銃を弄んでいた。

「こんな柔らかい弾じゃ戦えねーな」
「そりゃそうだよ、チョコだもん」
「お、さんきゅ」

両手に持っていたマグカップを1つミスタの方へ押し出す。一口口をつけて熱かったらしく、ちいさい声で「あつ、」と呟くのはちょっと可愛かった。私は熱いものを飲むのが得意なのでいつだってあつあつなの、ミスタはわかっているはずなのにいつだってああやって舌を出す。可愛いからってわざとやってるんじゃないかと思うくらい。

コーヒーを飲んでチョコをつまんで、なんてことない平和な昼の時間を過ごす。ふと手を伸ばしたらチョコレートがもう半分くらいしかないのに気づいて、同じように手を伸ばしたミスタも「結構食べたな」と言って手を引いた。別に明日に残そうとか、全部食べたら食べ過ぎだなとか、そんなこと言うつもりはなかったんだけど。

「あー…、あのよ」
「何?食べていいよ」
「いや、そうじゃなくて」

何?と声を掛けてもミスタは答えない。何か言いにくそうにしているので、食べるのをやめて待つことにした。

「…あのよ、これって、バレンタイン…だったりする?」
「……えっ?」

バレンタインかどうかと言われると、間違いなくそうだ。けれどミスタはこんな、チョコレートを贈る習慣なんて知らないはずだからこそ選んだのに……、…あ。

「ジョルノでしょ…」
「…おう」

少しだけ耳が赤いミスタは、きっとチョコを受け取った時からそれを思い出していたのかもしれない。だからなんか…こう、ちょっとそわそわしてたんだ。記念日なんか、イベントなんかやらなくなって長いけど、それでも昔は花束を贈られたりもしていたから。私が突然始めたら、自分もやらなきゃって思っちゃったのかも。

「気にしなくていいからね。私がやりたかっただけだから…ううん?なんか違うな、ほんとにたまたま、これ見つけたらミスタにぴったりだなあって思って、そういえば最近やってないしちょうどいいかなって…ていうかほら、ミスタはこんなチョコレート贈る習慣なんて知らないと思って、」

早口で言い訳を重ねていくうちに、本当はやりたかったのに言い出せなかったっていうのを主張するようになっていって焦る。違うんだよ、これは本当にたまたまで…。

「あー…、なんだ、今夜…食事でも行くか?」
「え、でも当日じゃさすがにあいてないんじゃないかな」

イタリアのバレンタインはそういう日だから、街はどこもこみあってカップルでいっぱいになる。当日にレストランに入ろうとしたってそうそううまくはいかない。まさか組織の力を使う気か?と思ってちょっとだけ眉間にしわを寄せたら、ミスタは慌てたように手を振った。

「ち、ちげーよ!その…最近そういうのやってなかっただろ、だからたまにはいいかと思って…」

予約してあんだよ。小さい声が出てくるころにはミスタは耳まで赤くなっていて、それは私にも伝染していて。長い間一緒にいると似てくるというけれど、こういうタイミングまで似てくるものなのかな。

久しぶりのデートだね、ってちょっとだけ照れくさいのを我慢して誘いを受けたら、ミスタは付き合いたての頃、私のハートを撃ち抜いた時みたいなかっこつけた顔で笑い返した。


恋の弾丸