の続き



デート商法って知ってるだろうか。恋愛関係を装って近づいて惚れさせてから高いものを買わせるという詐欺みたいなものだけど、私は暗殺者なのに今日はそんな仕事をしに来ていた。もっとも、詐欺のレベルが高額商品どころではないのでもっと悪いやつだけど。

「すみません、お待たせしちゃいました?」
さんを待つ時間は幸せでしたよ」

わざとらしく息を切らせ駆け寄る私の手をとる彼は今日のターゲットで、警戒心が強い割に女に弱い。これはイルーゾォの仕事だったけど、彼はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ慢心が過ぎるところがあって…そういうところも私は大好きなんだけど、それは仕事において不利に働くこともあった。つまり仕損じた。だから私は、ホルマジオよろしくしょうがねえなーと言いながら街にでてターゲットに近づき、女の暗殺者がいるなんて夢にも思っていないみたいな馬鹿な男を騙して、ちょうど良いバレンタインの日を利用して殺してやろうというところだった。イベントごとと言えば、去年のクリスマスも私は仕事で、イルーゾォというものがありながら他の男とデートの予定をしていたなと思い出す。今回はイルーゾォのせいだけど。

「そんなこと言って、他の人にも同じこと言ってるんでしょう」
「そんなことはないさ。君だけだよ」
「…本当?」

ターゲットの手が腰に回ってほとんど抱きしめられるような距離に近づいた。本当は待ち合わせ場所についたらさっさと身だしなみを整えるとか言って手鏡を出して、そこに閉じ込めてしまう手筈だった。けれど、私はイルーゾォがやり損った仕事のせいでバレンタインをこうして知らない男との待ち合わせに使うことにちょっとだけもやっとした気持ちを抱いていたので、この音が聞こえているであろうイルーゾォにちょっとした仕返しがしたくてされるがままになる。今ごろ鏡の中でギリギリしているかもしれないなと思うと少しだけ笑い声が漏れてしまって、ターゲットが怪訝な顔をした。やばいやばい。

「どうかしたのかい?」
「いいえ、ちょっと性急だなって思ってしまっ…」

誤魔化そうと顔をあげた瞬間、体が傾いた。それは私の体に手を回していたターゲットが突然いなくなったからで、私はとっさにカバンの中にあった手鏡を見る。それは定位置である内ポケットに閉じた状態でしっかりおさまっていて、じゃあなんで、と当たりを見回すとショーウインドウの一部の飾りが鏡になっていることに気づいた。

「…俺の尻拭いだからって、あてつけか?
「イルーゾォ、突然やめてよ、びっくりするでしょ」
「…だって、」

だって。だって、って、可愛すぎないか?不機嫌そうに拗ねた顔をするイルーゾォは私より少しだけ年上なんだけど、今は年下の可愛い男の子にしか見えない。いま鏡に吸い込んだターゲットを秒で殺害してきただろう微かな血のにおいをさせている彼は間違いなく暗殺者なのだけど、それにしたってあまりにも可愛い。

「やきもちやいたんだ」
「…そうだよ。悪いかよ」

完全にすねてる。可愛いねと言えば男に可愛いなんて言うなって怒って、私の手をぎゅっと握った。鏡の向こうで浴びた返り血は許可しなければ外に出るときに汚れを置いてこられるのかもしれないけど、しみついた匂いは消えないから、私のこと抱きしめたくないんだろうな。そんな一瞬の戸惑いのあとに手を伸ばされたから、私は握られた手をひっぱって自分からその胸にとびこんだ。血のにおいが濃くなったけど、その向こうにあるイルーゾォのにおいも強くなる。押し付けた体越しに伝わるイルーゾォが生きてる音は、少しだけ早くなった。殺人より私とくっつく方がドキドキしちゃう彼のことが、私は愛しくってたまらないんだって、イルーゾォはちゃんと知ってるんだろうか。

「はあー、血のにおいがする。きもちわるい。イルーゾォのにおいが薄い」
「においが付くからくっつくなよ」
「…ううん、私のにおいで上書きしてあげる」

去年のクリスマス、キラキラに光る木の下で似たようなやり取りをしたなあと思い出す。このイルーゾォをうっすら覆うターゲットの血のにおいにやきもちを焼いているのは私かもしれない。まったく、とため息をついたイルーゾォの腕がゆっくり背中に回るので、私は許されたと思ってもっと強く抱きついた。

「私のことが大好きなイルーゾォにバレンタインのチョコがあるんだけど、今ここで食べてくれる?」

今年はチームのみんなに用意してないの。そういえばイルーゾォは驚いた顔になる。毎年毎年私はメンバー全員に同じチョコを配っていて、イルーゾォも例外じゃなかった。だから毎年イルーゾォはちょっと不機嫌になって、せめてホワイトデーは俺だけが特別なものをって張り切ってくれるのが私は嫌いじゃなかったんだけど、今年は特別だ。だってせっかくのバレンタインに、イルーゾォが仕事を入れてくれちゃったから。イルーゾォの分しか用意している余裕がなかったというのは10割が言い訳で、私はなんとなく、今年はイルーゾォにだけ喜んで欲しかったのだ。自分のミスのせいで彼女が他の男に色仕掛けなんて、やっぱりかわいそうだからね。

私がカバンから取り出した箱はあんまり飾り気のないピンク色の箱で、開けながら「開けていい?」ってきくイルーゾォはプロシュートみたいだった。開けると言った時にはもう開けてるんだ、みたいな。私がいいよって言いながら笑った理由を正確に読み取ったイルーゾォの顔はちょっとだけしかめられたけど、それは中身を見たらすぐに消えた。

「…すごい、なんだ、きらきらしてるな」
「言葉の選び方がかわいい」
「だから、可愛いっていうなよ」

だって可愛いものは可愛い。私が作ったとっておきのチョコレートは、棒をさしたまんまるのトリュフだ。つやつやの黒いチョコレートにキラキラをまぶして、それはイルーゾォが見せてくれた世界で一番綺麗だったイルミネーションを見た日の夜空に輝いていた星みたいな、そんな輝きを宿している。

「あのね、本当はただのトリュフでもよかったんだけど、こんな風にキラキラにしたのは…世界で一番きれいなチョコレートを、あげたくって」
「………マネすんなよ」
「いいじゃん、イルーゾォかっこよかったんだもん」

そういえば、照れて赤くなった顔を見せないようにそっぽを向いてしまう。かっこいいイルーゾォ。まったく、ほんとうに、ほんとうにかわいいんだから!


星空ロリポップチョコレート

(あの日に見上げた空みたいに綺麗でしょ)