彼と初めて過ごしたクリスマスは外国にいて、私たちは命がけの戦いの真っ最中だった。だからクリスマスなんてもの気にする余裕だってなくて、張り詰めた空気の中時々訪れる日常でなんとか心の平穏を保つような、そんな旅。その途中で感じていた胸の高鳴りは吊り橋効果なんだってずっと自分に言い聞かせていたけれど、それは日本に戻ってきて本当の日常を取り戻してからも変わらなかった。

だから、勇気を出して告白しようと思い立ち、思い立ったら即行動という思い切りの良い性格のままに夜の公園に呼び出して、

「あのね、言いたいことがあって」
「うん、俺も、さんに言いたいことがあるんだ」
「え、あ、待って、私が先に言うね」
「その前にいいかな。俺さ、さんのことが、あの旅の途中からずっと好きだったんだ」
「あ、そうなの。あのね、私、花京院くんのことが、あの旅の途中からずっと好きでね………え?」

思い切りよく呼び出した割に緊張してしまった私は、せっかくの彼からの告白を頭の全部で受け止めることができなかったことを今でも後悔している。私のぽかんとした顔をみた花京院くんは砂漠にいたときみたいに…というほど変ではないけれど笑って、「思い上がりじゃあなくってよかった」とほっとした顔をした。

つまりは、花京院くんもずっと、これは吊り橋これは吊り橋って言い聞かせながら旅をしてきたらしい。なんだ、おそろいだね。そんなこと知らなかったよって言ったら、そりゃあ吊り橋だって言い聞かせてたんだもの、って言うので、それはそうかと納得した。



そんな流れで付き合うことになりましたと告げたときの承太郎くんの顔は、苦虫を1万匹くらいかみつぶして汁まで飲み込みましたみたいな顔だった。旅の途中から、私たちのこのまどろっこしい関係に気づいていたらしい。ジョースターさんも、アヴドゥルさんも、ポルナレフも、イギーでさえも。せめて旅が終われば進展するかと思ったのに、報告をしたその時期はそろそろ雪も降るかという時期だった。聞いてしまえば承太郎くんのあの顔も理解できる。わたしだって周りにそんなめんどくさい奴がいたら同じような反応をするだろうなと思うので。

初めてのデートは無難にショッピングになんか行って、おそろいのマグカップを買った。それは一人暮らしの私の部屋に置いてあって、遊びに来たときにだけ一緒に使う特別なマグカップになった。たまたまそれを見つけた承太郎くんは、それをみて「付き合うことになった」って言った時とはまた違う微妙そうな表情をしていたっけ。



そして2度目のデートは今日、恋人たちの大事なイベント、クリスマスだ。少し寒いけれど可愛いコートを買った。マフラーはおしゃれな巻き方を友人に伝授してもらったし、爪だってつるつるに磨き上げて淡い白と水色のグラデーションに雪の結晶が光っている。髪の毛もふわっと巻いてお化粧もばっちりして、できるかぎり荷物を減らした小ぶりなバッグを持った。完璧だ。きっと可愛いって言ってくれるにちがいない。夜は私の家に来ることになっているから、プレゼントはそこで渡せばいいので置いていくことにする。夕方から待ち合わせて、綺麗に彩られた夜景が見えるレストランを予約しているから、そのあとはうちにお泊りというなんとも単純なコースではあるが、私はもう、それはもう緊張していた。

だってほとんど1年間片思いした相手と突然両想いになってすぐのクリスマスデートだ。緊張しないほうがおかしい。絶対に遅刻しないように30分も早く待ち合わせ場所についてしまったくらいには私は緊張していて、口の中もぱさぱさ、綺麗にした服や髪はどこも乱れていないだろうか、そんなことばかり気になって落ち着かない。30分も早いんだから、少しお店にでも入ろうか。こんなところで30分もたってたら、風邪ひいちゃうかもしれないし。そう思って歩き出そうとしたら、「あれ、さん?」と声がした。待ち合わせまではあと27分もあるのにな。その声は花京院くんで、黒のロングコートをすらりと着こなしいつものピアスを揺らして駆け寄ってきた。

「ごめん、待ち合わせ時間間違えてたかな」

「あ、ううん、あの、私がすごく早く来ちゃって…」

「僕もなんだ、その、なんか…遅れないようにって思いすぎて」

「私もなの…」

なんて空気だ。甘酸っぱいなんてものじゃない。お互いに照れすぎてまともに顔だってあげられなくって、今日は冷えるななんて思っていたことを一瞬で忘れてしまうほど顔に熱が集まった。

「あ、あの、少し早いけど行こうか」

「そ、うだね。寒いし、風邪ひいちゃうかもしれないし」

たどたどしい会話をする。こんなにうまく話せなかったっけ。好きって言うまでは、すごく普通に話して笑い合って冗談を言ってふざけ合って、なんならその間に下ネタなんか挟んだりもしていたはずなのに。

「ねえさん、その、今日のかっこ、とても…その、可愛い。似合ってるよ」

「…ありが、とう…。友達が、その、デートするんだって言ったらいろいろ手伝ってくれて…」

話せば話すほど気まずくなっていく。なんだってこんな空気になってしまったんだ。お互いに意識しすぎてまともに目を見て話せないなんて、思春期の中学生じゃあないんだから…。でも、私たちはお互いに、こうやって特別親しい人なんて作らないで生きてきた。正確には、作れなくて。幼いころからスタンドと共にいた私たちは、それが見えない人と心の底からわかり合うことなんてできなかった。そういう境遇の一致も、きっとあの旅の中で特に彼に惹かれた部分の1つなんだと思う。はあ、と白くなる深呼吸をする。

「花京院くん、あの、お願いがあるの」

「なに?」

「あの、あのね、私…花京院くんのことを、名前で呼びたく、て」

友人にこの服を見立ててもらっているときに気づいたのだ。の彼氏は何色が好きなの、とか、どういう服が好みなの、とか、そういう話をしていて、私は何も考えずに「花京院くんはね、」と彼の名前をだした。そうしたら、友人はとても驚いた顔で「苗字で呼んでるの!?」と迫ってきたのだ。だってずっとそうだったから、今更変えるタイミングなんてつかめない。唯一きっかけがあるとしたらきっと気持ちを打ち明け合ったあの夜だったんだろうけど、それもすっかり過ぎてしまったから。次のデートで絶対に言いなさいよ、結果は聞くからねという友人の迫力に、は何度も何度もうなずいて答えてしまったのだった。

「…ああ、そんなこと」

「そんなことって、私は勇気をだして」

「ごめん、そういう意味じゃあないよ。…

「…!!!」

先に呼び捨てにされてしまった。なんてことだ。これでは「やっぱりなし」なんて言えないじゃないか。だって。旅の仲間で、私をさん、なんて丁寧に呼ぶのは花京院くんだけだった。だから今更呼び捨てにされて照れたりなんかしないはずなのに、どうして彼の口から呼ばれるだけでこんなに耳まで熱くなるんだろう。言い出したのは私だから、ちゃんと、言わないと。勇気をだして。

「の、典明…くん」

呼び捨てなんて無理だ。くん、と付け足して、もう顔なんかあげられないくらいに赤いだろうから、真正面、身長差があるから彼の胸元あたりを見つめてみる。けれど反応がないからどうしても気になって、そっと顔をあげてみたら、花京院くん…ううん、典明くんだって、まるで鏡を見ているみたいに真っ赤な顔をしていた。

「わ、私たち…なんか、こんなんだったっけ。なんか変、だよね」

「うん…僕もそう思ってた。なんか緊張しちゃって…」

目を見合わせて笑ってみたら、少しだけ緊張は落ち着いた。この後一緒にディナーに行って、それからお泊りなんだから、ここでこんなにドキドキしていたら心がもたないかもしれないから。真剣な話をするんじゃなければ、いつも通りのへらっとした空気をまとっていたいじゃないか。

「そうだ、ディナーに行く前に渡したいものがあって」

じゃあ、今度こそ行こうか、って歩き出そうとした私を、典明くんが引き止めた。少しだけ目を瞑っててと言われておとなしく従う。気配は後ろに回って、なにかごそごそと開けているみたいだ。目を閉じたって、気配でだいたいの周囲の様子はわかる。何してるんだろう。集中して気配を探っていると、首筋にひやりとした感覚がして、少しだけ肩が跳ねた。

「はい、目を開けていいよ」

「…これ、ネックレス?」

首元にあったのは、小さな石が1つついたネックレスだった。その石はとても綺麗なエメラルド色に光っていて、それはまるで彼の分身のようだ。私を何度も助けてくれた、輝かしい緑色だ。

「プレゼント。せっかくだから、つけてほしくて」

「あ、あり…がとう、」

せっかくきれいにお化粧したんだから、泣いちゃだめだ。こぼれそうになった涙をぐっとこらえる。感情を制御するのも、体を制御するのも、おんなじだけ上手にできる自信があるから、それは結構簡単にこらえることができて、それから私は泣いてしまいそうなくらい目いっぱい嬉しい気持ちを全部笑顔にのせることにした。

「嬉しい。典明くん、ありがとう!」

「…どういたしまして。やっぱり、いつも通りに笑った顔が1番可愛い」

「え!?」

「あっ…」

どうしてくれるんだ。せっかくいつも通りの空気を作ったって言うのに、これじゃあ甘酸っぱいそれに逆戻りだ。結局、私と典明くんはぎこちない動きでどちらからともなくへたくそに手を繋いで、ガチガチに緊張したままディナーへと向かうことになった。

初々しい恋人