「私は、人を殺すのは良くないことだと、思う」

切り裂いた傷口からあふれ出した血液が一面の白に零れて、コントラストがとてもきれいだ。柔らかい雪は軽いから、浴びた血液で少しだけ溶けて沈んでいく。その上に新しく降り続く雪は静かに血液になじんでいって、それをじっと見つめてから隣にいるホルマジオを見上げた。彼は何言ってるんだお前、みたいな怪訝な顔をして私を見下ろす。当然だ。彼の足元には2人分、私の足元には3人分の死体が転がっている。さっきまで生きていたそれを死体に変えたのは私達だ。最後の1人にとどめを刺しながらのセリフは、何の説得力もない。

「何言ってるんだみたいな顔、やめてよ」

「そりゃオメー、人を殺しながらよく言うなあって思わねェ方がおかしいだろ」

「そうなんだけどね、聞いて」

ナイフについた血を死体の上着で拭ってホルダーに戻しながら、ホルマジオはまだ微妙な顔をしていたけれど、私の話を聞く気はあるみたいだった。

「私たちみたいな仕事をしている人の中には、殺人が楽しいって人もいるでしょう。拷問が趣味とか、死体を弄んだりとか。そういう人はほとんど趣味みたいに殺しをやっているんだろうけど、私は違うのよ。私は、人を殺すことは良くないことだと思っているし、わかってる。だから、だからね、」

ぽたり、と新しく雪に落ちた雫は血じゃない。いつの間にか瞳から溢れていたのは涙で、寒くて少しだけ感覚が鈍っていたから気が付かなかったみたいだ。ぎょっとした顔のホルマジオを見て、そんな顔できたんだ、って表情だけは笑顔になれた。

今日殺したのはパッショーネに不利な政策を掲げた政治家で、彼は国民から強く支持された、表社会ではとてもできた人だった。私も、こんな仕事をしていなければきっと彼を支持していたに違いないと思うほどの善人。ただ、あまりにも綺麗さを求めるその姿勢は裏社会からは警戒されすぎた。その結果がこれだ。護衛を4人もつけていたけれど全員がスタンドも持たない一般人で、私が1人で目を閉じてたってこなせる簡単なお仕事だった。

優しい彼は、暖かな家庭を築いていた。テレビで見たことがある。美しい妻と、それから賢そうな子どもたち。今日こんなところで外出していたのは、その子どもたちへのクリスマスプレゼントを買うという素敵な用事があったからで。血を流して倒れる5人の死体と、それからその傍らに散ったカラフルに包装されたプレゼント。それを見ていたら、私は無償に虚しくなって、今私は良くないことをしているんだという気持ちが心の奥底から湧き上がってきてしまったのだ。

「この人の子どもたちは暖かいお家で、優しいお父さんとプレゼントを待っていて、この人の奥さんは、おいしい料理を用意して…」

「やめろ

舌打ちと一緒に低い声が降ってきて、大きくてゴツい手が私の視界を覆った。その手は乱暴にあふれた涙を拭って私の感傷を閉ざした。視界を閉ざせば案外簡単に揺らいだ心は落ち着いて、そのまま冷たい空気をめいっぱい吸い込んで深呼吸すると、もう涙はあふれてこなさそうだ。

「ごめん」

「気にすんな」

ぐしゃりと頭を撫でられて、もう一度死体を見下ろす。うっすらと雪が積もったそれは静かでもう動かない。心も動揺しない。良かった、もう泣かない。

「あのね、私、小さい頃はお父さんとお母さんと3人で、クリスマスケーキを食べておいしい料理を食べて、それからサンタさんにプレゼントをもらって、そういう普通のあったかい家庭ってところで育ったのよ。今ではみんな死んで、住んでた家も焼けて、暗殺者だけどね。たまに思い出すんだ」

ホルマジオは何も言わない。私が話すのをただ黙って聞いていて、その表情はうまく読み取れなかった。彼はよく笑う。歯を見せて、ニカッと音がしそうな笑顔が私は大好きで、その笑顔を見るとなんだかとても安心して、自分が生きているということを強く感じることができた。だからそんな、何も読み取れないような表情はとても珍しくて、そんな顔をさせる話を続けるべきではないのかもしれない。

「お父さんとお母さんは、良い人だったからきっと天国に行った。私はそこには行けないから、たとえ死んでも2人は会えないと思うんだけど、今の私を見たら、2人はどう思うのかなって、人を殺すたびに私は考えてる」

再びうつむいた私に、ホルマジオは「あー」と声を出した。これは何を言おうかなという顔で、視界の端で動いた腕はきっと彼の短い髪の毛をがしがしとかいた。変な話をしてしまった。今日がクリスマスイブで、それからターゲットが良い父親で、プレゼントなんて持っていたせいだ。らしくない。人を殺すたび両親のことを考えていたのは本当だけれど、こんな感情的なものではなく、もっと淡々とした静かな思考だったのに。

「俺はよォ、両親のことなんざ覚えちゃいねーが」

どん、と少しだけ強めに抱きしめられて、そんなことはされたことがなかったので驚いて身を引いた。しかし背中に回された腕は私に振りほどけるはずなんてない力強さで、少し痛いくらいに押し付けられた胸板の向こうから聞こえるリズムは少しだけ速い気がした。

「雪ってのは、全部覆い隠してくれるモンだ。天国から見下ろしたって、こいつらは見えねェだろうな」

乾いた血液はすっかり雪の下で、プレゼントも死体も、もうその色をうっすらと残してほとんどが雪に隠れていた。これは慰めてくれているのかもしれない。私がらしくもなく弱音を吐いたから。いつもはもっと、笑い飛ばしたり馬鹿にしたりするはずなのに、いつもより私の心が弱っていると感じた彼は、その弱った部分をこうして抱きしめて埋めようとしてくれている。

「そうだといいな…。ありがとう、ホルマジオ」

「…おう」

「あの、もう大丈夫だよ」

お礼を言って、もう大丈夫。けれど体を離そうとしても力強い腕は私の背中を支えたままで、ねえ、と顔を上げようとしたら後頭部まで押さえつけられてしまった。心臓の音が全身に響いて、さっきよりももっと、ずっとずっと速くなる。

「悪ィ、もう少しだけ」

「うん…」

弱っていたのは、私だけじゃあないかもしれない。ホルマジオにも、この仕事に思うところがあって、少しだけ揺らいだりすることだってあるだろう。そっと手を伸ばして背中に回してみる。少し驚いたように身じろいで、それからもっと力を入れて抱きしめ返された。この速い心臓の音、もしかしたら私の音かもしれないね。そうして、雪が死体をすべて覆い隠してしまうまで、私たちはしばらく抱き合ったままでいた。

すべてを覆い隠す


(…っくしゅ、ぅぅ、風邪ひくかも)(おめー、ムードねぇなあ)