彼女は妖精のようだ、というのはさすがのイタリアーノでも口にするのは恥ずかしかった。けれどそう思っているのは事実で、俺はを見かけるたびに、今日も元気に妖精が跳ね回っている…と、そんなふうに思ってしまう。



「チャオ、

「あらブローノ!チャオ、今日は早いのね」

両手にいっぱいの花を抱えたは、俺の声に笑顔を作った。ついさっきまでは満開に咲き誇っていた大量の花も、その上で咲いた笑顔の前では一瞬で霞んで見えてしまうので不憫に思う。満開の花束よりも人をずっと惹きつける笑顔を咲かせたのは街にある花屋の娘で、名前はといった。は両親を事故で亡くし身よりがなかったところをこの花屋の主人に拾われた養女だった。花屋の主人も同時期に妻と子を亡くし自暴自棄になっていたところで、2人の出会いは運命だったようにも思う。その関係を斡旋したのがブチャラティだったので、ほとんど毎日のように様子を見に来ては話をしていた。

「今日は少し遠くまで出るんだ。先方に送る花が欲しいんだが」

「お安い御用よ!お相手はどんな方?あ、聞いても大丈夫かしら」

は俺がギャングだということを知っているので、その仕事内容について触れることに敏感だった。先方のための花束を依頼しておきながら相手の人物像まで隠そうとはさすがにしないが、どんな些細なことにも気を回す様子はとても好ましく目を細めてしまう。





特徴と目的を告げれば、は膝まであるスカートをふわりと揺らしながら花を選び始めた。花の1本1本すべてに愛情を注いでいることがよくわかる手つきで、大事そうに花束を作り上げていく。最後にカラフルなリボンを巻いて結び入り口のそばに座っていた俺を見て笑顔を作ると、俺よりも上を見つめて「あ」と声を出した。

「ブローノ、雪だわ!」

「ああ、今日は冷えると思ったら…」

振り返ると外は雪が降りだしていて、大粒で柔らかなそれは降るというよりも街を覆うようにゆっくりと舞っていた。その様子は先ほどまで花を選ぶためにスカートを揺らしていたと少しだぶって見えて、思わず表情が緩む。

「ブローノ?」

「ああ、すまない。花束をありがとう」

「いえ、気に入っていただけたら嬉しいわ!それより気になっちゃって。雪に、何か良い思い出でもあるの?」

は入り口に近づき、座っている俺に花束を差し出した。受け取りながら返事をする。

「…なぜだ?」

「今、雪を見てすごく優しい表情をしていたわ。とても愛しいものを見るみたいな」

恋人かしら。少しだけ楽しそうに、からかうような声色で言われて面食らう。どうせ伝えるつもりのない想いだ。舞う雪がのようだと思ったと、名前を出さずに言うくらいは許されるだろう。

「そうだな、好きな人のことを考えていた。花のように美しく笑う、雪の妖精のように可憐な女性なんだ」

次に面食らった顔をしたのはだった。一瞬だけ表情が曇って、冗談だったのに、と小さな声で言って、その意味を訪ねる前に張り付けた笑顔を見せた。

「ブローノにあんな顔させる人がいるなんて、その方が羨ましいわ。いいなあ…」

そういう顔は見慣れた満開の笑顔ではなく、どこか寂しそうな笑顔だった。俺は自分や他人の感情に鈍感な方ではないから、その反応にどういう意味があるのかを瞬時に理解してしまった。そうして、それが思い上がりである可能性と、当たっている可能性を天秤にかける。心臓が速くなった気がした。らしくない動揺だ。

「…

「え、やだ、気にしないで!何言ってるのかしら私、ごめんなさいね」

聞いてくれ。俺はのことを、その…花のように美しい笑顔が魅力的だと思っているし、花束を作るために花を選んで回るは、この舞う雪のように可憐だと……そう思っている」

立ち上がったイスに花束を置いて、その細い方を両手でつかむ。早口になってしまって、語尾も弱くなってしまって、まったく自分らしくない情けないことを言ったのではないかという気持ちになる。しかしそれを聞いたの目はゆっくりと大きく開いて、

「ブローノの好きな人って……わ、私?」

見開いた瞳から、大きな滴がこぼれた。

「待ってくれ、君に泣かれると困るんだ」

「ごめんなさい、う、嬉しくて…」

うつむいて両手で顔を覆ったに慌てていると、は泣きながら、楽しそうに肩を震わせて笑った。

「嬉しくて涙がでちゃった。私ね、ブローノがここに連れてきてくれたときからずっと、ブローノのことが好きなのよ」

涙を拭って笑う顔はやっぱり美しくて、妖精の様だと思う。

「クリスマスイブに結ばれるなんて、ロマンチックね」

「そうか…今日はクリスマスイブだったな。…、もう1つ仕事を頼んでもいいか?」

「ええ、あなたの依頼ならなんだって」

「俺には好きな女性がいるんだが、彼女がとびきり喜ぶような、愛の伝わる花束を」

拭い去ったはずの涙がまた溢れて、それにすら笑いながら、は「喜んで!」と言って笑った。



ふわりと舞う

(夢みたいだわ!)