吐く息が白い。真っ赤になった指先の感覚は、もうとっくになくなっていた。朝から降り続く雪は足首を隠すほどに積もっていて、その冷たさはつま先の感覚も奪い取っていく。凍えてしまいそうだ。薄っぺらなコートは防寒にはあまりにも心もとなかったし、マフラーは仕事で汚れたので捨ててしまったし。いつまでここにいるんだろう。ねえ、もう帰ろうよ。そう声に出そうと何度か隣にいる人物の方を見たけれど、彼は黙って目を閉じたまま、指先も鼻も真っ赤にしてただ黙っていたので、私の喉は結局言葉を飲み込んでしまった。





今日はメローネと2人で仕事だった。メローネが突き止めたターゲットを始末する前に、そいつから情報を聞き出す必要があった。ベイビィフェイスの息子と手を繋いで外を歩く。ベイビィ経由でメローネと会話をしながら歩く街は、煩わしくないように気を使いながらゆっくり降り積もる雪で飾られていて、その美しさと謙虚さに街をゆく人たちは心を打たれているようだった。こんな日に、こんなきれいな雪が降るなんて、今年は良い年ね。そんなカップルの会話を聞いて、今日はクリスマスだったわね、とベイビィに話しかける。

「サンタさんが、来るでしょうか?」

「うん?そうだな、良い子にしていたら来るかもしれないね」

「今日のお仕事、頑張ります」

暗殺のお仕事を頑張ったベイビィに、サンタは来るだろうか。真面目に仕事をこなしたことに変わりはないのだから、来てくれるといい。信じたことのないサンタの話と、信仰したことのない宗教のイベント。そんな私にとってどうでもいい雰囲気に丸ごと包まれて浮かれた街で、私はこれからどうやってターゲットを拷問して殺そうか、メローネのスタンドの温度のない手を引いて考えている。不釣り合いだ。今のこの街に、私は全然馴染めていない。1人だけぽっかりと浮かび上がっているみたいだね。ベイビィにそういうと、彼は意味が解らないという困った顔で私を見上げていた。



「メローネ、情報は聞き出したよ。後始末はよろしく」

既に後始末に取り掛かっているベイビィを見ながら携帯電話に声をかける。了解、と告げる電話の向こうのメローネの声色はいつもより少し、ほんの少しだけ沈んで聞こえた。

、この後はアジトに帰るだけだよね?」

「うん、そうだけど」

「少しだけ、付き合ってほしいんだ。そこまで迎えに行くよ」

返事をする前に切れた電話を見つめて、こんな雪の中バイクに乗るつもりかしらと空を見上げる。舞い落ちる雪と同じ真っ白な空だ。晴れても曇ってもいない、空一面に敷き詰めた大理石みたいな硬くて冷たい空。メローネはいつ到着するかな。



、お待たせ」

声に振り返ると、意外にもメローネは歩いてきたみたいだった。ちょっと遅いなって思ったんだ。歩きなら仕方がないね。

「バイクじゃあないんだ」

「滑ったら危ないだろ?こんな天気だ」

両手を広げて、腕いっぱいに雪を受ける。路面状況を気にしてバイクに乗らない暗殺者なんてちょっとおかしいなとくすりと笑って、それから冷えてすっかり固まった身体を起こしてもらおうと両手を伸ばした。外を歩いてきたわりに暖かい手で握り返されて、「冷たっ」なんて言われて、こんなに暖かいあんたの手がおかしいのよって軽口をたたく。

、行きたいところがあるんだ。付き合ってくれるかい?」

「そのつもりがなければとっくに帰ってる」

素直じゃないって自分でもわかっている返事をした。メローネはそんなのまったく気にしていないような顔で笑って、私に「ついてきて」と言って片手を握ったまま歩き出した。





そういって辿り着いた場所がまさか教会だなんて、普通は思いつきもしないだろう。私たちはギャングで、暗殺チームに所属していて、人を殺してお金を得て生きている。そんな私たちが祈るべき神なんていないのだ。信仰なんて、心の弱い人が勝手に縋りつくためだけのもの。私たちにはまったく無縁であるはずのその場所に、メローネは静かに足を運び、そして祈る様に手を合わせ目を閉じて、もうかなり長いこと動かない。暖かい日には陽を反射して眩しく光る金髪も、今は少しだけ雪を積もらせて暗く沈む。

「…メローネ」

名前を呼んでも、彼はまったく動かない。もしかしたら、寒さで私の声が届かなかったのかもしれなかった。

「メローネ、わたし、もう寒いよ」

目を閉じて何も見ようとしないメローネの腕をつかんでみる。やっと瞼がゆっくりと開いて、私はその眼球に自分の姿が映るのを確認した。

「メローネが信心深いなんて知らなかった」

「俺だって知らなかったさ。ただ、…どうしてもここに来たくなることがある」

「…そう、なの」

真っ直ぐに私を見た瞳には、反省とか後悔とかそういう色があるわけではなかった。懺悔をしに来たわけではないみたい。ただ今口から出した感情だけがさらっと乗っかった表情は、むしろ自分の根っこを隠しているように見えて。メローネは、きっとまだまだ数多くの隠し事をしていて、それは仲間だからってそう簡単にさらされるものではないんだろう。

「人殺しが神様に会いに来るなんて滑稽かな」

「さあ…、どうだろう。神様なんていないから、わからない」

「何故いないって言い切れる?」

「もし神様がいるなら、私もメローネもこんな仕事しなくていいと思うから」

「はは、確かに」

笑って吐き出された吐息は真っ白になってメローネの顔を隠した。

「でもさ」

冷えて固まった膝を叩いて、メローネはゆっくりとしゃがみこんだ。雪に手を突っ込む。真っ赤な指先は見てるだけでとても痛そうで、きっと雪の温度もわからないに違いない。柔らかく積もった雪を救い上げる動きももったいぶる様にゆっくりで、黙ってそれを見ている私を見上げて、少しだけぎこちない笑みを見せた。

「俺は、との出会いは神様にもらった最大の幸運だと思ってる」

え、と声に出そうとした瞬間、目の前が雪でいっぱいになった。冷たさで、メローネが雪を巻き上げたのだとわかる。ちょっと、何するの。抗議しようと開いた口は冷たい唇に塞がれて声を出せなくて、一瞬のあと、少しだけ距離を置いて悪戯を成功させた子どもみたいに笑っているメローネを見てしまったら、もう何も言えなくなってしまった。

「寒いね。帰ろうか、

「そうだね、帰ろう」

真っ直ぐ歩き出したメローネの耳も顔も赤いのは、外がとっても寒いから。そういうことにしてあげよう。私の顔が赤いのも、これも同じく寒さのせいだ。だから、たった1つの言葉とキスだけで上がった体温を誤魔化すように、冷たくなった手を繋いで歩いてみた。


雪の降る日