// 交通事故

日本人の女の子が事故にあった、という連絡はその女の子と一緒に入ってきた。日本人観光客、両親は即死、轢いたのは組織の人間。隠ぺいしようとしたところで、子どもだけが生きていることに気づいた処理班はそのぼろきれのようになった身体を研究所へ運び込んだ。

遺体が運び込まれてきた、ついに蘇生にまで手を出すのかと思った、とはのちに語った。両目をつぶし、片腕をなくし、生きているのが不思議なほどの重症で運び込まれた少女は本人の意思も何もなく義体化される。

フラテッロとして活動するにはある程度容姿が似通っていたほうが都合がいい。日本人の少女は血にぬれながらも美しい黒い髪をしていたので、ただそれだけの類似点でイルーゾォの妹になることが決まった。

「義眼を入れるけど、何色が良い?好きなの選んでいーよ」
「そんな人形みたいな…」

はい、と差し出されたカラフルなガラス玉を見て呆れたように言いながらも、義体なんて言うのがそもそも人間を人形に作りかえるようなものだなと思い直したイルーゾォは黙ってガラス玉を手に取った。緑、青、黄色、透明、様々な色のそれは神経などを繋いである程度眼球としての役割を果たせるようになるらしい。そういう仕組はさっぱりわからないが、メローネとはそういうことを専門に研究している。なんかは自らの身体まで材料にして実験を行っている筋金入りの研究者だ。イルーゾォの半分以下の年齢で。

「…俺と同じでいいんじゃねぇ?」
「両目とも?」
「ああ」

赤と言っても微妙に色合いの違うものがいくつかある。その中でなんとなくピンときた、たぶんイルーゾォの赤よりは少しだけ淡い赤の目玉を取り出すと、が受け取った。

「ギアッチョさんみたいな人ならねえ、義体化するところ見ていてよって思うんだけど、イルーゾォさんは別にいいんだよ。見てた方がつらいかも」

優しいからね、と目を伏せたは手に持ったガラスの目玉をそっと撫でて、にこりと笑った。

「あんまり入れ込み過ぎるのも良くないの。私とメローネが言うのは、なんの説得力もないけど」

そうだな、とイルーゾォも笑いながら腰を掛けた。最後まで見ていくつもりらしい。麻酔が効いて眠っている少女の体からは濃い血のにおいがしていて事故のすさまじさを物語る。この少女が妹になるという以外の情報はまだイルーゾォは知らなくて、処置をしながらが話しはじめた。

「13歳、日本人の旅行客。轢いたのは末端のチンピラで、両親は即死。この子は両目と右腕を失った状態で発見されたけど、虫の息ってほど弱ってはいなかったみたい。生命力の強い子なんだね」

薬や、見慣れない機械や、嗅ぎなれないにおいに音、そんな現実離れした空間で以心伝といった様子でテキパキと作業を行うメローネとをみて、イルーゾォは眠った少女に目をやった。自分の妹として義体化されるこの少女と、自分はいずれこの2人のように親しくなれるのだろうか。

「両親と過去の記憶は全部消しちゃうからね。あっても混乱するだけだろうし…、あ、この子たぶんイタリア語そんなに話せないと思うからそれは勉強させてあげてね。イルーゾォさん日本語わかる?」
「…いや、知らない。覚えるよ」

一瞬だけイルーゾォを向いて話したは、その返事を聞いて満足げに笑った。

「おいおい、によく見られたいからってかっこつけるなよ。俺の女だぜ」
「ハア?俺は子どもに興味なんかねーよ」
「ふふふ、ロリコンのメローネ、言われてるよ」
「俺は子どもが好きなんじゃなくてを愛してるんだよ」
「はいはい、俺の妹を挟んでいちゃつくのは許可しないぞ」

やっていることとは真逆に和やかな空気はゆっくりと溶けて消えて張り詰めて、それきり3人は無言のまま、日本人の少女はガラスの目玉と鏡の右腕を手に入れた。