// 見上げる星空
想定外の出来事があって、仕事は夜遅くまでかかった。最後の1人の死を見届けてから、帰るぞと少し冷たい風が吹く街で踵を返す。しかし、歩き出した足音は自分の分だけだった。
「どうした?」
「星が…綺麗に見えます、ここ」
夜空を見上げて目を細める横顔は、はっとするほど妹に似ていた。それは本人なので当然なのだが、纏う雰囲気、空気感、そういうものだ。記憶を消して寿命を延ばしたの性格は随分と変わってしまったので、容姿は同じだとしても表情や仕草、態度から妹を思い出すことはほとんどなかったのに。
「…好きか?」
「わかりません、でも綺麗だなって…なんだかどきどきします。前に本で読みました。星ってすごく遠くにあるから、今私たちがみている光はずーっとずっと昔の星なんだって。だから今見ているあの星々も、もう滅んでしまっているのかもしれないって。なんだか素敵ですよね」
それはが良く言っていたセリフとそっくりだった。結局、同じ肉体は同じことを考えるのか。
「…望遠鏡がある。戻ったら見せてやる」
「本当ですか!?すごい、楽しみです!」
望遠鏡への反応は全然違うけれど。確かにこの命は妹で、記憶がなくたってそれは変わらないらしかった。
「すごい、こんなの持ってたんですね」
「ああ」
「プロシュートさんの趣味ですか?なんか意外です」
「いや、俺のじゃねえ」
じゃあ誰の、と言おうとしては言葉を止めた。そっと触れた傷のようなものに気づいたからだ。その傷は古いものらしく、良く見ると名前を掘っているのだとわかる。。自分とそっくりのその名前は妙にしっくりきて…私は、それがきっと彼の妹の名前なのだろうと思った。
「あの形、なんだか見覚えがあります。星座でしょうか?」
――お兄様、あれはオリオン座です。あの一等あかるいのはベテルギウスという星なんですって
「あれはオリオンだ。…あの1番明るい星はベテルギウスっていうんだと」
「へえ、詳しいんですね。やっぱり意外です」
――へえ、詳しいんだな
――本で読んだんです
その会話はがだったころにしたものと同じだった。同じ姿で、きっと同じ魂で、それから記憶だけがすり替わった妹の。
「…あ!」
「なんだ?」
「あの星…あの、あそこにあるやつです。あれ、なんだかプロシュートさんに似ていませんか?」
「は?」
「空はこんなに広いのに、あれだけ特別に大きくて眩しい。だからプロシュートさんに似てるなあって思いました」
どうですか?と首をかしげるに、聞こえないよう舌打ちをした。まったく厄介なものだ。
「…なんででしょうね。不思議ですけど、私、きっとあの星好きです」
そう言って笑った顔は、初めて望遠鏡を買ってやった時に星を見上げた笑顔とおんなじで…、プロシュートはらしくもなく、なんだか泣きたい気持ちになった。