// 命の期限

母のおなかの中にいるときからの身体は未熟なままで、小さくうまれ白い箱の中で過ごした時間は長かった。命を繋ぐ管が1本、また1本と減って、やがて自分で呼吸し立って話せるようになってからも、ときおりその管はを巻き取って病室へ送る。最初は5歳を超えるのは難しいと言われていた。次は10歳。20歳を超えるのは難しいだろうと言われたの15歳の誕生日、プロシュートは妹の命を繋ぐ金のため自らの手を血で汚した。

金さえあれば命は繋がる。幸いにもそういう才能があったプロシュートは裏の社会で仕事をする手段には困らず、実に優秀に仕事をやってのけ普通に働いては到底稼げないような額の金を得ていたので、の治療は順調だったように思えた。しかし、治療と言うのは治すことをいうのだ。に施されたそれはただの緩和措置であり延命だった。人はうまれたときからその命がいつか尽きるという運命を背負っている。に与えられたそれが、短かったというだけのこと。



静かな病室で目を閉じるを見つめて、プロシュートは感情を殺そうとただそれだけを考えて呼吸をした。泣きたいのか叫びたいのか怒っているのか悲しいのか虚しいのか、自分の感情がいったいどれなのかとんと見当もつかずただ心が震えている。

病室にあとから入ってきたメローネはその背中にかける言葉を見つけられなかった。もしかしたら、万が一のときは、そう思ってメローネをこの病室に行くよう促したのはリゾットだったが、メローネは自分がその場にはまったくふさわしくないと考えた。プロシュートはそんな決断をしない。彼は義体を嫌っているから。

「…おにい、さま」


ゆっくりと、重たそうな瞼を開いたがプロシュートを視線だけで捕えて呼んだ。名前を呼び返して命を繋ごうとする。いつだって明るく気丈にふるまってきた妹の命の焔が、消えかかってぼんやりと震えているのを見るプロシュートの気持ちなんてメローネにはわからない。ただ、彼女の命を繋ぐためにプロシュートがこの組織に入ってきたということは知っていた。いつどこでどんな状況で聞いたのかもう思い出せないが、「あいつが生きていればそれだけでいい、もし笑ってくれるのならそれ以上の幸せはないんだ」と珍しく柔らかい表情で言ったプロシュートの愛は本物だと思ったから、この状況は彼の心を壊してしまわないか、それだけが心配だった。

「…わがままを、言ってもいいですか。おにいさまを、こまらせて、しまうかも」
「なんでも言え、なんでも聞いてやる」
「ふふ…、おにいさま、おとこに二言はない、って、いつもいってましたよね…、わたし、信じてますよ…」
「ああ、俺が嘘をついたことがあったか?お前の頼みを聞かなかったことがあったか?」
「いいえ、ありませんでした…おにいさまはいつだって、わたしを…いちばんに…」

すう、と瞼が閉じた。ハッと乗り出したプロシュートがベッドに手をついて、その振動で再びの目が開く。さっきよりも薄くぼんやりしていて、その視線はプロシュートを捕えない。

「わたし…しにたく、ありません…。こんなこと、おもうなんて思わなかった…かくごは、できているつもりでした…けど…、こんなにこわいなんて…わたし、もっと、やりたいことが…たくさん…」

そこで途切れて咳き込んだに、プロシュートが手を貸さないのでメローネがあわてて駆け寄った。背中をさすってナースコールを押す。おいお前、と声を掛けようとして見上げたプロシュートの瞳が何も映していないことにぞっとして、それからさっきのセリフを思い出す。自分の意思とそれから妹の希望、プロシュートがどちらを優先するのか、メローネにはわかる。それを受け入れられるか、それは彼の心の問題だ。

看護師が駆け込んできて注射を打つ。荒い呼吸がゆっくりになって静かな寝息にかわったころ、プロシュートがメローネを呼んだ。

「…義体化ってのは、大人でもできんのか」
「相当強くしないといけないけど…できなくはないね。ただ、リゾットの妹のこと知ってるだろ?たとえそれで寿命を延ばしたとしても、長くて10年、奇跡的に長くたって15年はもたないぜ」

そんなこと言っても、プロシュートの希望は妹が生きていることで、妹は死にたくないと言っている。それなら答えなんか、もう決まっているようなものだろう。

「…頼む。記憶は全部消してくれ」
「いいのか?いくら条件付けを強くしないといけないっていっても記憶を残すことくらいはできる。の研究だ」
「いい。がいつか…その選択を後悔しないとも限らねえ」
「……どっちが、だか」

そうしては、研究所で最年長の22歳にして義体化された。記憶を全部消して条件付けを施されたことは結果的に脳への負担を軽減したようで、死の淵にいたはわずか1か月で奇跡的に回復し、起き上がって走り回れるようになったのだった。