// 血の通った約束をしよう

検査着に着替えたは白衣を着るのとそう変わらないだろうになぜか頼りなく見えて、メローネは目をこすった。実験に不安を感じるなんて数年ぶりのことで、思い入れのある素体は作るなよ、とここに来る研究員の全員に口うるさく言い続けてきたことをふと思い出して苦笑した。あんなに言ったのにな、と。

、こっちにおいで。約束をしよう」
「なあに、メローネ」

近づいてくるの目に不安の色はなかった。ゆらゆらと揺れるその光は実験への好奇心と期待によるもので、心の底から研究者である少女を頼もしく思うと同時にひどく不安も募った。ここで素体として体を提供してしまったら、この先成功の確証のない実験ですら自分の体なら差し出してしまうのではないかと。それは研究者としてメローネ自身も酷く同意できる欲だからこそ怖かった。だからつなぎとめることにしたのだ。

「これは純粋な人間のと、純粋な人間の俺の、心でかわす約束だ。聞いてくれるかい」
「メローネがピュアなんて、よくそんなことが言えますね」
「茶化さないでくれ。…この先、どんな実験にでも君は自分の体を使おうとするかもしれない。そうしたいなら、同じ研究者としてそれを止める権利なんか俺にはない、と思う…が、ただ漠然とした、個人的な感情でそれは嫌なんだ」
「…そんな、理屈の通らないこと…」

は困惑した顔を作る。物事は論理的に整理しろ、というのはメローネの言葉だ。漠然と、個人的な感情で、なんて、あまりにもメローネに似合わないセリフだった。

「書類上では父だけど、それは俺を後見人として認めるだけの文言だ。だから、結婚しよう。君は俺の妻だから、君の身体を何かに差し出すのであれば夫の俺の同意を得なければならない。これは研究所の規定にもある正当な権利の主張だよ。個人的な感情とは別の、身内の権利だ」

力の入っていない左手を持ち上げてその指に指輪をはめる。俺の小指より細い薬指にキラリと光る緑の石は、いつかが俺の目を見て言った「トルマリンみたいね」という言葉を思い出してにして選んだ。たった一晩でこれを用意するのに随分とコネを使って多方から文句を言われたのだけど、一生に一度のプロポーズのためなのだから許してほしいと。緑色に落ちた透明な滴は歓喜で跳ねて消える。

「…馬鹿なメローネ。研究者として、そんな感情は不要なものだよ」
「馬鹿な、君の涙は俺を夫として認めてくれるか?」
「ほんとうに、馬鹿なメローネ。ロリコンって噂がたっても知らないから」
「残念、もうたってるんだ」

知らなかったのか?というメローネの瞳は嬉しそうに細められているから、は自分がその提案を受け入れるつもりしかないというのがもう伝わっているんだなと理解した。しょうがないメローネ、馬鹿なメローネ、研究者は常に冷静に感情を抜きにして物事を考えろと、あれだけ私に言っておきながら。そんなの胸の内を知りもしないメローネは、まさか自分が10も年下の少女に求婚する日が来るなんて思わなかった、と自分自身に驚いていた。けれどそれはとても自然なことのように思えて、いずれこうなるということは出会ったその日から決まっていたのかもしれないなとさえ思う。

「じゃあ、メローネ。私の身体をよろしくね」
、最高の結果を期待してるよ」

うまれたままのとして、最初で最後のキスだった。