// 研究の材料

「ダメだ、この条件にあてはまる素体は今はいない」

絶対に有効である、という結果がまとまっても、それをすぐ実行に移せるかどうかは運とタイミングによる。たとえば脳波を利用して完全に制御できる義手を開発したとして、素体の中に腕のない子どもがいない場合、研究のためわざわざ腕を切り落とす…なんていうことはさすがにこの研究チームでも行われることはなかった。必要とあらば洗脳だって行う組織が随分な綺麗ごとを、というのがメローネの考えではあったが、わざわざそこに苦言を呈すような面倒なことはしない。てっとり早く誰か事故にでもあわないかな、と思いながら外を眺めるくらいだ。

だから今回も、都合の良い時期を待つつもりだった。条件は10代半ばの女性、5体満足であること、一定以上の頭脳を持っていること、今までに研究所で行った薬で脳に影響を与えたことがないこと。すべての条件を満たす子どもは今の研究所にはいなかったので、次に入ってくる子どもを待つしかない。そう言いながら書類を投げ捨てるように机に放ったメローネは、大きなため息をついた。今すぐにできれば、今期の研究結果に大きな進捗として載せられる。予算の増額も望めるかもしれない。けれど来期まで持ち越してしまったらここ最近目立った成果のないこのチームの予算はキープするのがギリギリ、悪ければ減額までありえた。小さく舌打ちをする。あと2か月の間に、条件に合う素体がやって来るか…。結果を出すには運も必要だ。運がないのであれば、そのときはそれまでのことだったのだと諦めるしかない。

「メローネ、私じゃあダメでしょうか」
「は……、何言ってるんだ?」
「年齢も、身体も、頭脳も、脳の状態も、全部私なら条件が合います」
「薬で脳のリミッターを外すんだぞ?どういうことかわかっているのか」

「わかってます、私だって何人もの子どもにそれをしました。まさか私にだけはできないなんて、主任研究員のメローネが言いませんよね?そんな、個人的な感情で研究を中断して、予算が減らされでもしたら困るのは研究員たち、そして副作用が出てしまって苦しんでる義体の子たちです。私はこの理論は絶対に間違っていない自信があるから誰に施したって問題ないことを知っています。私なら絶対に大丈夫です。私で実験しましょう」

強く言うの瞳は研究者の瞳だ。個人的な感情と言う言葉に反論できなかったメローネは、もしこれが他の研究員の補佐が言い出したセリフだったら、と考える。たとえ研究員自身が反対しても、本人がやるというのなら問題はないと言うだろう。一般の研究員よりはるかに良い頭脳を持ったが自信を持って行う実験の素体に自分自身を選ぶことに、反対できる理由は見つからなかった。

「…わかった。準備をしよう」
「グラッツェ、メローネ」