あいつは女じゃねぇなんて皆が言うけど、俺からしたらあいつはどっからどう見ても華奢な女だった。
態度のデカさや仕草のガサツさ、大胆な仕事のやり方から女らしくないと思われているのだろうけど、身長は高くても線は細いし、態度がデカいのもナメられないようにしているだけに見えたし、仕事の大胆さで言えば全員だいたい似たようなもんだ。つまりどっからどうみてもあいつは女だった。
なのに本人もそれを認めようとせずに女扱いする俺にくってかかるもんだから、つい調子に乗ってその腕を強く押さえつけた。
掴んだ手首は力をかければ簡単に折れることが想像できるような細さで、押し返そうとする力だって子どもが抵抗してくる程度の些細なものだ。普段から女扱いしてはいたものの予想よりずっと自分よりか弱い存在だとそこでやっと認識したのだと思うけど、それでも力入れて睨みつけてくるその姿に、なんでか俺は恋に落ちたらしかった。

そんな女が「柄じゃない」なんて言いながら手作りのチョコレートケーキをだしきたとき、その柄じゃない勇気にあてられたのか俺もらしくもなく笑顔を作って余裕を演出することも忘れ、「お、おう」なんてうずった声を出した。
何その声。心の底からおかしそうに笑った顔がいつもの数倍はかわいく見えて、ああ、お前はやっぱり可愛い女だよ。なんて思ったのは寸前のところで飲み込むことに失敗して口から出た。
そんなだから、自慢じゃねえが女には不自由しない生活を送ってきた俺が、まったくらしくもない女への贈り物に悩んでいる。
女なんてそれなりに好みにハマるアクセサリーの一つや二つを送っておけば満足するものだ。なんて考えで生きてきたツケが回ってきた。
「……どうすっかなァ」
「お、悩み事かい?」
バサバサと乱暴にページをめくっていると、「破かないでくれよ」と言いながらメローネがやってきた。女性誌なんて読むのはこいつくらいだから、ソファに放ってあったこれもメローネのものだろう。
「……待ってくれ、アンタらどんだけ似てるんだ?」
なにか面白いことはないかという暇を持て余した顔で近づいてきたメローネに相談なんかしたくはなかったけれど、追い払うより先に呆れたように額に手をあてて黙り込んだ。
あー、とか、うーん、とか、そういう声をいくつか漏らして、呆れに愉快さを含んだ表情がゆっくりとホルマジオを捉える。
に、ホワイトデーのお返しが思いつかない。手作りのチョコレートケーキに見合う本命のプレゼントなんか、考えたことがないんだろ」
「オメー……」
知ってたのかよ。
おかしそうに笑うメローネは、手元の雑誌のページを数枚まとめてめくりあげた。古い雑誌だとは思っていたけれど、一ヶ月以上前のものらしい。バレンタインの特集が組まれたページがでてきて、更に数枚めくると乱暴に破り取られたあとがあった。わずかに覗いて見える文字は「バレンタインの、チョ」で終わっている。
「人の雑誌を勝手に破いて行くなんてひどいよな。がそんなことしてまで持ち去ったページ、心あたりあるんじゃないか?」
全部わかっている顔で言うメローネを睨みつけたら、ついに耐えきれなくなったというように声を上げて笑った。
「あはは、悪い悪い。そんな怖い顔しないでくれよ。ま、あんたらが似たもの同士にめんどくさいってのがわかって俺は満足だ」
そう言って去っていったメローネのセリフで、まったく腹が立つことに一ヶ月前のあの出来事がそそのかされたことによるものなのだと気づいてしまって……。
「面白がりやがって」
呟いた言葉よりずっと、顔は笑っていた。
「おい、ちょっといいか?」
「んー」
あれから数日後、アジトで仕事の書類を広げるに声をかける。お互いの思いは通じ合っているとわかっているのに、結局あれ以上の進展は今もないままだ。
「お前、今夜暇か?」
「奢りの話? 暇だよ」
「まあそんなとこ。仕事終わったら寄るから、着替えとけよ」
「マジ? やった、適当言ってみるもんだね」
あは、と笑った顔はいつもよりやっぱり、可愛く見える。これは重症だな。にやつくメローネは無視して、とっとと一仕事片付けて来よう。

簡単な仕事は一瞬で終わって、を連れてちょっと良いレストランを訪れる。珍しく「俺たちみたいなヤツ御用達」ではない普通の店であることに驚いた様子のに密かに満足げな顔をした。
いつもどおり、普通の店じゃつまんねーからな。そう言う自分の声が、態度が、どこか不自然じゃないだろうかと気になった。そんなことを思うなんて全くらしくなくて、そして柄でもなくて。もう一ヶ月も前になる、コイツのらしくなさにあてられているんだろうか。
ポケットの中には小さな箱が入っている。その中身は似合うのか似合わないのか好みなのか好みじゃないのかすら自信のない小さな石のついたペンダントで、まるで女らしくないと言われる、今もそんなアクセサリーなんかが入り込む隙なんてなさそうな格好をしているに渡してどういう反応が見られるか、なんて想像もつかなかった。
どういうタイミングで渡そうかと思っていると、が「ごめん」と席をたった。その間に、机の向こう側に箱を置く。
「ただいま。……ホアルマジオ、これ」
何、と動いたらしい唇から出てきた声はものすごく小さくて、その箱にそっと手を添えて何やら考え込んでいる。
「先月、チョコレートケーキもらっただろ。だから、お礼に」
「……あけていい?」
「オウ」
小さなリボンを解いて、それから箱を開く手付きが慣れなさをはっきりと表していて微笑ましくなる。本当に、こういうものとは縁遠く生きてきたんだろう。
開いた箱に入っているペンダントを見て、それから俺の顔を見て、なにか言おうとして口を開いては閉じる。緊張していた気持ちはいつの間にかどこかへ行ってしまって、今あるのは妙な高揚感だけだ。
きっとにそんな顔を、思いをさせたのは人生で初めて、俺なんだろう。
「……私に、こんなの」
似合わない。
口の動きはそう言ったけれど、声にはならなかった。眉間にぎゅっとシワを寄せてそれきりしばらく黙り込んで。やっと話し始めたと思ったら。
「でも、似合うようになりたい……とは、思う」
せっかくホルマジオがくれたから。なんて、あまりにも可愛いことを言うのは反則じゃあないか?
「お前は、やっぱカワイイ女だな」
「やだ、やめてよそういうの」
睨んだのだろうけれど何の迫力もない顔は、やがて吹き出して笑顔になった。
好きとか嫌いとかを言葉に出さなくたって、こんなにも好意が伝わるんだな、なんて、そんなことを思うのもこんなプレゼントも、もっと笑わせてやりたいなんて思うのもまったう俺らしくない、柄じゃないことだ。