私は子どもじゃないのよ、と頬を膨らまして見上げてくる少女のどこが子どもじゃないのか、俺にもわかりやすく説明してくれ。スタンド使いの幹部夫婦から生まれたスタンド使いの娘がギャングになるというのは実にストレートでわかりやすい。そうなるしかなかった人生を思うと憐れみを覚えなくもないけれど、組織の中で最初から一定の権力を持って生まれたことは末端で安い報酬で働くリゾットからしたら羨みの対象でもあった。

子どもは嫌いではないけれど、ギャングとして産まれ育てられた子どもなんてろくなものじゃないだろうと思っていたのだけど、出会ってみれば少女はなんとも普通の少女で、多少生意気なところはあれど本当にただの少女だったのだ。大人の輪には入れず、けれど自分はチームのリーダーとしてしゃんとしないといけない、と気を張っている様子の子どもを見たとき、リゾットの胸に湧き上がったのはただの庇護欲だった。

だから声を掛けて、それ以来すっかり懐かれてしまい自分のことを好きだ好きだと付きまとうは鬱陶しくもあり可愛らしくもある複雑な存在だった。

リゾットから彼女への好意は恋愛感情ではないと思っていたけれど、娘のように思うには無理がある程度には個人的な好意でもあった。その感情の整理をつけるのを、リゾットは意図的に排除していたのだ。



1か月前、夜中に届いた電話はそれは肝を冷やした。プライベートで会うことは許していたしある程度の接触も受け入れていたけれど、プライベートだからこそ相手は子どもであることを第一に考えて行動した。絶対に夜になる前に帰したし、その時は家まで送っていくなど徹底していて、それに彼女が不満を抱いていることには気づいていたけれど気づかないことにしていた。

その彼女が、「今バーにいるの」なんて日付も変わろうかという時間に連絡してきたのだ。それはもうらしくもなく大慌てでメローネのバイクをとばした。ちょっとリーダー!?なんて言うメローネの言葉も無視して、だ。あいつは今日仕事を与えてないから問題ないだろう。

それなのに駆け込んだ先ではのんきにジュースを飲むがいて、マスターは部下だなんていうから心労がどっと押し寄せた。勘弁してくれ。ほっとしたのと、あまりにたちの悪いからかいに大人げなく苛立ってしまったのもあるのだろう。あいかわらず悪気なくけらけらと楽しそうに笑う幼い少女に、この行為のどこが「子供じゃない」のか問い詰めて叱ってやりたくもなったが…、本当に大人だと言うならこのくらい平気だろうと手を出してしまったのは、あまりに軽率だった、自分こそ大人げなかったと思ったのは翌朝アジトへ戻ってからだった。

バイクを勝手に乗っていったことへの抗議と、それから「で、朝帰りなんてどこで何してたんだい?」というメローネの膝の上にはベイビィフェイス。万が一の時には、と全員の血液を保存しているメローネがまさかこんな個人的なことでそれを使うなんて思っていなかったのでため息を吐いた。

「リーダーがどこで何しててもいいんだけどね、犯罪はまずいよ犯罪は」
「暗殺者に言うことか?」
「…冗談なんだけど…、まさか本気で手を出すつもりじゃないよね?」

手なんか出すか、あんな子どもに…と否定すべきところだったと思ってももう遅かった。楽しそうに目を細めたメローネはベイビィをパチンと消し去ると、皆に話して来よう!とソファの背を飛び越え走って行った。こんならしくない発言をするなんて、昨日煽った酒が残っているのかもしれない。



その数日後、いつものようにデートをしようというに「買い出しの付き添いな」と返して待ち合わせをしたものの、好きだの嫌いだのという話をしたのはすっかり忘れたみたいに、いつもどおりけろっとして腕に絡みついてくるが正直あの夜のことをどう思っているのかわからなかった。
酔っているのなら仕方がないと行為を正当化するのは卑怯なことだと思っているけれど、相手が自分を酔わせて、その鈍った思考をうまく利用しようとしたのであれば話は別だ。卑怯なのは相手であって、こちらが酔いのせいと正当化して手を出してしまったって、それはまったく卑怯なんかじゃない。と言うのは言い訳に過ぎないのだろうが、とにかくそういう理屈なので俺は悪くないのだと、必死に言い聞かせないと顔を合わせられなかった。

18で人を殺し裏の世界に入って10年。そのころに産まれた、まだほんの子ども相手に何を翻弄されているんだと自分を情けなく思う。しかしどうにも彼女は人のペースを乱すのがうまいらしい。結局は流されて手を繋いで歩いているのだから、そこに名前を付けるべき感情は確かに存在するのだと認めざるをえなかった。





あの忌々しい呼び出しを受けて大人げない悪戯を仕掛けてから1か月がたって、仮にもチョコレートはもらったのだし、それに対してあんなことまでしてしまったしと顔を手で覆いたくなるような思い出は残念ながら消し去ることができなかったので、リゾットは初めてを呼びだした。
自分から「時間はあるか?」と言うだけのことがこれほど緊張するものだとは知らなかったので驚いて、それに対する返信がYESじゃなかったらどうしよう、なんてらしくない不安を抱いた。

当日、昼から呼びだしたは真っ赤な顔をしてよたよたと現れた。着ぶくれしてまるくなって、うるんだ瞳で「リゾット」と呼びかける声すらうつろだ。一瞬で状況を理解したリゾットは、怒鳴り出しそうな気持をぐっと我慢して…だって、自分からの初めての呼び出しなのだから彼女が絶対に、どんな体調だろうと無理して出てくるのは当然のように思えたので…、少しの罪悪感からなんとか飲み込めた怒りはそれでも声を震わせてしまった。

「熱があるんじゃないか」
「だって…せっかくリゾットが誘ってくれたのに断るなんて」

案の定、だ。ため息を吐いてその小さくて熱い身体を抱き上げてやる。リゾット?と首元で呟くから熱い吐息が首筋をなぞって一瞬体がこわばったけれど、熱のあるはそんなことには気づいていないようだった。

「帰ろう」
「やだ、でも」
「また別の機会に誘ってやる、今回だけじゃなく、これからも、何度でも」

はっと、息をのんだ気配がわかった。首筋にいく意識を全力でカットしてリゾットはを抱え直し、何度も送って行った自宅という名のよそのチームのアジトへ向かった。



「うーん、とめたんだけどねえ。窓から出て行ったんだな。おい、いい加減にしろよ」
「上司に向かってなんて口のきき方…」
「保護者に向かってなんだその態度は」

バーで出会った男は、チャイムを鳴らしたリゾットに怪訝そうな目を向けて、それからその腕の中のを見て舌打ちをした。熱があるから部屋で寝ていろと閉じ込めておいたのに、いつのまにか窓から勝手に出て行ったらしい。これはさすがにご迷惑をおかけして、と頭を下げる彼はと比べよっぽど常識があるらしかった。腕の中のを差し出すと両手を出して受け止めようとするが、がリゾットに張り付いてはがれない。

、離れなさい。困ってるだろ」
「困らせてるの。リゾットがいてくれないなら、また出ていくから」

きっと2人の脳裏に浮かんだのは、いつもの生意気な「私は子どもじゃないのよ」というセリフだろう。どこがだ。まったくただの我儘な子どもじゃないか。実年齢の10歳に対しても幼すぎるその言動に、しかしにはどうしても弱い大人2人が「あがっても?」「時間はあるか?」と尋ねるのはほとんど同時だった。



「りぞっと、…ごめん」

が小さな声を漏らしたのは、初めてアジトに足を踏み入れたリゾットがすでに目を閉じて寝息を立てていたをベッドに寝かせてから数時間がたったころだった。途中何度か席を外しの保護者と言葉を交わし、どうせ1日連れまわすつもりだった予定をその寝顔を見つめることに変更したリゾットはベッドサイドに腰かけ部屋に転がっていた文庫本と寝顔を交互に見つめながら時間を過ごした。

黙って眠っていると、年齢のわりには随分と大人びて見える寝顔だ。眠っている顔はまだまだ子どもの様に見えていた自分のチームのメンバーが加入したころのことを思うと、やはり普段ぱっと咲くようにほころぶ笑顔は精一杯に自分で作り上げたもので、本質は生まれながらのギャングとして育てられた部分が強いのだろうと想像する。

リゾットは初めて人を殺した時のことを今でも鮮明に思い出せる。それは今まで生きて来た18年間をすべて覆いつくすほどの闇を産んでリゾットを飲み込んだとても強い記憶だった。けれどは、そうすることが当たり前の両親のもとで当たり前のように殺しが日常にあって、そこに躊躇いなんていらないのだと物心つく前から教え込まれていたのだろう。

そんな余計な思考をしていることはまったくしらないは、半分だけ開いた目をこちらへ向けた。汗で額にはりついた髪の毛は細く幼い子どものものだったから表情とのギャップにくらりと眩暈がするような気持ちになる。

「いい、今日はゆっくり休んでろ」
「せっかく、りぞっとが…さそってくれたのに。何かようじだったんでしょう?」
「…たいしたことじゃない、ホワイトデーだったから…」

そこで、半分だけ開いていた瞳はようやく普段と同じくらいに開かれた。普段であればもっと大きく開いたのであろうそれはすぐに元の半分にもどってしまったけれど、ほわいとでー、と小さく繰り返したはのどだけで笑った。

「うれしい。りぞっと、すきじゃないなんて、言ってない…って言ったけど、でも、好きとも……言ってはくれなかった、から」

布団から出てのびた手はリゾットに届く前にぽすんと布団へ落ちた。そんな力も残っていないのか、少しだけ指を動かして再び目を閉じる。お礼に、と用意してきたものは、どうやら今日はお預けらしい。寝息を立て始めたを置いて再び部屋を出て、「変な事してないだろうな」と少しだけ嫌そうにする彼女の部下に声をかけて台所を借りる。

今日のうちに、ちゃんと名前の付く”ホワイトデーのお返し”はしてやりたかった。即席になってしまったけれど、「大人だからお酒ね」なんて簡単な理由でボンボンを渡してきたには、このくらいがちょうどよかったのかもしれない。

はちみつのふんわりした甘さのホットミルクは、いつだったかまだリゾットがこんな社会を知る前に母親が良く作ってくれたものだ。悪夢を見て眠れなかった日、体調が悪く置きがれなかった日、きまって出て来たはちみつ入りのホットミルク。

いつのまにか「早く元気になってほしい」「そして早く、次の機会にまた一緒に外出がしたい」…なんて思っていたことにはリゾットはその時気づいておらず、ただ木製のトレーにのせた大きめのマグカップをもったままの眠る部屋の扉をあけ、額にちらばる髪の毛の上からキスを落とした。

……とっくに、絆されているのだと。いい加減打ち明けたっていいのかもしれないな。

はちみつホットミルク