今の自分はギャングである。それ以上でもそれ以下でもない自分の過去のことをいまさら感傷的に思い出したりなんかしないが、ただ1つどうしても時折ちらつく思い出があった。

目を開けていられないほど眩しい夕焼けを背負う俺の正面に、落ち着いた風を装ってはいるものの足も声も震えガチガチに緊張した女が立っている。その女のことは知っていた。学年が違うのに妙によく見かける女だ。行動のタイミングが似ているんだろうなというぼんやりした認識で過ごしていたが、呼び出されて目の前で夕陽のせいなんかじゃなく赤い顔をしているところを見ればそれが偶然じゃなかったことくらいはわかった。ストーカーかよ。それが最初の感想。

こんなに震えて、告白でもしてくるつもりかと思えばその口からでたのは「第二ボタンをくれ」なんていう言葉で。その文化は知っていたが、突然のボタンの要求はさすがに驚いた。ああいうのは付き合ってる奴同士でやるか、それか告白の記念にやるものだと思っていたので。ボタンだけよこせってどういうことだ。まあ、告白されたところで気持ちに答える気はなかったので、後輩の判断は正しかったと言える。思い出だけ持ち帰るならそれが1番良いだろう。なのに理由として「先輩が好きだから、心をください」だなんて馬鹿正直にこっ恥ずかしいことを言って、緊張のせいか涙まで浮かんでいる顔をみたら、なんだか自然と笑ってしまいたくなった。どうせこれで最後、もう二度と会わねーんだし。望み通り第二ボタンを外して、その3年間着込んで色あせた金色を伸ばされた小さな手に乗せる。赤くなった顔に夕陽があたればそれはもうゆでだこの色でしかない。笑っているのに気づかれないようぐっと表情を引き締めたけれど、今になって思えば後ろから夕陽を浴びる俺の顔なんか、あいつは見えていなかっただろうな。

そんな後輩が、まさかギャングになって同じチームに来るだなんて思わないだろう。らしくもなくものすごく動揺してしまったので、なんでもない顔を作るのが精いっぱいだった。おいお前、何してんだ。警官だったころ、新しく入ってきた新人の資料中にもあいつの顔があった。まさか追いかけてきたなんて当時は思わなくて、あいつも警察になったんだなあ、名前、っていうのか。くらいにしか思わなかったんだ。それが、なんで。ここでようやく「もしかしたら追いかけてきているのかも」と思い至ったって遅かった。重たい女だな、なんて知った顔で笑ってやればよかったのに、最初に無反応を貫いたせいかあいつは俺が自分のことを覚えていないと思ったらしい。はじめまして、アバッキオさん。なんていうから、それなら知らないふりをしてやろうと思った。

男所帯なのに無防備なことに、あいつは酒を飲むとその辺で寝落ちすることがおおい。しかも酔うと「暑い暑い」と言いながら服を脱ぐタイプ。最悪な女だ。主にミスタと酒を飲んでは転がって絡まって寝ているところを見るとため息がでる。お前は俺を追いかけて来たんじゃねーのかよ、なんてことはさすがに言えるはずがないし、その感情についている名前なんて知りたくもなかった。だから放置して、けれどその乱れた服装だけはどうしても許しがたくて、整えようとした胸元で光ったそれに心臓がドクンと跳ねた夜のことは今でも覚えている。そんなもの、まだ持ってたのかよ。

それから以前にも増して気になるようになってしまったあいつ、のこと、俺はとっくに好きになっていたのかもしれないな。クリスマスの日、の報告書が出ていないとため息をついて立ち上がったブチャラティに「俺が行く」と言ったのだってそのせいだろう。客観的に見れば間違いなくそうだった。見つけたが夕陽を見つめてあの日と同じような顔をしていたのに妙に胸がざわついたから、ちょっとだけ、せめて忘れてなんかいないってことくらいは教えてやろうかと、そんな悪戯心はの俺への執着心に大きな火をつけてしまったらしい。





「アバッキオ、どのくらいかかりそうですか?」
「10分で終わる。油断するなよ」
「了解です」

今日2人ででた仕事は比較的簡単なものだ。先日ここで取引を行った男の顔を確認すること。念のため護衛として連れてくるのはミスタのはずだったが、急用でブチャラティが連れて行ってしまったためが来た。先輩のことは私が守りますからね、なんて言う笑顔には緊張感が足りないといつも思っていたが、少なくとも実力はまあ認めざるを得ない程度の実績は上げている。

取引シーンの再生が終わり立ち上がると、突然空気がざわりと歪んだ。何もなかった空間に、”何か”がある。それは目に見えないけれど確かに存在を感じるという不思議なもので、どうやら生き物の気配ではないそれが何なのか俺が理解するより前に、正体に気づいたらしいは俺の背後に跳んだ。瞬間、大きな発砲音とはじけ飛んだ血液と金色の破片。意識を失ってゆっくり倒れる自分よりずっと小さな身体に、目の前が真っ暗になるというのはこういうことだろうかと、妙に冷静だった頭の隅っこで考えた。





「すまないアバッキオ、あれは敵の作戦だったらしい」
「作戦?」
「ムーディーブルースの能力が漏れていたらしい。あそこで取引をすればお前が来てその様子を見るだろうという誘導だ。向こうにいた見えない銃を遠隔操作するスタンド使いの攻撃だった」
「…それで、そいつらは」
「今頃は魚の胃の中だろうな」

それならいい。返事はせず、白いベッドで眠るを見つめる。眠ったばかりか?というブチャラティに無言で頷いて返す。見えない何かが銃だと気づいたは、それがアバッキオを狙っていると瞬時に気づき、跳ね返せるほど軌道が読めなかったからという理由で自分から撃たれに行ったらしい。胸の中心にあたった弾丸は本来なら致命傷で命を落としただろうが、幸運にもその弾丸は金色にあたった。遠隔操作ができる分威力は弱かったらしいことも影響したのか、弾丸はお守りと称していつもその胸に納まっていたボタンを砕いて失速して肋骨を砕いたものの、心臓にも肺にも届かなかった。運ばれた病院で目覚めたはその瞬間のことも鮮明に覚えていたのか、「先輩の愛に守られました」なんて馬鹿なことを言って笑って、「でも、壊れちゃいましたね」と、自分の怪我なんかよりそのことで胸が痛いとこぼした。

本当に馬鹿な女だ。ブチャラティとミスタはすぐに敵の情報を洗い出し粛清しに行った。痕跡を探しに現場にいったフーゴとナランチャは、砕け散ったボタンのかけらをできるだけ集めてくれたらしい。接着剤でも元通りにはならないでしょうが、と言って差し出されたかけらをみたは酷く嬉しそうな顔をして、ありがとうね、とそれをベッドサイドのテーブルに置いて眺めていて、その横顔を見ていたら、思ったより自分はのことを気にかけていて、好意を持っていて、それからから自分への想いが見えているよりずっとずっと大きいんじゃないかと、そう思ってしまった。





私はこれでも警察としての成績は優秀で、期待の新人なんて言われていたんです。ギャングだって立派にやってみせますし、発現したスタンドもなかなか便利で、結構できる女だと思うんですよ。ねえ先輩、だから私を彼女に、なんてどうでしょう。

自分の命より、アバッキオの方が大切なのは当然のことだった。この気配は銃だって気づいたのは正直なんでかわからなかったけど、その瞬間、ここでリプレイさせるような取引の存在から何から仕組まれたんじゃないかって一瞬で想像して、そうしたらその銃の照準はアバッキオに向いていると気づくのは簡単だった。さすがにどこが狙われるのかはわからないけど、致命傷を狙うなら上半身だ。とっさにかばうには自分の体を使うしかなくって、もしこれで私が死んだら、先輩がいつだって軽くあしらう私の愛を本物だったって気づいてくれるかもしれないねって思って少し笑った。そうしたら、強い衝撃と一緒に砕け散った金色が目に映って、私の大きな愛って、もしかしたら先輩の愛にくるまれてるんじゃないの?なんて、都合の良い考えが浮かんだんだ。きっと私、死なないな、って思いながら目を閉じた。

砕けたボタンはフーゴとナランチャが集めてくれて、敵はブチャラティとミスタが倒してくれて、アバッキオが検査につきっきりになってくれる入院生活はとっても悪くない。むしろベネ。罪悪感があるのか私のそばをあまり離れない先輩はそれほどしゃべらないけれど、威圧的な雰囲気は随分と引っ込んで柔らかい空気のまま座っていてくれるので私は幸せだった。心臓も肺も無事だったけれど肋骨は折れていたので、私の行動にはちょっとだけ制限がある。時々動きを不自然に止める私に「痛むのか?」って言う先輩の声は心配の1色だったから嬉しくなって、痛いのには強い方だし、なんたって名誉の負傷だし、そこまで気にするほどのことではないというのを伝えるため「大丈夫です。ほら、傷だって全然ないんですよ」ってパジャマの前を開けて見せたら入院して初めてひっぱたかれた。久しぶり、ベネ!なんて喜んだらもう一発来そうだったので我慢したけど。

ちょっとだけお腹がすきましたって言ったら先輩は大きな手でお見舞いのりんごを剥いてくれた。ブチャラティがもってきてくれたりんごは多分彼が食べられないのに街で受け取ってしまったのだろう大きくて立派なりんごだったけど、先輩がもつと手にすっぽり収まる小さなりんごに見えてしまう。うさぎさんにできますか?って聞いたらなんだそりゃって言うのでちょっとだけがっかりしたのに、ほらよ、って差し出されたりんごはうさぎさんだった。先輩、入院してからちょっと、私のこと甘やかしすぎですよ。嬉しさに胸がぎゅーっとなったから、あーんって口をあけて受け取ろうとした。そしたら自分で持てって怒られたので、そうそう、このくらいの厳しさもないとね、私、勘違いしちゃいますから。

入院生活は思ったよりも長くて、それは私を守るためでもあるらしい。直接手をだしてきた敵は殺したけれど、向こうの組織がちょっとばかり大きめだったから、全員仕留めるまではあまり動けない私はパッショーネの息のかかった病院で待機すべきっていうブチャラティの判断だ。この病院は安全だけど、アバッキオがいつもいるのは念のため護衛の意味もあるのかもしれないな。

カレンダーを見ると今日は3月14日で、ホワイトデーという小さな文字が書いてあった。もうそんな時期だったか。1か月前は元気にチョコレートなんか作ってたのにな、暇だな、とベッドの横に座って本を読むアバッキオの顔を見つめた。私の視線にはきっと気づいているけれど、相手する気はないんだろう。文字を追って動く視線はゆっくりだ。意外とじっくり読むタイプなんだろうか。本なんかさらさらっと目を通してパラパラめくってしまいそうなタイプに見えるけど。でも学生だった頃の先輩だなら、確かにゆっくりじっくり読みそうだ。先輩って、どっちの先輩が本当の姿なんだろう。穏やかで優しくて落ち着いていた学生の先輩に惚れたけど、今のギャングで荒っぽい先輩のことも大好きだ。どっちも先輩で、どっちも大好きだから、本当の姿なんて特に興味があるわけではないんだけど。もしかしたらもっと別の顔ももっているのかもしれないな。そういうのも、全部見てみたいな。

穴が開くほど、という表現があるけれど、私はそのくらい先輩の顔を見つめていた。そしたら、本から視線を動かさずに、先輩がぼそりと喋った。

「バレンタインのチョコ、美味かったぜ」
「え…」

本から視線を外さないで、先輩はポケットに手を突っ込んで小さな箱を取り出してベッドに投げた。

「先輩、これ、私にですか?」
「要らなければ捨てちまえ」
「い、要ります要ります、捨てたりなんて、そんな…」

動揺しすぎて、私の声は上ずってそうだ。心拍数が一気に上がって、ちょっとだけ傷が痛んだ。なんて体に悪いんだ。開けていいですかって聞いたら好きにしろってぶっきらぼうに言うので、もしかしたら照れてるのかもしれないって思いながらリボンをほどいて箱を開けた。中に入っていたのは小さな石の付いたハートのネックレス。ハートの枠の中に納まった小さな石は夕焼けみたいな深いオレンジ色をしていて、それは病室の青白い明かりの中でもあの日の景色を見せてくれる。

「先輩…先輩、これ」
「…それじゃボタンの代わりにはなんねーか?」
「なる、なります、代わりどころか」

代わりなんてものじゃない。箱からネックレスを取り出そうとした手が震えていた。あれ、私震えてる。銃で撃たれるって思ったときだって平気だったのに、今はこんなに。

「綺麗…。先輩、つけてくれませんか」

先輩はやっと本から視線を外して私を見た。しおりを挟まないで本を閉じて、無言で私の手からネックレスを受け取る。そのまま上体を起こした私に近づいて、正面から首に手を回した。後ろが見えなくってもいいのかなと思ったけれど、先輩は器用だから見える見えないは関係ないんだろう。顔が近づいて、パジャマ越しに手の体温を感じて、私の髪の毛をかき分けるときに首に触れた手は熱かった。近くにある顔を見ていられなくて視線を落とすと、大きく露出した胸元が目に入る。どちらも目に毒だ。不思議な色の瞳も、私には絶対に似合わない濃い色のルージュも、ギャングになる前からそうだっただろうたくましい胸板も、さらりと髪にかかって揺れる銀色の髪の毛も。

すっと手が離れたら胸元が少しだけ冷たくなったので、その冷たさに手を添える。

「似合いますか?」
「ああ、綺麗だ」
「っ…」

きれい、だなんて。それはきっとこの先輩が選んだネックレスのこと、だろう、と、思わないと私の心臓は持ちそうになかった。はちきれそうに胸が痛むのは本当に傷が痛んでるのもあって表情がゆがみそう。私、怪我人なんですよ。そんなにドキドキさせたら痛いんですよ。

今までせいいっぱいに明るく笑っていたのに、物理的な痛みと内面的な感動で目頭が熱くなった。これ、我慢できないかもしれない。

「私…私、こういうので泣いちゃうようなタイプじゃないんですけど…」

ネックレスをつけるときよりは距離が開いているけど、先輩はベッドに片手をついたままだ。感情の読めない目で私の目をまっすぐに見ている。

「先輩、わたし、せんぱいのこと…、アバッキオのこと、だいすきなんですよ。ほんとうに」
「ああ、それはよくわかった」
「ぜんっぜん、わかってません。そのよくわかったっていうのの、数十倍は大好きなんです」
「…そうか」
「そうですよ…」

我慢できずにあふれた涙が先輩の手に落ちて跳ねた。きっと今、ぐしゃぐしゃに涙をこらえようとした不細工な顔してるんだろうな。こんな顔先輩に見られたくない、けれど、真っ直ぐに見つめられて視線を外せなかった。

「ありがとうな。…怪我させちまって、悪かった」

そういうと、ベッドから起き上がっていた上半身だけを抱き寄せて頭を撫でられた。こらえようとしていた気持ちが全部ふっとんで、ぼろぼろにあふれ出した涙がアバッキオの肩を濡らす。

私が先輩のこと大好きっていった言葉に、もう返事なんていらなかった。先輩が私のこと彼女にしてくれるかどうかも今はどうだっていい。夕陽の中で第二ボタンをあげたことを覚えていてくれて、夕陽を見るたびにそれを思い出しくれて、チームの後輩として面倒を見てくれて、怪我をして入院すれば毎日お見舞いに来てくれて、こうしてバレンタインのお返しだってくれて、それから抱きしめてくれる。私って先輩にとって、少なくともそのくらいの存在だ。だから今はただ、余計なことは言わないで、その体温と大きな手に溺れていたかった。

先輩の心臓の音、強くて速い。…ねえ、どうしてですか?



ちっちゃなハートのプレゼント


、調子はどうだ?…っと、今は入らないほうが良さそうだな)