ギャングだって表向きの仕事を持っていたり、家庭を持っていたりすることも多くある。自分の身分を偽るための表の顔っていうのは実は結構大切で、それは暗殺者である俺たちにも言える。しかしやっぱり、人の命を奪うことで生きているチームの奴らはそれなりに思うところがあるのか、恋人は作ってもその関係を長く続けたり結婚したり子どもをつくったりしている奴らはいないみたいだった。血で汚れた手で守れるものなんてないと思っているのかもしれないな。

例に漏れず俺の手だって何十人、何百人の命を奪って汚れている。リゾットやメローネやギアッチョみたいに距離を置いて殺すことはできないから、基本的には銃やナイフかスタンドで、近距離で直接手を下す俺のやりかたは他の奴らよりも返り血を浴びることだってずっと多い。血で固まった長い髪をお湯で溶かす時に赤く染まるお湯何度見たかわからない。

そんな汚れた手を優しく握って、返り血を浴びていたって柔らかく笑って、ターゲットを罵り脅し尽くしたあとでも穏やかに名前を呼んでくれる、そんな存在がどれだけ心の支えになっているかわからない。きっと彼女がいないとイルーゾォは明日にも自分の足では立てなくなってしまうし、鏡の世界に閉じこもってギャングなんかやめてしまうかもしれなかった。

ときどき女を使って仕事をする彼女を見送るけれど、あれは慣れない。最後までしたことはないというけれど、ギリギリまでいったことはあるはずだった。デートやキスくらいなら、きっと何度も。できるかぎりそういう仕事には鏡越しについて行ってはいたけれどそれも限界で、リゾットに散々抗議したこともある。そのたびに「そこまで気になるならいっそ結婚でもして縛ってしまえばいいのに」というのはメローネだったけれど、こんな汚れた手での人生を全部守るからなんて言えるはずもなく歯噛みするしかなかった。

自分が実は気の弱い方だというのは十分に分かっている。が抱き着いてくるたびに胸元にそっと耳を当てるのが、それだけでどんどん速くなる心臓の音を聞いているのだというのはわかっていたし、ただ一言好きだというのも、そっと小さくキスをするのも、どうしても緊張し汗をかいてしまうのだってわかっている。その全部をはちゃんと気づいていて、そういうのを全部ひっくるめて「イルーゾォはかわいいね。大好き」といって笑うから、可愛いのはの方だって思うけど、それをしっかり伝えるにはあまりにも自分は気が弱かった。けれど、それも今日でおしまいだ。





良いところに連れて行ってやるよ、と言って、興味深そうに首をかしげたを手鏡に入れた。ときどき「どこに行くの?」と声が聞こえるが、いいところ、とだけ答えてバイクを走らせた。本当は後ろに乗せてやっても良かったんだけど、その先で自分が精いっぱいに気を強く持つために、そんなどきどきしてしまうことはできなかった。

を許可する」
「わっ!…と、セーフ。慣れっこだもんね」

声もかけずに鏡からだしても、は少しよたっとしただけで姿勢を持ち直した。メンバーの中で最も鏡の世界に入り慣れているらしい。あわよくば支えてやりたかったがまったく必要なくって、がっかりするやら安心するやら、だ。

「…ここ、協会?」
「ああ。この前見つけたんだ」

たどり着いた場所は古い廃屋になった協会だった。ステンドグラスはところどころ割れて抜け落ちているけどまだ全体像は見て取れてとてもうつくしい。その真ん中の天井はすっかり抜け落ちていて、満天の星空がみえる。

「すごい、綺麗…。でもなんで突然?」
「さあ…なんでだろうな」

なんでだろうじゃない、言うんだ。弱気な自分が顔を出すのを必死に押し込める。今日の俺は違うんだ、に翻弄される俺じゃなく、その命を、人生を全部俺に預けろって、そう伝えるんだ。緊張で頭の中がひんやりしてくるのを感じて苦笑した。暗殺者が、こんなことで緊張しているなんて。

「…なあ。明日とか、来年とか、5年、10年、50年先、俺たちは何をしていると思う?」
「ええ?そんなこと想像できないよ。明日はきっと生きてるだろうけど、来年はもうわからないよね。50年先もずっとイルーゾォとこうしていられたらいいなあとは思うけど…」

こてん、と頭を肩に預けてくるからふわりと良いにおいがした。そのセリフの甘さと合わせて、脳がいっそうにくらくらする。

「俺も同じだ。一生必ずそばで守ってやるとは約束できないし、長生きしてずっとそばにいるなんて約束も…できない。けど、生きてる間ぜんぶの時間でのこと愛するって誓える」
「…イルーゾォ?」

どうしちゃったの、変なイルーゾォ。って、低い位置から見上げてくるは楽しそうだ。こういう顔をするときは、だいたい続けてこういうんだ。

「イルーゾォは可愛いね」

ほら。俺の緊張やどきどきをからかうような響きで愛しさだけを込めて言うそれが嫌なわけではないけれど、俺だって男なんだ。可愛いよりは、もっと別の評価が欲しいことだってある。

俺だけにくれたバレンタインに、何を返したらいいかずっと考えていた。は何も欲しがらない。もらうものはすべて「ありがとう」と笑顔で受け取るくせに、それは自室のクローゼットに無造作に放り込まれ取り出されたことがない。きっとそれらと一緒になってしまうものを送るより、もっと何か別の物を渡したかった。ずっと考えていたから、ふと見かけたここで急にひらめいたんだ。月と星の明かりがカラフルなガラスに反射して、何かに例える言葉なんか思いつかないくらいにただ綺麗だと思った。こんなきれいな光を浴びるが見られたら、なんてらしくもないことを考えて、けれどそれは確かに自分の欲しいものでもあって、それからにあげたいものでもあった。

こんな、暗殺なんてことを仕事にしている自分たちには縁がないことだと思っていたけれど。

「なあ、…結婚、しようか」

緊張して喉はからからに乾いていたんだけど、口を開けばそれはするりと出てきた。あっけにとられた顔のはいつもの余裕たっぷりな笑顔を完全に崩していて、それから俺がそっと手を取るのにも抵抗せず薬指に通された夜空みたいな暗い光を放つ指輪を受け入れる。手が震えてる。自分に笑ってやりたかったけど、意外にもその震えはのものだった。それに気づけば驚くのは俺の番だ。あのが。いつだって余裕ぶって俺のことをからかってばかりのが。

「……私ね、イルーゾォのこと大好きで、本当はいつだって私もドキドキしてるんだよ。だから精一杯の余裕を見せたくって、イルーゾォはかわいいねって言ってる…のに…そんなにかっこいいのは、ずるいよ…」

精一杯に笑おうとしたらしいその笑顔は泣きそうに歪んで、あわてたようにうつむいたからついその両頬を押さえてしまった。抑えた頬はあつくてあかいし、泳いだ視線はイルーゾォの横を通って星空に流れている。いつも自分が緊張するばかりだと思っていたけれど、全然そんなことはないんじゃないか。そう思ったら早鐘をうっていた心臓が少しだけ落ち着いて、仕事をするときみたいなちょっと強気な自分が顔をだした。なんだ、意外とやればできるんじゃないか。

「返事は?」
「……はい」

見開いていた目が一瞬でうるんで滴が浮かぶ、そんなの気にしないみたいに目を細めたから、収まらなくなったそれはぬぐう暇もなくぼろりとこぼれた。そんな幸せそうな顔をされると、愛しい気持ちがあふれてとまらなくなる。水面の向こうに揺れる瞳には自分の顔と、それからその向こうには星が瞬いている。

「イルーゾォ、ありがとう。私、……しあわ、せ…」

我慢が聞かなくなったのか本格的に泣き始めたの頬から手を離して抱きしめたら、自分よりずっと速いリズムが伝わってくる。確かにこれは。

、可愛いな」
「やめ…それ、私のまねでしょう」
「今気持ちが分かった」
「もう…、やめて、好き、大好き、嬉しくて泣いちゃうから、もうやめて、好き」

胸元で聞こえる声はひたすらに余裕をなくしているから、星空よりもっと大きな幸せを抱きしめているみたいだった。

星空ウェディングヴェール


私たちの頭上で光る星は、まるで祝福してくれるように瞬いた。