あいつの手はいつだって俺の手を溶かしてしまうくらいに熱いから嫌いだ。というのは照れ隠しの嘘で、ホワイトアルバムでは砕けない熱い小さな手が俺は好きだった。子どもみたいに小さい手は白くて柔らかくてあっつくて、その手で触れられた部分は一瞬で溶けてなくなりそうに熱くなるし、血液まで沸騰したんじゃないかってくらいに心臓の動きを速くする。こんなこっ恥ずかしいこと誰にも言えるわけがないからそれは俺の心の中にしまっておく秘密だけど、そういう秘密は数えきれないくらいにある。つまり、数えきれないくらいに、あいつの好きなところはたくさんあるということだ。

生まれつきこんなスタンドがあったせいで早々に表社会からリタイアしてギャングになり、人を殺して生活する自分がまさか誰かと恋に落ちるなんて夢にも思わなかったことなので、今でも朝目が覚めると実は全部が都合の良い夢だったんじゃないかと思うことがある。そういう時腕の中に火傷しそうなくらい熱い身体が収まっていると、どうしようもなく安心するのだ。自分ほどじゃないけれど、それでも一般的に見れば十分なくせっ毛はふわふわと顔をくすぐるけれど、それだって心地良い。

すべての生き物の生命活動を止める低温を操る自分の性格が、スタンドとは似ても似つかないほどにすぐかっとなる熱いものだという自覚はある。そのどちらとも正反対の女は、低温の世界で自分以外に唯一呼吸をする生き物であるし、熱い性格を冷静な性格で覆ってこんなに温いものにしてしまう。まったく自分らしくない。自分らしさなんてもの、考えるだけ無駄だというくらいにあいつは俺からそれまでの自分をはぎ取ってしまった。

だから、今こんなに”らしくない”ことをしているのはあいつのせいだし、そのらしくないことのせいでここ最近で最もイライラしている熱が全然冷めないのもあいつのせいだ。

「なんだって俺がこんな……、クソッ」

記念日とかイベントごととかそんなものは幼いころから縁がなかった。なのにあいつと出会ってからはそんなどうでもよかった日が気になって仕方がなくなってしまったのだ。先月の14日、お菓子なんかに嫉妬して馬鹿なことを言った俺のために作ってくれたフォンダンショコラはとても美味しかった。冷蔵庫で冷やされたそれはしっとりと濃厚なブラウニーのようで、温めればサクサクした生地からとろりとチョコレートが零れる。
こんなにおいしいものがあるのかと感動するほどだったけど、それはあいつが俺のために作ったものを一緒に食べたからそう思っただけかもしれないというのは後からリストランテでフォンダンショコラを食べたときに気づいた。

そのお返しに、今月の14日にはホワイトデーには何かとっておきのものをあげたかった。本当に、本当に、何度も繰り返し考えてしまうほどらしくない。こんな感情まったく自分には似合わない。けれど愛しくてたまらないのために、こうやって朝から募るイライラを無理やりに抑え込みながら作ったそれはしかしイライラのあまり漏れ出した冷気にはかなわなかったらしい。

「こりゃあどう見ても…」

失敗。間違いなく。チョコレートを刻んで溶かして、生クリームを混ぜて、極度の甘党のにあわせて砂糖もいっぱい。しかしそんなこまごまとした作業は性に合わなかったのか、少しずつイライラし始めたときに現れたレシピの文言「適量」についブチッときてしまった。手元のものをぶちまけるのはギリギリのところで踏みとどまったが、さっきまで鍋の中で溶けていたチョコレートはすっかりガチガチになってしまった。こういうときどうすべきか。思いついたのは、それはもうイライラするものでしかなかったけれど、に頼れない以上ギアッチョが助けを求められるのは1人だけだった。

「…それで、俺を呼んだの?かわいいねギアッチョ」
「うるせえブチ割ンぞ。それより早くなんとかしろ」
「それが人に物を頼む態度か?まあいいけどね。のためなら」

どれどれ、とキッチンにきたメローネはいつもの恰好で、「うわ寒ッ」と震えていた。ホワイトアルバムは解除したけど、暖房のないこの家は外と同じ気温まで冷えてしまったらそう簡単には戻らない。

「あーうん、別に平気じゃない?このまま混ぜてシャーベットにでもしなよ」
「シャーベット…?」
「うん、材料的には同じだしさ」

メローネのアドバイスに素直に従うのは癪だったが、ヘルプを頼んだのは自分だしその案は良いものに思えたので従うことにした。その様子をにやにやしながら見つめてくるのが不快だったが、これ以上イライラを募らせるのはやめたいので深呼吸をして心を落ち着ける。

「あんたさ、変わったよな」
「あ?」
「冷静になったっていうか、落ち着いたって言うか。うちに来た時は酷かっただろ、すぐキレてあちこち凍らせるし怒鳴り散らすし」
「…今だってたいしてかわんねーだろ」
「全然違うね。さすがに自分でも気づいてるだろ?の冷静さにあてられたのかね」

逆には元気になったよな、というメローネが言いたいことはもうわかっている。お互いに影響されあっていることなんて、自分たちが1番良くわかっていることだ。

だってさ、うちにきたときは完全に無表情で感情なんてない人形みたいだったじゃないか」
「そうだったな」
「感情なし、仲間も敵も変わらず仕事のためなら何だってして何だって切り捨てる、命令には絶対服従、ロボットみたいだったが今ではギアッチョにべったりデレデレするんだから人間ってすごいよな」
「メローネ、うるせえぞ」

ぺらぺらと話すメローネは随分と機嫌が良いらしくへらへらと笑っている。

「…まあ、いつもいつも茶化す俺が言っても真実味ないんだろうけど、俺はあんたたちがくっついてよかったと思ってるよ」
「どうだかな」
「能力的にも対でちょうどいいし、性格だってそうだ。まあ、自分たちの変化には君たちが一番良く気づいてるだろ」

それきりメローネは黙って、リビングのイスに逆向きに座って俺の作業を見ていた。クソムカつくことに、失敗しそうになるとすぐに指摘してくるそれに随分と助けられて出来上がったシャーベットはまあまあ上出来な気がする。

「…メローネ」
「なんだい?」
「………………グラッツェ」
「………………わお。珍しいこともあるもんだ」

のおかげだねえ。さっきと同じことを繰り返したメローネはそれ以上茶化すことはなく、カレンダーを見て「もう明日か」と言った。

「定期報告だと順調そうだし、もう今日には帰路につけるんだろ」
「そう聞いてる。がヘマするわけねーしな」

長期の仕事にでていたは明日帰ってくる。それがちょうど14日なんだから、先月といいタイミングをはかったみたいだ。できるだけイベントごとを重視している2人のためにリゾットとプロシュートが調整している…というのは、本人たちだけが知らないことだった。

本当に、可愛い後輩たちだな。とメローネは内心で納得して、じゃあ俺はこれで、と帰って行った。2人の大切な日を邪魔するほど野暮じゃない…わけではないけれど、クリスマスにはちょっとしたいたずら心をだしたせいでひどい目にあったから。主にプロシュートからのお叱りが。


*


「ただいまギアッチョ!」

バタン!と大きな音をたてて玄関を開け放ったは、ソファでくつろいでいたギアッチョに乗り上げて抱き着いた。外の冷えた空気のにおいをいっぱいにすいこんだコートのにおいが鼻につく。その奥でほんの少しだけする血の匂いと一緒に。

「おかえり。…お前、怪我したか?」
「え?あ、ううん、返り血なんだけど、着替えがなくって」

ギアッチョの膝の上でコートを脱いだが「ほらこれ」と指をさすより早く視界に入った黒い染みの範囲は広かった。本当かよ、と呟きながら服を捲りあげると、まったくそんなこと思っていないような声色で「ギアッチョのえっち」なんて言うから、今更腹を見せたくらいで何なんだと白くて柔らかい素肌に手を滑らせて腰を抱き寄せる。

「ふふ、くすぐったい。…先にシャワー浴びさせて?」
「馬鹿、疲れてるやつ相手にンなことしねえよ」
「ん、しってた」

俺が支えているから動かない腰を支点に腰を反らしたは少し眠たそうに笑った。帰ってくるのが待ち遠しくてたまらなかったなんて言ったら笑うだろうか。無事に帰ってくると信じてはいても心配はしてしまうもので、そんな感情が全部溶けだして消えていく。

「おら、眠そうな顔してねーで早くシャワー浴びて来い」
「え?」
「ちげーよ、…今日は14日だろ。その……」

お返し、と言おうとした唇が少し雑に塞がれて、驚いて見開いた目で見たのは眠気なんてふっとんだみたいなの笑顔だ。

「ありがとう、うれしい。5分で出てくるからね!」
「カラスか。ゆっくりして来い」

うん、と服を脱ぎながら駆け出していくの背中を見送って冷凍庫を開ける。盛り付けて出しておいても、ギアッチョの手にかかればそれは口に入れる瞬間までほんの少しも溶けないでお皿の上で冷たさを保つことができる。

がシャワーを出てきたら真っ先に目に入るように。が帰ってきた瞬間暖かくなった部屋を冷やさないように。早く出てこないかなと思いながら食卓テーブルに肘をついているなんて、本当にまったく俺らしくないけれど、それはまったく不愉快じゃあなかった。


カチコチチョコレートシャーベット