「私、あなたとは、仲良くできない…」

聞いたことのない低い声はのものだった。どこからでてきてのかというどす黒い感情をまとった声は空中に消えて、がそんなことを言うなんて、と全員の視線を集めた。

新しいメンバーが加入した。リゾットが連れてきて、全員とあいさつをして、メンバーと2,3人ずつで組んで何度か任務に出した。そこまでは普通だったのだ。ただ、プロシュートと2人で組んで出かけた任務で、なぜか2人はとても仲良くなって帰ってきた。

ペッシはプロシュートを「兄貴」なんてよぶし、プロシュートは優しい目で「おいおいマンモーニがよォ」とか言いながら世話を焼いている。簡単に言えばやきもちである。なんで、なんであんなに仲良くなってるの、兄貴ってなに、なんでパードレあんなにやさしい目をしてるの、何なの!?とほとんど叫び声をあげながら胸倉をつかまれ揺さぶられているメローネはこらえきれないというようにゲラゲラ笑っている。接触している部分がバチバチと電気の音を立てる。感情が高ぶると勝手に帯電する厄介なスタンドの能力だ。

「あ、あ、あなた、なれなれしいんじゃない!?何よ兄貴って!」

メローネを手放してソファに突き飛ばすと、ダイニングのイスに座ったペッシに詰め寄る。え、あ、としどろもどろになるペッシは、バリバリと電気を帯びながら近づいてくるにおびえているようだった。

「プロシュート兄貴ってかっこよくって…兄貴って感じが」
「わかる!かっこいいのはわかる…!!世界一よね!けど、」
「おいやめとけ」

コーヒーを入れて戻ってきたプロシュートがのお腹に手を回しペッシから距離を取らせた。プロシュートが振れた部分だけ電気が静かに音をなくす。絶対に傷つけないという気持ちは無意識の帯電まで制御するらしい。

「なんでかばうの…」
「おめーのは言いがかりだろうがよォ」
「なんでペッシの味方をするの!」
「俺は正しいほうの味方だ」

うぐ、と唇をかむ。血の味がした。珍しいな、とリゾットは考える。

はアジトに連れてこられてからほとんどわがままをいわない。聞き分けの良い子どもだった。わがままらしいわがままと言えば最初のころの「パッショーネに入りたい」くらいで、それ以外は実に良い子で生きてきたはずだ。

「プロシュート…私よりペッシが好きなの」
「本気で聞いてんのか?」
「…私の方が好きなのはしってる…」

血のにじんだ唇をプロシュートの親指がなぞる。ルージュのように広がった赤は白い肌によく映える。あどけない顔の少女はもう15歳になっていた。いつまでも手元でかわいがりたい親心と、いつまでも風呂もベッドも同じでいて良い歳ではないという現実を見る気持ち。そこにちょうど良くきた、まだ若く手のかかる青年はへの対応に葛藤するプロシュートにとって良い逃げ道だった。
他に手のかかる奴がいるからなあ、との手を離す機会になると思ったのだ。けれどまさか、たった1日でこれほどまでに動揺するとは。

「知ってるけど、私以外に優しくしちゃいや…」

そんなことを言いながら涙を浮かべるほどとは、思っていなかった。少しだけ焦る。どうしようか対応を考えていると、わがままいってごめんなさいとリビングを飛び出して行ってしまった。

「やりすぎじゃないのか」
「お、おれ、兄貴って呼ぶのやめたほうが」
「いや、いい」

リゾットの言うことはもっともだ。実の親に愛されないで、暗闇に閉じ込められて育った5年間を上書きしようとしてきた10年だった。2倍の時間をかけても、の心の底の暗闇をすべて拭い去ることなんかできないのだ。

「あーあ、がかわいそ」

やれやれ、といった動作でメローネがリビングをでていった。何か落ち込んだ時、プロシュートが頼れない場合にがいくのはメローネのところだ。金髪だからじゃない?といったのはメローネだったが真のところはわからない。まかせるのは癪だけれど、今はまかせるしかなかった。





「泣くなよ
「泣いてない」

メローネが部屋に戻ると、勝手に鍵をこじあけたがベッドの隅でひざを抱えてうずくまっていた。声をかけるとあがった視線は滲んでいなくて、意外にも涙はこらえたらしい。

「プロシュートが何考えてるかくらいわかるもん」
「わかってるのにつっかかるのかよ」
「自分勝手すぎるのよ」

私のためだって言うんでしょ、と膨れた頬はやわらかそうだ。以前やわらかそうだなと思ってつついたら、そのまま勢いよく指をかじられて血がでたんだったな、とどうでもいいことを思いだす。あれは正直興奮した。

「わかりやすいのよ。どうせ、私はもう15歳なんだからそろそろ親離れすべき、とかそんなこと考えてるんだわ。甘ったれの若いのが来たから、そっちを気にかけて自然と私の手を離そうとしてるのよ。わかりやすすぎるわ」

プロシュートが言っていたこととまったく同じだ。本当に理解してるんだなあと、信頼で結ばれた2人の関係がうらやましくなる。

「私だって、手を離すべきだと思ったら手を離すよ。でもそれはさ、今じゃあないでしょう」

そんな勝手に手を離さないでほしい。ぐ、と唇をかむから、さっき切れた傷が開く。浮かび上がった血をなぞればそれは真紅のルージュのように白い肌に生えて、リビングでみたプロシュートと同じことをしているなと自嘲した。

「キスするかい?」
「は?」

きゅうと眉間にしわが寄った。しかし距離を詰めたメローネを押しのけるでもなく逃げるでもなく、はメローネの目を見つめている。そっとのびた細い腕が、メローネの長いほうの髪を後ろに引っ張った。これじゃあ、正面からみたらプロシュートみたいに後ろで髪をまとめているように見えるな。…そういうこと。

そっとふれるだけのキスは拒まれなかった。自分の唇をなめると、乾いていなかった血の味がする。少しだけ離れて、それから赤く塗れた唇をなめた。ビクリと震える肩を押さえつける。静かな部屋に吐息が漏れて、つかまれていた髪の毛を後ろにぐいと惹かれた。

「やりすぎ」
「ごめんごめん。…興奮した?」
「別に」
「プロシュートとするみたいだったろ」

手が離れたことによって落ちてきていた髪の毛を自分でぎゅっと後ろに流す。とたんに目が見開かれて、それからゆるゆるとうつむいた。

「ごめん」
「いいよ」

結局のところ、はプロシュートが好きなのだ。父親としてではなく、恋愛感情で。プロシュートからは絶対に返されないそれを求めて、俺の金髪を通してプロシュートを見ている。そんな女を好きになってしまったのはなんて不幸なんだろう。

「ねえ、俺、プロシュートの代わりでもいいよ。どう、大人になってみる?」

するりと服の裾から手に入れて、滑らかな肌についたいくつかの傷跡をなぞる。抵抗もしなければ肯定もしない態度に付け入るのは卑怯だろうか。出会ったころにはなかったやわらかい部分まで手をあげると、服の上からそっと手を押さえられた。

「傷つくのは、メローネなんじゃないの」

怒ってもいない、悲しんでもいない、表情と声色ににじむのはただ困っているという感情だ。人の感情を察するのが天才的にうますぎる相手だと、自分が丸裸にされるようで居心地が悪い。
そうだね、このまま続けたら、きっとあとからつらくなるのは俺の方だ。

「…冗談だよ。、そろそろ戻ったら?たぶん部屋で心配してるよ」

両手を離してから距離を置く。そろそろとベッドから降りたは、振り返らずに「ありがとね」と言って部屋を出て行った。まったく、嫌な役回りだ。






部屋に戻ると、ベッドの上には上半身裸のまま壁を向いて横たわっているプロシュートがいた。たぶん眠っていない。怒っている感じもなかったので、ただいまも言わず無言でその背中にはりついてみた。反応はない。

「眠ってる?」

静かな呼吸が聞こえる。

「怒ってるの?」

心臓のリズムは変わらない。きっと起きているんだろうなと思うけれど、寝ていることにして話してみようか。

「独り言だから、聞かないでね」

返事のない背中に額をつけてみた。

「プロシュート、パードレは、私はもう15歳だし、そろそろパードレにべったりなのをやめて、普通の15歳らしく自立してほしい…って、思ってるんだと思うの。でもね、私、まだパードレの娘でいたいよ」

「それを許してもらえないんだとしても、自立しろっていうなら、ちゃんと言葉でそう言ってほしい。ペッシを利用するみたいにして、見せつけるみたいに、逃げるみたいに私から離れていくのは、ずるいよ」

少しだけ心臓が速くなる。やっぱり聞いてるんじゃない。図星をつかれて、少しは驚いてくれただろうか。プロシュートが思うより、私はずっと大人なんだよ。

「わたしね、……プロシュートのことが、す」

何が起こったのかわからなかった。横たわった背中に振れていたはずが、気づいたら組み敷かれる体制に変わった。唇に人差し指があてられる。

「言うな」
「…うん」

そっと降ってきた唇は頬に触れた。

「悪かったな」
「なんで謝るの」
「やり方が、…ガキ過ぎた」

ガシガシと頭をかく。いつもきっちりとまとめられている髪の毛は今はおろされていて、頼りになる大きな手で乱暴に乱された。

「まだまだ甘やかしてェって思っちまうんだよなァ」
「そうしてくれていいのに、パードレ」
「もう15歳だろ」
「まだ15歳だもん」





memo

リゾット27歳
プロシュート27歳
15歳
ソルベ26歳
ジェラート26歳
ホルマジオ25歳
イルーゾォ25歳
メローネ23歳
ギアッチョ22歳
ペッシ20歳