「ただいま!パードレ!!」

アジトについて扉を開くと、目の前にプロシュートが立っていた。丸1日離れていたので、全力で飛びついた。まったくぶれずにを抱き留めると、細い髪をぐしゃぐしゃになでまわす。

「怪我してねーか?」
「大丈夫!パードレ、ねえ、私やっと…」

開いた手のひらにあるのはパッショーネのバッジだ。続ける言葉がでてこない。言いたいことはたくさんあるのに、感情だけが高ぶって声にならなかった。代わりに、首筋に額を押し付ける。世界で一番安心するにおいがした。しばらくそうして抱き合っていると、プロシュートの後ろとの後ろの両方から遠慮がちな声がかかった。

「感動の再開をしているところ悪いが、そろそろいいだろうか」
「俺たちのこと忘れられたら困るんだけど…」

リゾットとメローネだ。ああ、ごめん、と降りようとするを抱きかかえたままプロシュートが離さないので、とりあえず入って、と促す。

リビングには全員がそろっていた。良いにおいがすると思ったらごちそうがたくさんある。が当然無事に帰ってくると思っていたメンバーは、みんなで休みにしてお祝いの準備をしていたらしい。なんて幸せなんだろう。

の正式な暗殺チームの所属がきまった。それと、新人が2人」
「一緒に試験受けたんだよ。金髪がメローネ21歳、水色がギアッチョ20歳」

なんとも雑な紹介だったが、メローネは「よろしくね」とサラサラの金髪を揺らした。ギアッチョは無言だ。

「この2人にはもういろいろ聞いたけど、大丈夫だったよ」
「そうか、ならいい」

いつもの電気のやつを求めるようなリゾットの視線にOKを返すと、心なしか警戒が解けた。私がウソをついている可能性を全く考慮していないんだな。信頼されていることがくすぐったい。

「自己紹介は食事をしながら、でいいか?今日はうちの姫のお祝いでな」
「姫!それ私のこと?」
「他にいねーだろ」
「あはは、パードレくすぐったい」

抱き上げられたままのの首筋にキスをする。完全に犯罪にしか見えないが、本人たちが楽しそうなのでいいやとメローネは投げ出した。あれがの話していた”パードレ”か。父親にしては若いから血縁ではないんだろうなと想像する。





メローネは、こんなに和やかな食卓は久しぶりだな、と思った。温かい食事も。路地裏で暴行されるギアッチョを見て、最初は見捨てようと思った。しかし殴られても蹴られても血を吐いても年上のギャングをにらみつける彼の目は濁らず鋭いままで、気づいたら加勢してしまっていた。

ボコボコに殴った彼らからの報復を避けるには命をもらうしかない。手近にあったビール瓶をたたき割り、鋭くなった部分を顔面にたたき落とす。やっちゃったな、これでもう表を歩けない人間になった。振り返ったギアッチョは傷だらけの体で俺にもたれかかり、なんだよお前、と悪態をついて、聞こえないくらいの本当に小さな声で「助かった」と言った。

一般人を巻き込んだ行動はよくないらしい。ギャングにも掟と言うものがある。意外にもすぐに追ってがきてつかまってしまい、何をされるかと思えば病院に送られた。文字通り、病院に。一通りの治療をされて、すっかり元気になったころ、さて、「義理は尽くした。こちらの世界に触れた者をかえすことはできない。忠誠か、死か?」というわけだ。やり方がきたない。ギャングだからか。

口汚く周りと話しているギアッチョはいつもより随分と楽しそうだ。良かったな。路地裏で目があった人全員を殺すという顔をしていたギアッチョを知っているので、アジトにきて人に囲まれた瞬間表情が和らいだのに少しだけ驚いた。彼もちゃんと人間のようだ。



「メローネ、たべてる?」

取り皿にとったパスタをくるくるともてあそんでいると、に声を掛けられた。はっとする。にぎやかさに1枚布をかけた遠くにいるみたいに、ぼんやりと意識を手放すところだった。

「ああ、食べてる食べてる。おいしいなこれ」
「うちの人たちはみんなごはんつくるの上手なの。当番制だから、メローネもそのうちね」

ああ、と返事をすると、満足げに俺から意識をそらした。





後片付けを名乗り出たは、大量の食器を洗っていた。隣ではプロシュートが濡れた皿を拭いて積み上げていく。

「パードレ」
「なんだ?」
「あのさあ…、名前で呼んでも、いい?」

重ねた皿が音を立てた。

「どうした急に」
「ダメかなあ」
「ダメってことはねーけど」

唐突だな。一瞬止まった手を動かし始める。

「私ね、5歳のときに拾ってもらって、今までずっとパードレにべったりで、守られて生きてきたでしょう」

顔を見上げたら目があった。返事はない。

「パッショーネのメンバーになれて、正式にチームの仲間になれて、私は、パードレと対等に、隣に並びたい。今までみたいな守られるだけの子どもじゃなくて、支え合える仲間になりたい」

水道の水に流される泡が消える。視線は手元にあって、プロシュートがどんな表情をしているのか読み取れなかった。

「いいんじゃねーの」
「え、あ」
「どう呼ばれようと、俺はもともとお前のことをちゃんと仲間だと思っているし、今まで守ってやっていたつもりもあるが、助けられたこともあった。これからも変わらねーよ」
「…そう?」
「ああ」

そうかあ、と漏れた声は自分でも驚くほど穏やかだった。プロシュート。なんだ。呼んでみただけ。気持ちがあたたかかくなる。

「でも、たまにはパードレって呼んでもいい?」

無言で頭を撫でられるのは肯定だ。

「甘えんぼは卒業か?風呂もベッドももう1人でいいかもなァ」
「え、やだ、それはまだダメ!」

まだまだ手のかかる娘じゃねーかと笑う声が、さっきまでの真剣な空気をとりさってしまった。もう、と頬を膨らませると、これから頼りにしてるぜとつつかれる。それだけでうれしくなってしまって、がんばるね。と返事をした。



「リーダー、とプロシュートっていつもああなの?」
「…すまないな。あの2人は8年前からずっとああなんだ」
「そう…」

鬱陶しいな、というよりはもう生ぬるい視線だ。リビングには全員がそろっていて、カウンターキッチンの2人の会話と雰囲気はすべて聞こえて丸見えだった。完全に2人の世界だ。

「なんていうか…個性的なチームだね」

数年後、最もクセのあるキャラに成長する人物のセリフとは思えなかった。