13歳の誕生日にに与えられたものは、パッショーネの加入試験だった。誕生日プレゼントとしてギャングスターになる権利を与えられ大喜びの少女は、とびきりのおしゃれをして1人アジトを飛び出した。
プロシュートに拾われてから8年、最近では週1のペースで仕事を行うようになり、1人で出かけることも増えていた。パッショーネの暗殺チームに電気使いがいるなどというぼんやりした噂はたった端から消してはいたが、そろそろ通用しなくなりつつある。「まだ早い」というのも通用しなくなってきたなと感じたプロシュートがついに折れた形で、組織への紹介を行ったのだった。
「プロシュートから紹介されてきました、です」
指定された家の指定された扉の前で名乗る。その建物の周辺には人はいない。中には男が3人いる。配置からして、1人は組織の者。奥の方で腰掛けている。随分と体の大きな人だ。もう2人は私と同じ立場か、補佐の部下かのどちらかだろう。入口の近くに並んで立っている。入れ、と声が聞こえたので、失礼します、とできるだけ丁寧に扉を開けた。
部屋にいたのは若い男が2人と、ベッドか家具のように大きな体をした男だった。ポルポと名乗った大男は、1つのライターに火をつける。
「3人、そろったね。パッショーネの入団試験はいたってシンプル。これから24時間、君たち3人には行動を共にしてもらう。その火を24時間消さないで守り抜いて、明日のこの時間に戻ってくること」
差し出されたライターを、私よりポルポに近い位置にいる男2人は受け取らなかった。警戒しているのかもしれない。触った瞬間に何かが発動するとか、そういうものを。この2人は後ろに私がいることには気づいているはずだが、私が部屋に入ってから1度も振り向かない。
どうしようかな、と思い、万が一何かあっても自分なら切り抜けられるだろうという自信から1歩踏み出した。ライターを受け取ると、火がゆらりと揺れる。
「、君はリゾットのチームの子だね?」
「はい」
「話は聞いている。今までも仕事にかかわっていたと聞いているし、良い結果になると思っているよ。合格したら、そのままそこのチームにいれてあげよう」
「ありがとうございます。必ずこのまま持ち帰ります」
それ以上会話はなかったので、部屋を出ようと振り返る。左右で非対称な金髪の男は目元をマスクで覆っていて、美人だった。でも、パードレには負けるな。なんてったってパードレは世界一かっこいい。もう1人は水色のくるくる頭の人で、眉間にしわを寄せて不機嫌そうだ。
「では、また明日」
部屋から出て振り返る。3人で行動を共に、って言ってたけど、出てこないんだろうか。1人で行っちゃうけどいいのかな。プロシュートは今日はたぶん帰ってこられないだろうとホテルを取って部屋番号を教えてくれていた。試験の内容を知っていたんだろうな。そのホテルに行って、明日までのんびりこの火を見守っていればいいなら簡単な話だ。
建物の外で少し待っていると、カチと音がして2人が出てきた。
「私、ホテルとってるからそこに帰ろうと思ってるけど、どうする?」
「どうするって、一緒に行動しろって言われたからなあ」
へなりと表情が崩れた。金髪の無表情は両手で頬を押さえて、「真顔って疲れる〜〜」と笑顔を作った。笑った顔は少し可愛い。水色の人は険しい顔つきのままだ。
「そこ、入ってもいいのかい?いいなら行きたいな」
「…聞いてみる。あなたもくる?」
「アァ!?あたりめーだろ!ポルポの言うこと聞いてなかったのか!?」
「そんなに怒らなくても…」
キレやすい人みたいだ。2人から1歩距離を置いて電話を掛ける。あ、パードレ?私、ホテルに戻ろうと思うんだけど、一緒に試験受ける人が2人いてね、3人で一緒に行動しろって言われちゃった。え?うん、うん、そう、男の人が2人。え、大丈夫だよ…あ、そうなの?わかった。じゃあ向かうね。うん。また明日。
「大きい部屋に変えてくれるみたい。行こうか」
「その電話の相手、…父親か?」
「うーん、そうともいえるし違うともいえるかなあ」
ホテルに向かって足を動かす。手のひらの中の炎はゆらゆらと揺れ、時々風が吹くと頼りなく小さくなる。どういう仕組なのかな、消してもう一度火をつけることはできそうだ。それをやったら何か罠が発動したりするんだろうか。
万が一の時のために、サンダーバードは出したままにしている。私の後ろを歩く2人と私の間にいるそれに気づいていないようなので、彼らはスタンド使いではないらしい。何かあったら守ってあげるべきか、死を見届けるべきか。には判断できなかった。
無事にホテルについて、プロシュートがよく使っている偽名を出す。キーを受け取ってエレベーターで最上階へ。過保護なパードレだこと、とため息をついたのは、キーに記された部屋番号が最上階のものだったからだ。
「あはは、すっごい!俺こんな部屋はじめてだよ。何、君ってお嬢様?なんでこんな試験受けてるのさ」
金髪の男はくるくると回り、上質なソファに飛びこんだ。子どもっぽいな、いくつなんだろう。同い年って言われても、精神的にはそうなのかって信じちゃうレベルだ。
綺麗な装飾の施された机にライターをおいて、倒れないように本を支えにした。ふう、と一息ついて、少し緊張していたんだなと苦笑した。
「私は。この部屋は、さっきのポルポさんに私を紹介してくれたパードレが用意してくれたもの。あなたたちは?」
「俺メローネ!親も親戚もいなくってさ、路地裏で生活してたらチンピラに絡まれて、ボコボコにしたらそいつらパッショーネのメンバーだったんだよ。試験を受けて入団するか死ぬか選べって言われたからさあ」
死にたくねーから!からっと笑う明るさからは想像できないが、その明るさと笑顔は心の痛いところを覆い隠す仮面なのだろうなと思った。にこにこしてそれ以上は踏み込ませないようにする心の壁だ。
「…ギアッチョ。だいたいそこの金髪クソメロンと同じだ」
「ひどい!俺が殺したチンピラって、ギアッチョをいじめてたんだぜ」
「お前が来なくても一人でやれたっつーの!!」
クソッ、と床を足でける音は分厚いじゅうたんに吸収された。なるほど、そういう経緯で2人でいたんだな。顔見知りくらいの関係か。
「ねえ、っていくつ?」
「え?メローネは?」
「俺21歳。ギアッチョは1つ下。ってさあ、大人びてるけどまだ子どもだよね?父親にギャングスターにされるなんてかわいそう」
「私は13歳。昨日が誕生日だったの。試験を受けたいってお願いしたのは私で、パードレは渋っていたけど、誕生日プレゼントにって試験を仲介してもらったわ」
これに受かれば、私はみんながつけているのとおそろいのバッジをもってパッショーネの一員になれる。今まで以上に仕事をして、みんなを助けることができる。アジトの中に閉じこもって面倒を見られるだけの子どもじゃなくなれる。
「13歳!?あはは、面白いね。君はこの試験、受かると思うかい?」
「うん」
「すごい自信だ!ねえ、俺この試験がどういう意味を持つのか考えたんだけどさ」
メローネは目を細めながら立ち上がって、机に向かってゆっくりと歩いた。
「ライターの火を消さないなんて難しいことじゃない。そしてこれは一見ただのライターだから、火を消してもう一度つけることだってできるわけだ」
メローネの手の中で炎が揺れる。何をする気だろう。まさか、と手を伸ばしたときにはもう、その蓋がゆっくりと閉じられた。そしてタイミングを開けず再点火する。
「おい、おまえ何やって…」
「見タナ?」
ライターから出てきたのは間違いなくスタンドだった。再点火を見たか、という声の主はソファーの陰から飛び出してメローネに黄金の矢を向ける。メローネはそれに気づいていないようだった。スタンド使いじゃないから、あれが見えていないんだ。
「ッ…!」
そのスタンドは影から伸びているように見えた。じゃあ、影を消せばいなくなるんじゃないか。単純な考えだが、一瞬の判断ではそれが限界だった。サンダーボルトが部屋に雷を落とす。一瞬だけ何も見えないほどの明るさに包まれて、スタンドは消えた。ほっとしたのもつかの間、再び影が現れるとそれはギアッチョに向かい合っていた。
「再点火ヲ、見タナ?」
まずい。間に合わない。別にさっきで会った人がここで死んだって構いやしないけれど、そのあとはこっちに向く可能性があるなら黙っていられない。けど、倒せばいいのか逃げればいいのかもわからない。なんだ今の光、とか、ギアッチョとメローネも異常事態に気づいてうろたえてはいるけれどスタンドが見えないなら何もできないじゃないか。あれと戦うのなら足手まといだ。
一瞬で思考がぐるりとまわって、私はあきらめることにした。試験を、ではなく、今スタンドと向かい合っているギアッチョの命をだ。相手のやりかたがわからないんじゃ太刀打ちできない。1人くらい犠牲になってもらってもいいだろう。メローネはこの事態の原因が分からないながらも、私を守ろうとそばに駆け寄ってくれた。ギアッチョは1人部屋の向こうで腕を組んでいる。今どちらかを選ぶなら、それはメローネの命にすべきだ。
黙ってみていると、スタンドの矢がギアッチョの脳を貫いた。と同時に、おかしなことに気が付く。血がでていない。苦しんでいるし倒れたけれど、頭に深く矢を突き刺されたのに死んでいない。なんで、とギアッチョの方に駆け寄ろうとすると、部屋中の温度が下がった。
「…ホワイト・アルバム」
ギアッチョが顔をあげた。その服装は先ほどと違い全身を覆うスーツのようなものだ。視線は完全にライターから出たスタンドをとらえている。…スタンドが、発現した?
急激な冷気に、ライターのスタンドは凍りついて散らばった。部屋には静寂が戻る。
「…ギアッチョ、ねえギアッチョ、これ見える?」
サンダーボルトをギアッチョの前におろすと、うおっ!と声をあげて後ずさった。見えてる。さっきの矢はスタンドを発現させるのだろうか。は生まれつきサンダーボルトがそばにいたが、そういえば他の人のスタンドがいつどこでどう発現したのかは聞いたことがなかった。
スーツを脱いだ(スタンドだったらしいので、解除したというのが正しかったらしい)ギアッチョは、しばらく私とメローネを交互に見てから、なんと、笑った。
「なるほどなァ、そういう試験か」
矢で貫かれた瞬間、ギアッチョの精神は1度死を見たらしい。そこで、力を受け入れるか聞かれたのだそうだ。受け入れればその力によって自分は死ぬかもしれない、けれどもうすでに死んでいるのに、死ぬかもしれないから力はいらない…なんて選択肢はない。受け入れることを宣言し、目が覚めるとホワイトアルバムという名前が自然と口をついてでた。
「あ、じゃあ、メローネも刺してもらえば」
「え、俺死ぬの嫌だけど」
「おめーが火をつけたせいで俺は刺されたんだがな」
「…確かに」
メローネは私たち2人の話とスタンドについて考えているようだった。手のひらの中のライターは再び熱をもってゆらゆらと空気を揺らす。
「うーん、人生思い切りって大切だよな。なあ、間違えて二度刺されないよう、隣の部屋にでもいたらどうだ?」
火を消したその笑顔はいろんなことを諦めているみたいないろんな感情がこもっていて、胸がざわついた。しかし巻き込まれるのはごめんだというようにギアッチョが私の腕を引いて隣の部屋の扉を閉めたので、何も言うことはなかった。
少しの物音と静寂。低いうめき声。それほど時間をあけずに、扉がコンとたたかれた。
「…大丈夫だったみたい」
「メローネ…」
その手には再び点火されたライターが握られている。炎のゆらめきが大きいのは、それをつかむ手が震えているからだろうか。受け取って机に乗せ、こんどこそ絶対消さないようにと注意しながら離れる。
「試験は、馬鹿正直に炎を見守る忠誠心を持つか、スタンドを発現させるかの2択で合格なのかもしれないね。たぶんだけど」
「どっちでも組織にとってはコマとして使えるってことか」
「あ〜〜イライラすんぜェ」
それきり会話はなかった。これからギャングとして生きていくのだから、過去は何をしていたとか自分はどういう人間なのかとか、そんな情報はやり取りすべきではない。
何もせずにホテルにいる時間は退屈で、早めに風呂に入りベッドに入る。子どもは寝るのがはやいなという声に無言で手をあげて答えて、そういえば一人で眠るのは何年振りだろうと考えた。
屋敷から連れ出されてから、は1人で眠った夜はない。いつもプロシュートと一緒で、任務でいない日にはリゾット、ホルマジオあたりの部屋にお邪魔する。ソルベとジェラートの部屋は、なんというかこちらが邪魔かなと遠慮してしまうので言ったことがない。イルーゾォは鏡の中にいるので、眠ってしまったら入れなかった。
「…さみしい」
パードレに電話しようかな。でも試験が終わるまで連絡をしないのは、自分の中で1つのけじめのようなものでもあった。ホテルに関しては仕方がないとして、今は我慢する時だ。
「…無理かも」
目を閉じて布団を頭までかぶる。眠れなかった。これはダメだな。あきらめて布団を出て枕を持ち、メローネかギアッチョのどちらかがいるだろう部屋の扉を開けた。どの部屋を使うのか聞いておけばよかった。
ベッドの明かりをつけて、メローネはまだ起きていた。私の姿を見ると、昼間していたマスクを外した綺麗な顔で笑った。
「どうしたの」
「ひとりで、眠れなくて」
驚いたように目を丸くしたのは演技じゃなさそうだ。本を閉じてベッドサイドに置くと、自分の枕を少しだけ横にずらした。
「いいよ、おいで」
おじゃまします、とあいたスペースに枕を置いて布団に入る。メローネの体温は高く、布団の中もぽかぽかしていた。あたたかさに安心して目を閉じると、睡魔はすぐに訪れた。かいだことのない、パードレとも他のみんなとも違うにおい。不思議とリラックスできて、朝までぐっすり眠ることができた。
目覚めはギアッチョの叫び声で訪れた。なななななにやってんだよ!!という声に目をあけると、体が重たい。横を見るとメローネの寝顔が見えて、そういえば夜に来たんだったなと思い出す。体の重たさの正体はメローネの腕だった。抱き枕にされていたらしい。
「ギアッチョ、おはよ…」
「おま、おまえ、何もされてねーか?クソッ、メローネの奴」
心配してくれているらしい。意外と優しいんだな。昨日私がギアッチョを見殺しにしようとしたことは彼は知らないから、一生秘密にしておこうと思った。パッショーネのメンバーになるなら、どこかで出会うかもしれないし。
ギアッチョがキレてメローネを蹴り起こし、それに対して楽しそうに笑うメローネにさらにギアッチョが怒る。そんなどたばたした朝を過ごし、ゆっくりホテルをあとにしてポルポの元へ向かう。ポルポは意外にもライターの火を消したとかつけたとかには言及せず、はいありがとうとバッジを3つ投げてよこした。
「、君は元のところに戻って今までどおり仕事を頼むよ」
「はい」
「メローネ、ギアッチョ、君たちも同じところに配属しよう」
「え?」
「案内してあげてくれ。リゾットには連絡しておこう」
「…はい」
ポルポの面接部屋を出た私は手のひらで光るバッジを握り締める。じわじわと嬉しさがこみ上げた。
「…ッ」
揺らめく視界は涙のせいだ。8年待った。やっとパードレの隣に立てる。袖でごしごしと涙を拭うと、ギアッチョがお、おまえ、ないてんのかよ、と動揺しながらハンカチをくれた。
「ないてない…けど、うれしくて…」
「そんなにギャングになりたかったの?あんたって変わってるよな」
言ってることとは別に、声色は面白がってるみたいだ。
「お喜びのところ悪いけど、あんたの所属って?俺らも同じみたいだけど」
そうだった。案内しないとね。私の方が先輩だけど、同期みたいな感じになるのか。ホルマジオとイルーゾォ、ソルベとジェラート、リゾットとプロシュートみたいな同時期に配属された人たちの絆のようなものがはうらやましかった。この2人と、それを築いていけるだろうか。
「うん、案内するね。私たちの所属は――」
memo
リゾット25歳(+12)
プロシュート25歳(+12)
13歳
ソルベ24歳(+11)
ジェラート24歳(+11)
ホルマジオ23歳(+10)
イルーゾォ23歳(+10)
メローネ21歳(+9)
ギアッチョ20歳(+8)
プロシュートに拾われてから8年、最近では週1のペースで仕事を行うようになり、1人で出かけることも増えていた。パッショーネの暗殺チームに電気使いがいるなどというぼんやりした噂はたった端から消してはいたが、そろそろ通用しなくなりつつある。「まだ早い」というのも通用しなくなってきたなと感じたプロシュートがついに折れた形で、組織への紹介を行ったのだった。
「プロシュートから紹介されてきました、です」
指定された家の指定された扉の前で名乗る。その建物の周辺には人はいない。中には男が3人いる。配置からして、1人は組織の者。奥の方で腰掛けている。随分と体の大きな人だ。もう2人は私と同じ立場か、補佐の部下かのどちらかだろう。入口の近くに並んで立っている。入れ、と声が聞こえたので、失礼します、とできるだけ丁寧に扉を開けた。
部屋にいたのは若い男が2人と、ベッドか家具のように大きな体をした男だった。ポルポと名乗った大男は、1つのライターに火をつける。
「3人、そろったね。パッショーネの入団試験はいたってシンプル。これから24時間、君たち3人には行動を共にしてもらう。その火を24時間消さないで守り抜いて、明日のこの時間に戻ってくること」
差し出されたライターを、私よりポルポに近い位置にいる男2人は受け取らなかった。警戒しているのかもしれない。触った瞬間に何かが発動するとか、そういうものを。この2人は後ろに私がいることには気づいているはずだが、私が部屋に入ってから1度も振り向かない。
どうしようかな、と思い、万が一何かあっても自分なら切り抜けられるだろうという自信から1歩踏み出した。ライターを受け取ると、火がゆらりと揺れる。
「、君はリゾットのチームの子だね?」
「はい」
「話は聞いている。今までも仕事にかかわっていたと聞いているし、良い結果になると思っているよ。合格したら、そのままそこのチームにいれてあげよう」
「ありがとうございます。必ずこのまま持ち帰ります」
それ以上会話はなかったので、部屋を出ようと振り返る。左右で非対称な金髪の男は目元をマスクで覆っていて、美人だった。でも、パードレには負けるな。なんてったってパードレは世界一かっこいい。もう1人は水色のくるくる頭の人で、眉間にしわを寄せて不機嫌そうだ。
「では、また明日」
部屋から出て振り返る。3人で行動を共に、って言ってたけど、出てこないんだろうか。1人で行っちゃうけどいいのかな。プロシュートは今日はたぶん帰ってこられないだろうとホテルを取って部屋番号を教えてくれていた。試験の内容を知っていたんだろうな。そのホテルに行って、明日までのんびりこの火を見守っていればいいなら簡単な話だ。
建物の外で少し待っていると、カチと音がして2人が出てきた。
「私、ホテルとってるからそこに帰ろうと思ってるけど、どうする?」
「どうするって、一緒に行動しろって言われたからなあ」
へなりと表情が崩れた。金髪の無表情は両手で頬を押さえて、「真顔って疲れる〜〜」と笑顔を作った。笑った顔は少し可愛い。水色の人は険しい顔つきのままだ。
「そこ、入ってもいいのかい?いいなら行きたいな」
「…聞いてみる。あなたもくる?」
「アァ!?あたりめーだろ!ポルポの言うこと聞いてなかったのか!?」
「そんなに怒らなくても…」
キレやすい人みたいだ。2人から1歩距離を置いて電話を掛ける。あ、パードレ?私、ホテルに戻ろうと思うんだけど、一緒に試験受ける人が2人いてね、3人で一緒に行動しろって言われちゃった。え?うん、うん、そう、男の人が2人。え、大丈夫だよ…あ、そうなの?わかった。じゃあ向かうね。うん。また明日。
「大きい部屋に変えてくれるみたい。行こうか」
「その電話の相手、…父親か?」
「うーん、そうともいえるし違うともいえるかなあ」
ホテルに向かって足を動かす。手のひらの中の炎はゆらゆらと揺れ、時々風が吹くと頼りなく小さくなる。どういう仕組なのかな、消してもう一度火をつけることはできそうだ。それをやったら何か罠が発動したりするんだろうか。
万が一の時のために、サンダーバードは出したままにしている。私の後ろを歩く2人と私の間にいるそれに気づいていないようなので、彼らはスタンド使いではないらしい。何かあったら守ってあげるべきか、死を見届けるべきか。には判断できなかった。
無事にホテルについて、プロシュートがよく使っている偽名を出す。キーを受け取ってエレベーターで最上階へ。過保護なパードレだこと、とため息をついたのは、キーに記された部屋番号が最上階のものだったからだ。
「あはは、すっごい!俺こんな部屋はじめてだよ。何、君ってお嬢様?なんでこんな試験受けてるのさ」
金髪の男はくるくると回り、上質なソファに飛びこんだ。子どもっぽいな、いくつなんだろう。同い年って言われても、精神的にはそうなのかって信じちゃうレベルだ。
綺麗な装飾の施された机にライターをおいて、倒れないように本を支えにした。ふう、と一息ついて、少し緊張していたんだなと苦笑した。
「私は。この部屋は、さっきのポルポさんに私を紹介してくれたパードレが用意してくれたもの。あなたたちは?」
「俺メローネ!親も親戚もいなくってさ、路地裏で生活してたらチンピラに絡まれて、ボコボコにしたらそいつらパッショーネのメンバーだったんだよ。試験を受けて入団するか死ぬか選べって言われたからさあ」
死にたくねーから!からっと笑う明るさからは想像できないが、その明るさと笑顔は心の痛いところを覆い隠す仮面なのだろうなと思った。にこにこしてそれ以上は踏み込ませないようにする心の壁だ。
「…ギアッチョ。だいたいそこの金髪クソメロンと同じだ」
「ひどい!俺が殺したチンピラって、ギアッチョをいじめてたんだぜ」
「お前が来なくても一人でやれたっつーの!!」
クソッ、と床を足でける音は分厚いじゅうたんに吸収された。なるほど、そういう経緯で2人でいたんだな。顔見知りくらいの関係か。
「ねえ、っていくつ?」
「え?メローネは?」
「俺21歳。ギアッチョは1つ下。ってさあ、大人びてるけどまだ子どもだよね?父親にギャングスターにされるなんてかわいそう」
「私は13歳。昨日が誕生日だったの。試験を受けたいってお願いしたのは私で、パードレは渋っていたけど、誕生日プレゼントにって試験を仲介してもらったわ」
これに受かれば、私はみんながつけているのとおそろいのバッジをもってパッショーネの一員になれる。今まで以上に仕事をして、みんなを助けることができる。アジトの中に閉じこもって面倒を見られるだけの子どもじゃなくなれる。
「13歳!?あはは、面白いね。君はこの試験、受かると思うかい?」
「うん」
「すごい自信だ!ねえ、俺この試験がどういう意味を持つのか考えたんだけどさ」
メローネは目を細めながら立ち上がって、机に向かってゆっくりと歩いた。
「ライターの火を消さないなんて難しいことじゃない。そしてこれは一見ただのライターだから、火を消してもう一度つけることだってできるわけだ」
メローネの手の中で炎が揺れる。何をする気だろう。まさか、と手を伸ばしたときにはもう、その蓋がゆっくりと閉じられた。そしてタイミングを開けず再点火する。
「おい、おまえ何やって…」
「見タナ?」
ライターから出てきたのは間違いなくスタンドだった。再点火を見たか、という声の主はソファーの陰から飛び出してメローネに黄金の矢を向ける。メローネはそれに気づいていないようだった。スタンド使いじゃないから、あれが見えていないんだ。
「ッ…!」
そのスタンドは影から伸びているように見えた。じゃあ、影を消せばいなくなるんじゃないか。単純な考えだが、一瞬の判断ではそれが限界だった。サンダーボルトが部屋に雷を落とす。一瞬だけ何も見えないほどの明るさに包まれて、スタンドは消えた。ほっとしたのもつかの間、再び影が現れるとそれはギアッチョに向かい合っていた。
「再点火ヲ、見タナ?」
まずい。間に合わない。別にさっきで会った人がここで死んだって構いやしないけれど、そのあとはこっちに向く可能性があるなら黙っていられない。けど、倒せばいいのか逃げればいいのかもわからない。なんだ今の光、とか、ギアッチョとメローネも異常事態に気づいてうろたえてはいるけれどスタンドが見えないなら何もできないじゃないか。あれと戦うのなら足手まといだ。
一瞬で思考がぐるりとまわって、私はあきらめることにした。試験を、ではなく、今スタンドと向かい合っているギアッチョの命をだ。相手のやりかたがわからないんじゃ太刀打ちできない。1人くらい犠牲になってもらってもいいだろう。メローネはこの事態の原因が分からないながらも、私を守ろうとそばに駆け寄ってくれた。ギアッチョは1人部屋の向こうで腕を組んでいる。今どちらかを選ぶなら、それはメローネの命にすべきだ。
黙ってみていると、スタンドの矢がギアッチョの脳を貫いた。と同時に、おかしなことに気が付く。血がでていない。苦しんでいるし倒れたけれど、頭に深く矢を突き刺されたのに死んでいない。なんで、とギアッチョの方に駆け寄ろうとすると、部屋中の温度が下がった。
「…ホワイト・アルバム」
ギアッチョが顔をあげた。その服装は先ほどと違い全身を覆うスーツのようなものだ。視線は完全にライターから出たスタンドをとらえている。…スタンドが、発現した?
急激な冷気に、ライターのスタンドは凍りついて散らばった。部屋には静寂が戻る。
「…ギアッチョ、ねえギアッチョ、これ見える?」
サンダーボルトをギアッチョの前におろすと、うおっ!と声をあげて後ずさった。見えてる。さっきの矢はスタンドを発現させるのだろうか。は生まれつきサンダーボルトがそばにいたが、そういえば他の人のスタンドがいつどこでどう発現したのかは聞いたことがなかった。
スーツを脱いだ(スタンドだったらしいので、解除したというのが正しかったらしい)ギアッチョは、しばらく私とメローネを交互に見てから、なんと、笑った。
「なるほどなァ、そういう試験か」
矢で貫かれた瞬間、ギアッチョの精神は1度死を見たらしい。そこで、力を受け入れるか聞かれたのだそうだ。受け入れればその力によって自分は死ぬかもしれない、けれどもうすでに死んでいるのに、死ぬかもしれないから力はいらない…なんて選択肢はない。受け入れることを宣言し、目が覚めるとホワイトアルバムという名前が自然と口をついてでた。
「あ、じゃあ、メローネも刺してもらえば」
「え、俺死ぬの嫌だけど」
「おめーが火をつけたせいで俺は刺されたんだがな」
「…確かに」
メローネは私たち2人の話とスタンドについて考えているようだった。手のひらの中のライターは再び熱をもってゆらゆらと空気を揺らす。
「うーん、人生思い切りって大切だよな。なあ、間違えて二度刺されないよう、隣の部屋にでもいたらどうだ?」
火を消したその笑顔はいろんなことを諦めているみたいないろんな感情がこもっていて、胸がざわついた。しかし巻き込まれるのはごめんだというようにギアッチョが私の腕を引いて隣の部屋の扉を閉めたので、何も言うことはなかった。
少しの物音と静寂。低いうめき声。それほど時間をあけずに、扉がコンとたたかれた。
「…大丈夫だったみたい」
「メローネ…」
その手には再び点火されたライターが握られている。炎のゆらめきが大きいのは、それをつかむ手が震えているからだろうか。受け取って机に乗せ、こんどこそ絶対消さないようにと注意しながら離れる。
「試験は、馬鹿正直に炎を見守る忠誠心を持つか、スタンドを発現させるかの2択で合格なのかもしれないね。たぶんだけど」
「どっちでも組織にとってはコマとして使えるってことか」
「あ〜〜イライラすんぜェ」
それきり会話はなかった。これからギャングとして生きていくのだから、過去は何をしていたとか自分はどういう人間なのかとか、そんな情報はやり取りすべきではない。
何もせずにホテルにいる時間は退屈で、早めに風呂に入りベッドに入る。子どもは寝るのがはやいなという声に無言で手をあげて答えて、そういえば一人で眠るのは何年振りだろうと考えた。
屋敷から連れ出されてから、は1人で眠った夜はない。いつもプロシュートと一緒で、任務でいない日にはリゾット、ホルマジオあたりの部屋にお邪魔する。ソルベとジェラートの部屋は、なんというかこちらが邪魔かなと遠慮してしまうので言ったことがない。イルーゾォは鏡の中にいるので、眠ってしまったら入れなかった。
「…さみしい」
パードレに電話しようかな。でも試験が終わるまで連絡をしないのは、自分の中で1つのけじめのようなものでもあった。ホテルに関しては仕方がないとして、今は我慢する時だ。
「…無理かも」
目を閉じて布団を頭までかぶる。眠れなかった。これはダメだな。あきらめて布団を出て枕を持ち、メローネかギアッチョのどちらかがいるだろう部屋の扉を開けた。どの部屋を使うのか聞いておけばよかった。
ベッドの明かりをつけて、メローネはまだ起きていた。私の姿を見ると、昼間していたマスクを外した綺麗な顔で笑った。
「どうしたの」
「ひとりで、眠れなくて」
驚いたように目を丸くしたのは演技じゃなさそうだ。本を閉じてベッドサイドに置くと、自分の枕を少しだけ横にずらした。
「いいよ、おいで」
おじゃまします、とあいたスペースに枕を置いて布団に入る。メローネの体温は高く、布団の中もぽかぽかしていた。あたたかさに安心して目を閉じると、睡魔はすぐに訪れた。かいだことのない、パードレとも他のみんなとも違うにおい。不思議とリラックスできて、朝までぐっすり眠ることができた。
目覚めはギアッチョの叫び声で訪れた。なななななにやってんだよ!!という声に目をあけると、体が重たい。横を見るとメローネの寝顔が見えて、そういえば夜に来たんだったなと思い出す。体の重たさの正体はメローネの腕だった。抱き枕にされていたらしい。
「ギアッチョ、おはよ…」
「おま、おまえ、何もされてねーか?クソッ、メローネの奴」
心配してくれているらしい。意外と優しいんだな。昨日私がギアッチョを見殺しにしようとしたことは彼は知らないから、一生秘密にしておこうと思った。パッショーネのメンバーになるなら、どこかで出会うかもしれないし。
ギアッチョがキレてメローネを蹴り起こし、それに対して楽しそうに笑うメローネにさらにギアッチョが怒る。そんなどたばたした朝を過ごし、ゆっくりホテルをあとにしてポルポの元へ向かう。ポルポは意外にもライターの火を消したとかつけたとかには言及せず、はいありがとうとバッジを3つ投げてよこした。
「、君は元のところに戻って今までどおり仕事を頼むよ」
「はい」
「メローネ、ギアッチョ、君たちも同じところに配属しよう」
「え?」
「案内してあげてくれ。リゾットには連絡しておこう」
「…はい」
ポルポの面接部屋を出た私は手のひらで光るバッジを握り締める。じわじわと嬉しさがこみ上げた。
「…ッ」
揺らめく視界は涙のせいだ。8年待った。やっとパードレの隣に立てる。袖でごしごしと涙を拭うと、ギアッチョがお、おまえ、ないてんのかよ、と動揺しながらハンカチをくれた。
「ないてない…けど、うれしくて…」
「そんなにギャングになりたかったの?あんたって変わってるよな」
言ってることとは別に、声色は面白がってるみたいだ。
「お喜びのところ悪いけど、あんたの所属って?俺らも同じみたいだけど」
そうだった。案内しないとね。私の方が先輩だけど、同期みたいな感じになるのか。ホルマジオとイルーゾォ、ソルベとジェラート、リゾットとプロシュートみたいな同時期に配属された人たちの絆のようなものがはうらやましかった。この2人と、それを築いていけるだろうか。
「うん、案内するね。私たちの所属は――」
memo
リゾット25歳(+12)
プロシュート25歳(+12)
13歳
ソルベ24歳(+11)
ジェラート24歳(+11)
ホルマジオ23歳(+10)
イルーゾォ23歳(+10)
メローネ21歳(+9)
ギアッチョ20歳(+8)