急な話だが、新人がくる。そう告げられたのはいつもの朝食の席だった。

「また急だねリゾット」
「上からの話が唐突なんだ」

ふうん、と言いながらパンを頬張る。プロシュートもソルベもジェラートも黙々とごはんをたべている。

「2人で、外のカフェで顔を合わせることになっている。念のため素性を探ってからここに連れてきたいんだが…」

リゾットの視線がをとらえた。そうだろうな、と思っていたので軽くうなずく。パンが口に入っているので返事はできない。

とプロシュート、俺の3人で行ってくる」
「ん、うん、おっけー…あ、でも」

飲み込んで声を出す。食べながら話すのはお行儀が悪いと思っているのでそうしているけど、朝食で1日の予定のすり合わせをするのでどうしてもしゃべらなきゃいけなくなる。この打ち合わせ、夜ご飯の後とかにした方が効率が良い気もするな。

「今日は私の誕生日なんだけど」

プロシュートはカレンダーに目をやった。カレンダーにはなまるをつけてアピールしているけれど、毎年プロシュートがプレゼントをくれるくらいでそれらしいことは特にしていない。

「リゾット、顔合わせは何時だ」
「14時に表通りのカッフェだ」
「了解」

それまでデートでもするか?と手を取ると、はぱっと頬を染めておねがいしますと答える。まだまだ子どもだと思っていたが、気づけば年齢も2ケタになった。5歳から10歳までの成長というのはすさまじくて、最近は体つきまでほんのり変わりつつある。今でも毎日風呂は一緒にはいるしベッドも同じだが、いずれそれらが拒否される日が来るのかと思うと切ない気持ちになる。完全に父親である。

「俺らからも何かやろうか」
「お嬢さん、ほしいものはないか?」

ソルベとジェラートが問いかける。

「…パードレがくれるから、大丈夫」

少し考えて、は幸せそうに笑った。見てるこっちが照れるようなラブラブっぷりだ。
デートに行く、と着替えてリビングに下りてきた2人はいかにもデートに向けて気合いを入れましたといった服装で、プロシュートは高そうなスーツに身を包みヘアスタイルもバッチリきめているし、は長い髪をゆるりと巻いて髪飾りをさし、淡いピンクのワンピースを着ている。

「おるすばん、よろしくね。何かあったらサンダーバードが鳴くから」

普段がアジトにいる間は、アジト周辺全域に電気を流しいつどこから何が入ってきてもすべて察知するようになっている。が出かけるときは、半分くらいのサイズに分割したサンダーバードがその役割を受け継ぐのだ。何もかもがチートと言われるスタンドのサンダーバードは、射程距離も桁違いだった。の手元を数キロ離れても、パワーを保ったまま分身単独で索敵が可能である。

「はいはい、頼もしいことです。たのしんできてな」

手を振ると、はプロシュートの腕に抱きついて歩き出した。





プロシュートとのデートはある程度のお決まりコースがある。まずお気に入りの服屋を数件回る。昼くらいになったら行きつけの喫茶店でパンケーキを食べて、雑貨や小物を見て回る。紙袋をいくつも抱えてお腹もいっぱいになったところで、顔合わせにいく時間が近くなった。

「お仕事の時間だね」
「そうだな」
「パードレのお仕事の顔、好き」
「そうかい」

仕事モードのプロシュートは目つきが鋭くなり煙草を吸う。タバコの煙に隠してスタンドを発現させるためだが、にはそれがたまらなくかっこよく見えてくらくらしてしまう。

待ち合わせのカフェについたのは30分前で、まだリゾットは来ていなかった。もしかしたらここにいる客の中にすでに新人が混ざっているのかもしれないが、ここはごく普通にパッショーネの構成員も利用しているので雰囲気から新人を探り当てるのは難しい。

「カフェラテのみたい」
「ジェラートはいいのか?」
「ジェラートもたべたい!」
「おう、頼めよ」

店員にピスタチオのジェラートと温かいカフェラテ、カッフェを頼み一息つく。

「パードレ、お誕生日おめでとうって言って」
「ハッピーバースデー、
「ありがとう!パードレだいすき!」

今日のはテンションが高い。プロシュートとデートに出かけるといつもこうだが、そのついでに仕事にまでついていけるとなればそのテンションは収まるところを知らないみたいだ。早くパッショーネの一員になりたいと毎日のように言っているは、どうしてもその能力が必要なときにだけ仕事の手伝いをするのが楽しみらしい。だからこうして、仕事とわかって出てきているとどうしてもその気持ちの高ぶりが抑えられないようだった。

「落ち着け、バタバタすんじゃねえ」
「ごめんなさーい」

出てきたジェラートを一口たべておいしい、と表情を崩す。一口どうぞ、と差し出されたスプーンをくわえて、うまいな、と呟けばより幸せそうに表情をやわらかくした。

のパッショーネ入りは、実力からしたらもう十分すぎるほどだ。かたくなにまだ早いと言い続けているのは、この少女の人生をギャングスターとして縛りたくない、ただそれだけの理由だった。あめえな、と呟けば、それをジェラートのことだと思ったが、そうだった?と首をかしげる。こんなに愛しいと思う存在になってしまうなんて思わなかった。自分の圧倒的な弱点だ。
を守りたいし手元に置きたい、それならいっそパッショーネに入れたほうが近くにおけるし、安全だ。それはギャングとしての自分にとっては当然の結論で、むしろパッショーネに入らずアジトに置いているだけの不安定な立場に置くことこそが危うい。ただ自分の父親としての気持ちに整理がついていないだけだというのもわかっていた。

「パードレがさ、私のことを心配して、その…入れてくれないのは、わかってるんだよ」

心を読まれたのかと思った。少しだけ言葉を濁したのは、ここがカフェだからだ。そのくらいの判断はできる賢さがある。

「でも、関わらないのも今更だし、自分の身は自分で守れるだけの力もたぶん、あると思ってるし」

スプーンで食べかけのジェラートの形を整えながら話す。体がゆらゆら揺れているのは地面につかない足をゆらゆら揺らしているからだ。こんな小さな子供が、真剣にギャングスターになろうとしているなんてあまりにも不自然だろう。

「……でも、パードレの言うことをちゃんときく良い子でいたい」

整えたジェラートをスプーンですくった。それを見つめてそう呟くと、ふと顔をあげてなんとも微妙な笑顔をつくった。

「人生ってむずかしい!」
「おいおい、まだ10歳だろーが」

思わず吹き出してしまった。自分の半分も生きていない少女の言うことじゃあないだろう。そんな話をしていると待ち合わせの5分前になり、入口のベルがなった。リゾットが入ってきた。店内を見回し、プロシュートとを見つけると片手をあげて近づいてくる。

「随分買い込んだな」
「えへへぇ、今日は特別だからね」

リゾットが注文したコーヒーが机に置かれ、時計に目をやる。待ち合わせ時間ぴったりにこのカフェにきて、銀髪の男と金髪の男のいるテーブルに着くようにという指示をしたらしい。店内を見回すと、それに該当するテーブルはここしかなかった。ちょっとざっくりすぎる指示だとは思ったが、今回は問題なさそうだ。

カチ、と秒針が真上を向く。カラン、とベルの音。

入店したのは坊主頭のいかつい男と、黒髪をいくつかにわけて結んだ個性的な男だ。の席からは入口が見えるので、特に不自然さをださずに見ることができた。リゾットとプロシュートと一瞬ずつ目を合わせ、そっと相手の脳にほんの少しの電気を流した。

2人はきょろきょろと見回すと、二人の視線を合わせてこちらのテーブルに近づいてきた。

「あー、あってる…よな?」

声を出したのは坊主頭の方だった。銀髪と金髪の特徴をそろえたテーブルはここしかないが、がいるので少し迷ったのだろう。

「ああ、あっている。座れ」

4人掛けのテーブル席はあと1人分しかスペースがない。は立ち上がると、新入りの前を通りプロシュートのひざの上に納まった。困惑気味の2人の視線が刺さる。

「いくつか質問をさせてほしい」
「ああ、いいけどよ…その、そいつは?」

黒髪の男がを見る。ギャングの暗殺チームに所属するよう言われ、待ち合わせ場所に来たら子どもがいたなんて困惑するのは当然のことだな、とは思って、くすりと笑う。

「まあ、私のことは気にせずにどうぞ。リーダー」

新入りの前で、本人が名乗る前に名前を呼ばない。特に教えてもいなければ注意もしていなかったが、はそういう組織としての考え方を十分に理解していた。

坊主頭はホルマジオ、黒髪はイルーゾォというらしい。

ホルマジオのスタンドはリトルフィート、傷をつけたものを小さくする能力。イルーゾォのスタンドはマン・イン・ザ・ミラー、鏡の中に許可したものを取り込むことができる。イルーゾォの方は、スタンドだけ鏡に閉じ込められたらには戦えないなと思った。

2人はもともとパッショーネの構成員で別々のチームで働いていたが、任務中にスタンドが発現。もっと便利に使えるところがあるということで暗殺チームに送られたらしい。

全部本当のこと話してもらったよ、という意味のアイコンタクトをリゾットに送る。もういいぞ、と言われたので電気制御を解放した。

「…なんでしゃべっちまったんだ?」
「…なんだいまの」

2人はさっきまで、自分の意思で正直に話していた。けれど私が制御をやめてしまえば、なんでかわからないけれどさっきまで正直に話す気分だったという認識になる。私は何もわかりませんよと言う顔でカフェラテをのもうとして、カップが空になっていたことに気が付いた。
その動きを察したプロシュートがまだコーヒーの残っている自分のカップを差し出した。黒いコーヒーは初めて飲む。

「…にっが」

頭上から聞こえる笑い声をにらみつけると、頭に衝撃。顎をのせられたみたいだ。

「おめーにはまだはえーなあ」
「もうちょっと大人になれば、このくらい…」

ホルマジオとイルーゾォには自己紹介をさせたけれど、私たちはまだ1人も名乗っていない。私たち、とくに私とプロシュートの関係がわからなくて本当に困っているみたいな顔だ。

「リーダーのこいつがリゾット。俺がプロシュート。こいつは、今は構成員じゃあないけど、そのうちなる」
「……え、」

驚いたのは私だ。そのうちなる、なっていいの?顎の下で動揺した私の様子なんてわかりきったように、だから今はまだな、と手の中のコーヒーを奪われた。

「…えへへ」

プロシュートの「まだはやい」は、ほんとうに「まだ早い」だったんだね。いれてやんねーぞという意味だと思っていたのでほっとして、それから胸が温かくなる気がした。

「…以上だ、アジトへ案内する」

リゾットが立ち上がり、私もプロシュートの膝から降りた。たくさん買い込んだ紙袋は全部プロシュートが持った。帰ったら、新人を歓迎する意味をこめた豪華な夜ご飯を作ろうか。こっそり、自分の誕生日のお祝いも兼ねて。





memo
リゾット22歳
プロシュート22歳
10歳
ソルベ21歳
ジェラート21歳
ホルマジオ20歳
イルーゾォ20歳