私の世界は真っ暗だった。

広い部屋にぽつりと置かれた大きなベッド。壁も床も天井も真っ暗で、電気もなければ窓もない。外の音も聞こえないし、扉には外から鍵がかかっていた。何も聞こえず何も見えず、私の世界はいつだって真っ暗だった。

私には金色の鳥の友達がいて、その鳥は扉の隙間から外に出て屋敷の中の様子を知ることができた。この友達のことを屋敷の人は誰も知らない。私にしか見えない友達は、屋敷にはたくさんの使用人と父が住んでいること。父はあんまりよくない仕事をしていること。いずれ死んでしまうであろうことを教えてくれた。

いつか父がいなくなれば、この扉は開くのかもしれない。いつくるかもわからないその日を夢見続けて、私はうまれてからの5年間を暗く閉ざされた部屋で生きていたのだ。



朝か昼かもわからない時間、何月何日かもわからない日にそれは訪れた。聞こえた破裂音は銃声だったらしい。悲鳴と足音、ほとんどの音が閉ざされている部屋にも聞こえてくるのはよっぽどな騒ぎだ。
何があったんだろう、と扉に近づくと、唐突に扉が開き灯りが差し込んだ。
眩しさに目がくらみ、逆光に浮かぶのは父の姿だ。いつぶりに見ただろうか。ずんずんと大股で歩み寄って来た父親は、私を乱暴に持ち上げて扉に向けて振りかざした。

「てめえ、自分の娘を盾にするのか」
「こいつは娘ではない!!」
「お、おとうさん…苦し…」
「わ、わ、私はお前の父親ではない!」
「お、とうさ…」

眩しさでほとんどのものが見えなかった。入り口の傍にたっているのは父親よりも大きな男で、多分銃をこちらに向けている。高そうなスーツをきっちりと着こなした、金髪のきれいな男だ。

「撃てるものなら撃ってみろ、お前に良心というものがあれば幼子を手にかけることなどできまい!」
「おとうさ、ん、くるし、くび、」
「父親ではないと言っている!」

強く頭を叩かれ視界が揺れた。首が締まり呼吸がほとんどできなくなり、生理的な涙が出た。父が後ろ暗い仕事に手を出しているのはしっていたし、そのせいでそろそろ命が危ないだろうというのは使用人が噂していたので知っていた。それが今日だったんだなというのはこどもでも察しのつく話だ。
暗い部屋に閉じ込められて、ここで父親と一緒に処分される。ずいぶんと短い人生だったなあとぼんやり考えた。誰にも愛されなかった。唯一優しかったメイドは1年ほど前、私が心を許したという理由で国へ帰ってしまった。けれど。

「その娘を離せ」
「ふん、お前のような悪党も子どもには弱いのか」
「無駄口をきくな」

今、父親の盾になろうとしている私を助けようとしてくれているのかもしれない。そんなことは初めてだ。私を離せ、と差し出されている片手にすがってはいけないだろうか。

「た、たすけ、」

父親の腕にすがる手をまっすぐに伸ばしてみる。金髪の男ははっとした顔をした。その隙をついて、父親は懐から取り出したナイフをかざし私を床に投げ捨てた。男に真っ直ぐ駆け出していく父親の目に正気はない。私がすがったせいであの人が死んでしまったら。

「サ、サ、サンダーバード!!」

酸欠でせき込み、全身を床に打ち付けてかすれた声で叫ぶ。金色の鳥が飛びあがって、父親はバチリと聞いたことのない音を立てて崩れ落ちた。ぷすぷすと焦げ臭いにおいが鼻につく。

「あ、お、おとうさん」

とっさに放った電撃はあっさりと父の命を奪ったらしかった。床に崩れ落ちた父親は黒く焦げていていやなにおいを放つ。銃を持った男が私に近づき、それからしゃがみんで視線をあわせた。

「その鳥は、お前のスタンドか?」
「スタンド?」
「その鳥だ」

サンダーバードは私の背後に静かに止まっている。これがスタンドというのだろうか。ゆらりと空気が揺れる感じがして、ふと見ると男の背後にはたくさんの目のついた影が佇んでいた。

「ッ…!な、なに…」
「見えるんだな」

後ずさりサンダーバードにぶつかる。そっと翼を広げ、私の姿を隠そうとしている。

「悪ィ、おどかしたわけじゃねえ」

苦笑した男は、銃をしまって大きな手を差し出した。

「来るか?」

それは予想外の言葉で、そして優しかった。
彼は父親を殺しに来たはずだ。つまり私だってその対象だったはず。
返事に困っていると、ぐいと手をつかまれた。

「来い」

ひょい、と抱き上げられた。父にもこんなふうに抱きしめられてことなんてなかったのに。背中を支える暖かくて大きな手の温度に、自然と涙があふれていた。

「お前、名前は?」
…」
「そうか。、俺と一緒に来い」

うん、と肩に顔をうずめたまま小さく返事をすると、ついに我慢できなくなった声が漏れた。