ぶどう畑に戻って、次は鍵を使うため駅へ向かうことになった。移動ばかりで忙しい。車の中で、ジョルノは私の行動について気になることがあるんですが聞いても良いですかと丁寧に尋ねてきたので、そもそも隠してないよと話をした。

「ジョルノはまだ初めましてだもんね。私はね、兄を探してるの」

深くかぶりなおしておいたフードを脱ぎ去って顔を出す。かたくなに隠しているわけではないけれど、私は基本的に顔をさらさないようにしている。それは兄とあまりにもそっくりな目立つ見た目のせいだ。

「昔ね、私と同い年のいとこがいたの。そのいとこが交通事故で死んじゃったんだけど犯人が裏社会に通じている人で、お金を積んでまともな罰をうけなかったの。それに納得いかなかったのが私の兄だった。数日で出所してきたその男を襲撃して殺してしまったの。裏社会に通じる人間を殺したなんて大変なことよ、兄はそのまま家を出てギャングになってしまって、もう兄はいなかったことにしようって父さんと母さんと3人で暮らしていたけど…兄への報復が来たの。学校が終わって家に帰った時には、家には血まみれで死んでる父と母がいたわ」

それは、と短い付き合いの中で珍しく言いよどんだジョルノは、きっと同情しているんだろう。優しそうな人だから。

「気にしてないよ。ただ、復讐なんて、敵討ちなんて、なんの意味もなかった。あなたがいとこのために思ってしたことは両親を殺したのよって、きっと自分だけが1人家を離れれば私たちは無事に生きていけるはずだなんて甘いこと考えていた兄に、文句を言いたいだけ。そうして、私はいつの間にか発現していたスタンド能力をかわれてブチャラティに引き入れてもらった」
「そうなんですね…、あのイルーゾォって奴、をみて確かに驚いていました。あっちのチームに関係している可能性は高いかもしれませんね」
「私もそう思う」

もし本当に見つかったら、私はどうするんだろう。少しだけ悩むけれど、やっぱり最初に言いたいのは「あなたは本当に馬鹿だ」の一言だ。復讐なんてね、何の意味もないんだ。本当に。殺されたから殺してやったなんて永遠に繰り返すじゃないか。自分のところで食い止めるのだって勇気だった。それができなかった兄は自分勝手で最悪だ。



ブチャラティが拾ってきた亀の中で、私たちはくつろいでいた。100%安全とは言い切れないけれど、ひとまずはリラックスできる。トリッシュちゃんは私とお話したかったらしいけれど任務続きでピリピリした私に声をかけにくかったらしく、少しだけ落ち着いた私に近寄ってずっと隣で話をしている。

はお化粧してないわよね。興味ないの?」
「あんまり…、そういうのわからないし、周りに教えてくれる人もいなかったし」
「何にもしなくてもそんなに可愛いんだから、とびきりの美少女になれるわよ。平和に暮らせるようになったら私にやらせてくれない?」
「ええ、なんか恥ずかしいな。ほめすぎだよ」
「ううん、すごく可愛い。銀色の髪の毛なんて素敵だわ。さらさらに透き通っていてガラスみたい。大きな黒目も魅力的だし、その赤色もキラキラに光って、そこに私が映ってるのが見えるの、とってもどきどきする。肌も真っ白で陶器みたいにつるつるだし、ほんとうにこの中で最年長?信じられない」
「待って待って、何、どうしたのトリッシュちゃん、口説いてる?恥ずかしいんだけど…」
「そうね、私…のこと、好きなのかもしれないわ」
「…やだ、ブチャラティ私亀出たい、恥ずかしい、トリッシュちゃんこわい!」
「逃げないで、私はのそばにいたいだけなの!」
「ブチャラティー!」

トリッシュちゃんは隣に座っていたはずなのに、気づけばその手は太ももの間に差し込まれもう片方の手で私の頬をさすり顔を覗き込んでいた。結構歳の離れた女の子のはずなのに積極的すぎて押されまくっている。こわい。照れる。顔が赤くなりそう。

「トリッシュ、あまりをいじめないでやってくれ」
「ブチャラティ…だっけ、あなたものこと可愛いって思うわよね?」
「ああ、だから声をかけたんだ」
「み、味方じゃないの!?うわーんアバッキオ!裏切られた!」

トリッシュちゃんの手を振りほどいてアバッキオの背中に隠れる。うるせえと言うもののアバッキオは基本的に優しいから、私を振り払ったりはしない。ブチャラティが笑いながら悪いなと言うときは全然悪いなんて思っていない時だ。付き合いの長い私にはわかる。覚えてろよ。泣かせてやる。

護衛任務中だということを少し忘れかけていたころ、妙に亀の中が暑いことに気づく。なんか暑くない、と言う前に、ナランチャが急激に老いた。…おじいちゃんに。

「スタンド攻撃…!?」

トリッシュちゃんと私は特に何も起きていない。ナランチャが急激に老いた。他のみんなも少し年を取ったように見える。ジョルノの冷静な分析で体温によって老化が遅れているのではと言われたので、私は生きていられる程度にナランチャの体に花を咲かせて血液を吸い取った。白い花はどんどん赤く染まり、貧血によってナランチャの体温を下げる。今にも死にそうなおじいちゃんにんなっていたナランチャはおじさんくらいの若さに戻った。

「今はかなりの貧血状態だから、どうしても血液がないと死んじゃうって言う時にはその花を体内に押し込んで、戻るから。みんなの血も少しだけ抜くね。私は外の様子を見てくる」

全員の体に花が咲く。トリッシュちゃんにも、痛くないよう手の甲に花を咲かせると、綺麗ねと言って頬を染めたのでちょっと引いた。こわい。

「俺も行くぜ」
「ミスタ…じゃあ2人で行こう」

ミスタのピストルズは暗殺に向いている。本人に見えないところだって狙撃できるし、ピストルはどこに向けて発射してもいいから。

「ミスタ、冷房切れてる」
「つけるか?」
「絶対罠だと思うけど…やってみようか」

私は自分の血液から1つ花を作り出して、それをボタンに向けて飛ばした。中にはスタンドがいるから、ボタンくらいなら押せる力がある。冷房のスイッチはカチと音を立てて入って、それから釣り針と糸のようなものが飛び出して花を貫いた。貫かれた花は血液に戻って散らばる。

「…スタンドね」
「うっかり手で触ってたら…」
「あれに捕まってたってことでしょう…」

目を見合わせてほっと息をつく。あのスタンドの本体に近づく必要がありそうだ。冷房を見張る釣竿のスタンドは老化のスタンドとは別だろうから、少なくとも敵は2人いる。こっちも2人。油断さえしなければ勝てない相手じゃないはずだ。

車両を進んでいくと、氷を抱えて釣竿を操る男がいた。緑色の髪を植物みたいに立てている。独り言をきくと、あの釣竿は生き物の気配を感じ取ることもできるらしい。なかなかに便利な、”暗殺向きのスタンド”ね、とミスタに言うと、勝負だな、とピストルを構える。撃ちだされた弾は氷の容器を弾き飛ばした。どうやら臆病らしい男は氷がなくなったことにひどく狼狽えていて、老化のスタンド効果は無差別らしいことがわかった。あんまり頭もよくなさそうで、度胸もなさそうな男だ。カマをかけるにはちょうどいいだろう。

ミスタに隠れてもらって、私だけが姿を見せる。怒りより焦りが見える男は若いのだろうか。私を見つけても攻撃を仕掛けるより零れ落ちた氷を拾うのに必死だ。呆れてものも言えないという気持ちになったがぐっとこらえて、フードをそっと脱ぎ顔を見せた。

「リ、リーダー…?」

リーダーと言った。リゾットはまさか、暗殺チームのリーダーでもやっているというのか。動揺は見せてはいけない。知っていたというていで話す。カマをかけるのに、やっぱりちょうどいい相手だった。

「こんにちは。あなたたちのリーダー、リゾットは元気かしら。彼は来ないの?」
「リーダーは別のところに…お、お前だな、おいらの氷を吹き飛ばしたのは!」
「ふうん…あなたちのリーダー、リゾットって言うのね」

フードを深くかぶりなおして言うと、男ははっとした顔をした。だましたな、というけれど、勝手にしゃべったのはそっちだ。釣竿を勢いよく振ったので、その腕に花を咲かせて力が入らなくさせてもらう。あっさり釣り糸の勢いは弱まったのでさっと避けると、車内にいる人のほとんどが老化して事切れている人もいることに気づいた。無差別すぎる。老化のスタンドということは自分のことも老いさせて紛れ込むことだってできるかもしれないから気を付けないと、と思ったら、銃声が聞こえた。3発も。

釣竿の男はここにいる。男も銃声にはっとしている。隣の車両の扉を開けると、そこには頭から血を流して倒れているミスタと、ミスタを踏みつけ銃を構えている金髪の男がいた。

「ミスタ!」
「おっと動くんじゃあねえ、俺はやるといったらやる男だ。次は当てるぜ」

駆け寄ろうとした私の足を霞めて一発。あの銃はミスタのものじゃないから、きっとまだ弾は残っている。背後にはさっきの男、目の前にも敵。その足元には倒れたミスタ。帽子に穴があいているから絶望的…と思ったけれど、それにしては出血が少ないような気がする。なんでだ。一瞬で思考を巡らせて、私はミスタが氷を帽子の中にしまいこんでいたことを思い出す。弾が氷にあたっていれば。たとえばピストルズが1人でも老化していなければ。弾を止めることくらいできるはず。ミスタはラッキーマンだ。どんな混戦だろうとラッキーで乗り切るミスタは死なないはずだ。

それに、私はギャングだから、たとえ仲間が目の前で死んだって、その屍を踏みつけてでも任務を遂行しなければならないときがある。今はその時だ。動揺は飲み込んで隠した。

「あ、兄貴、その女リーダーに」
「あ?リゾットがどうした」
「顔が、」

言うより早いと思ったのか、釣竿が勢いよく飛んできてフードをひっかけた。油断していた。今のは殺す気があれば命を落とすタイミングだった。心臓が冷える。しかし私の顔を見て、もっと驚いた顔をしたのは金髪の男だった。ナランチャと戦っていたホルマジオという男も、鏡のイルーゾォも、こんなに驚愕した顔は見せなかった。さっきの男だってそうだ。しかしこの金髪の男は、はっきりと「驚いた」と見て取れる顔をした。

「…・ネエロか?」
「…ッ!?」

今度は私が驚く番だ。なんで知ってるの。やっぱりそっちのリーダーはリゾットで、そして私のことを話しているメンバーがいるということか。金髪は舌打ちをして、ペッシ、と私の後ろにいる男を呼んだ。

「そいつは”殺すな”」
「へっ!?いいんですかい」
「ああ、絶対に手を出すな。たとえ攻撃されても、だ」
「…なんなのあんたたち」

攻撃しないと言われたって私のやることはかわらない。緑頭の腕に花を目いっぱいに咲かせて死ぬギリギリまで血液を体外に出す。貧血でゆっくり倒れた男に気を使うそぶりもなく、金髪は私を見てさっきの驚きの表情は引っ込めたみたいだった。

「お前のスタンドは…予想だが、血液中にいる。その花で血液を操ることができるのか?」
「…さあ」
「警戒するなよ、俺はお前を攻撃しない」
「私はあなたを攻撃するわ!」

花が血液を吸い上げるとわかってしまったなら、体に咲いた花をちぎられてしまうかもしれない。だから喉の奥に花を咲かせる。う、とえづいて花を吐いた男はそれでもどこか楽しそうな表情を浮かべる。

「はっ…、そっくりじゃねーか」
「なんなの…」

そのまま、貧血で全身がほとんど白くなって意識を失うまで花を咲かせた。これできっとしばらくは動けないはずだ。ミスタ、と声をかけると、おめーの兄貴は暗殺チームのリーダーか?と声を掛けられる。今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょうと言いながら体を抱き起して、やっぱり生きていたミスタは予想通り弾丸をピストルズが食い止めたらしい。本当にラッキーなんだから。

「一瞬だけど、死んじゃったかと思ったよ」
「俺が死ぬかよ」
「だよねえ。ミスタはラッキーだもんね」
「痛てーことにかわりはねーけどな」

なんとか亀までミスタを連れ込んであったことを話す。どちらにしろこの列車に乗っていることは敵にバレているだろうから下車したほうがいいんじゃないか、そうだとしてもボスからそのような指令がないことには、と言い合っているうちに、サンタ・ルチア駅の前にあるライオン像からディスクをとってくるようにと指示が入った。ジョルノとミスタを送り出す。本当はついていきたかったけれど、連戦でさすがに体力がつらかった。何かあれば私の名前を出してみてと言っておいたから、何かあってもそれで一瞬の隙くらいは稼げるだろう。

亀の中で少し眠るね、といった私に、トリッシュちゃんはとても嬉しそうに膝枕をしてくれた。こわい。けど、今だけはちょっとだけありがたかった。