ポンペイには明らかに違和感のある鏡がかかっていた。フーゴがそれを見て誰かいると繰り返すけれど、何も映らない鏡を見てそんなことを言われてもどうしたらいいかわからない。見間違いなんじゃないの、と言ったところでフーゴの姿が消えて、私は即座にその鏡を叩き落として地面に伏せた。

「何してるんです、今はフーゴを探さないと…」
「フーゴはさっき鏡にいない人が映ってるって言った。突然いなくなるってことは何か攻撃を受けた可能性が高いし、それならこの鏡が1番怪しい。とりあえず映らなくしておいた方がいいかと思って」
「なるほど…」



*



鏡に引き込まれたことに気づくのに時間はかからなかった。フーゴは周りの風景と時計を見てあっさりそれを理解し、イルーゾォに向き合う。

イルーゾォは敵が4人いること自体は特に問題にならないと思っていたが、鏡の外から聞こえる声に舌打ちをした。俺の能力に気づくのが早い。あの鏡を伏せられたら別の鏡がある場所へ移動させないと引き込むことはできない。しかしそれは同時に、フーゴを同じ場所から出せないということにもなる。いずれ打開策を思いつかなくなれば再びあの鏡を覗くだろう。その前にこのフーゴとかいうガキを殺してしまってもいい。



外の世界では、が突然ナイフで手首を切り裂いた。その様子にジョルノは何してんですかと焦り声をあげたが、アバッキオは跪いてその傷口に口をつけた。

「な、何して…」
「ジョルノも、気持ち悪いだろうけど飲んで、お願い」

差し出された手首はほとんど無理矢理に口につけられ、抵抗しようにも少しだけ飲み込んでしまったそれは体内に吸収される。

「あそこでパープルヘイズが暴れてるってことは、フーゴは今パープルヘイズと離ればなれってことだわ。つまり敵のスタンドは本体とスタンドを切り離せるのよ。私のスタンドは血液の中にいるから、私かアバッキオかジョルノ、誰か1人でも私のそばにいれば私はそこから攻撃ができる」
「…すごいんですね」

そうでしょう、と笑ったは立っていて、ジョルノはその手首に口づけるためしゃがんでいたので、初めて見上げて顔を見た。フードの下で陰になっていてもわかる赤い双眼は鋭く光っていて、声色よりずっと冷たい。

「敵はたぶん、鏡の中にいる…スタンドにはいろんなものがある、そんなのがあってもおかしくない」

ジョルノから目を背けたの手首には赤い花が咲いていた。流れていた血は止まっている。言いながら倒れた鏡を持ち上げると、そこには黒髪をいくつかに結んだ男が顔を見せていた。

「ご名答。お前らのスタンド以外を許可する!」

瞬間、反転した世界に転がり落ちる。4人全員を一度に引き込んでしまって戦えるのだろうかと思ったがそれは敵へのアドバイスになりかねないのでやめておいた。

「随分頭のキレる女がいるな。ホルマジオをやったのもお前か?あいつの能力はくだらないがそう簡単にやられる奴ではないからな」
「そうね、私よ」

鏡に引き込んでしまえば勝てると思っているのか、イルーゾォという男は随分と強気だった。しかし彼のスタンド以外を許可するという能力は自分がスタンドと認識していないと効かないらしい。は体内でブラッドローズがうごめくのを感じていた。つまりはいつでもスタンドを発現できる。
油断しきって近づいてくるイルーゾォののどに花を咲かせた。咳き込んで花弁を吐く姿は敵とはいえなかなかの容姿の男だったので、素直に綺麗だなと思う。何が起こったのかわからない様子で狼狽える男に近づいて、は頭2つは違いそうなその体を真下からにらみつけた。

「あなたを倒す前に聞いておきたいの、私の顔に…見覚えはないかしら」

フードを脱ぐ。イルーゾォは目を見開いてゴクリと喉をならした。

「…知らねーなぁ」
「知ってるのね」
!離れてください!」

問い詰めようとした瞬間、ジョルノの大声にぱっと飛びのく。さっきまで私がいた位置にいるジョルノの腕はぶつぶつとあわだっていて、パープルヘイズのウイルスに感染していることがわかる。

「ジョルノ、まさかそれ」
「ええ、パープルヘイズのウイルスです…近づかないでください」

ジョルノはウイルス感染したまま鏡の世界にやってきていたらしい。ここでイルーゾォに感染させてしまえばたしかにスタンド自体が入れなくたって問題ないけど、それじゃあジョルノだってやられてしまう。ウイルスにかかった方の手に少しだけいるスタンドを寄せ集めて防いでみたけど、これじゃあ気休めにもならない。

しかし、ジョルノは先の先まで読んでいたのか、結論から言えば勝ってしまった。イルーゾォはパープルヘイズのウイルスに感染した腕を切り落として鏡の外に出たけれど、鏡の外でパープルヘイズに襲われ再び感染してしまったからだ。ギリギリのところで能力が解かれたから、私はウイルスでぐずぐずになったイルーゾォの腕を全て花に変えて切り落とした。きっととても痛いと思うけれど、それ以上ウイルスは回らず死なないはずだ。激しく滴る血もすべて花に変えて止めておいた。
浅い呼吸を繰り返す男のそばにしゃがみ込む。危ないですよというフーゴの忠告は気持ちだけ受け取っておく。

「聞こえる?あんた、私の顔に見覚えがないっていうのは本当?」
「…さあ、な…」

それきり男は目を閉じてしゃべらなくなった。舌打ちをして座り込んだ体を蹴り飛ばす。抵抗なく倒れてしまったので、気を失ったのかもしれない。

「…帰ろっか」

アバッキオだけちょっと重症ではあったけど、キーは見つけたし敵は倒した。ジョルノの戦い方をみて当たりの強かったフーゴは少しだけ気を許したみたいだったし、早く戻って次の行動に移ろう。さっきのあの反応は、絶対に私の顔を知ってるっていう顔だったから。