の電話の情報を元に周辺の偵察に出かけたイルーゾォは、2人の死を知らないままに護衛チームの乗る車を追ってポンペイにいた。そこに護衛チーム全員の姿はなかったから、先に出た2人はとっくに誰かしらを片づけたのだろうと思った。
ホルマジオのスタンドはくだらないが、それを最大限有効に活用できる頭を奴は持っている。そんなこと面と向かって言えるわけもないし態度にだって出してやらないが、仲間としては確実に認めていた。
だってそうだ。私生活はてんでダメ。どんくさいしすぐに皿を割るしミスをすれば泣くし、精神のバランスの不安定な奴だったけど、仕事となるとピンと張りつめた空気を出せる奴だった。

それは住む家なんかないままに生きてきた過去のせいなのだろうと思うといっそ哀れですらあったが、自分たちの仲間として、暗殺者として、ホルマジオが一人前と認めると言ったその言葉に反論する者が誰もいなかったのが答えだろう。

だからその言葉が理解できなくって、それは隙になった。

「暗殺チーム…ナランチャが殺したって言ってた2人の仲間でしょう」

なんていう新入りの言葉が、耳に入って情報にならず音として消化される。反芻する。殺した、2人だって?まさかそんなはずがない、あの2人限ってそんなことは。

別に特別な感情を持ってなんかいなかったけれど、時々と2人で遊びに出かけるとき、イルーゾォ、イルーゾォと名前を呼んでついてくるは妹みたいで本当に可愛いと思ったんだ。それなりの歳まで普通の家庭で育ったイルーゾォは一人っ子だったけど、きっと妹がいたら間違いなくこんな感じなんだろうと。

物心ついた時から既に家がなく生きるためには戦うしかなかったと聞いているが、それならどうしてこんなに純粋に育ったのだろう。きっと俺よりずっとつらい思いをして生きてきてるだろうに、自分よりずっと悪意なんて知らないような顔をして笑うに、その日見た映画の感想のついでにぽろりと聞いたことがある。

「俺なんかよりずっと生い立ちは不幸だろうに、なんでそんな風に笑えるんだ?」って。

何を言ってるのかわからないみたいな顔をして、は「幸せって、どういうことかわかんなかったの。だから不幸だなんて思わなかった」と言った。ああ、と腑に落ちて、にとってはごくごく普通のなんてことない日常をただ生きて来ただけなんだなと理解した。無神経なこと言ったな、と謝ったけれど、気にした様子もなく「今またあの生活に戻ってしまったら、私はきっとこうして映画も見られない自分をとても不幸だって思うよ。幸せを教えてくれてありがとう、イルーゾォ」って言って笑った。
俺もも暗殺者なのに、この笑顔を守ってやりたいなと思ったんだ。ホルマジオが仕事上の兄貴であるなら、俺は1人の人間としての兄になってやりたい、だなんて。

できることならこの手で守ってやりたかったし、安全な鏡の世界に閉じ込めて、こんな戦いに巻き込みたくはなかった。けれどそれはを1人の人間として認めていないも同然だ。ホルマジオもついているのだから安全だって信じていた。俺たちの仲間は絶対に負けない、だから大丈夫だと…そう思って送り出した。それが、まさか。

ウイルスに感染した腕を切り落として外の世界に出て、まだ戦えると思ったけれどパープルヘイズが目の前にいた。そいつも鏡の世界に、と思うより先にそのこぶしが迫ってきて、それさえ避ければと、まだまだ諦める気なんかなかった。俺は生きたかったし、最近見た映画の前にやっていた広告で、また面白そうな映画がやるって言ってたんだ。一緒に見ようなって約束して、約束だよってが笑って…。

受け止めた拳からカプセルが離れて弾けて、もうダメだなと思った時、なぜか自然と涙が浮かんだ。すぐに体が溶けてなくなったから一瞬だったけど、何年ぶりに流したのかわからない涙はきっと何かの死を悼むのに流れた、ただの人間みたいな涙だった。




*





ギアッチョ並に声を荒げるメローネなんて、メンバーの全員が初めて見た。すでにイルーゾォは出かけていたからその場にいたのはプロシュート、ペッシ、ギアッチョ、それからリゾットだけだったが、電話の向こうの音が聞こえなくても何かイレギュラーが起こっているのだということはわかる。ギアッチョがメローネに掴みかかり何があったのかと怒鳴っても、メローネはその腕を振り払い電話に向かって叫び続ける。

、おい、どうした、おい!!ホルマジオ!!いるんだろ!?に何があったんだよ!!!おい…なんだよその音!!!聞こえてんだろ!?」
「メローネ!かわれッ!!落ち着けメローネ!!」
「うるさいギアッチョ!の声が聞こえないんだ、!!」
「…んだと?」

さすがに見かねたプロシュートがメローネを押さえつけたことに助けられて受話器を取り上げたギアッチョがそれを耳にあてる。
向こうでは、ごうごうと何か燃えるような音と、それからときどき爆発音。
電話のノイズは激しい。

「…プロント」

もし何かしゃべるのであれば、それを邪魔しない小さな声だ。震えているような気もした。
ザザ、とノイズがひどくなる。その向こうに、かすかに声が聞こえた。低い、ホルマジオの声だ。

『…んなに、冷たくなって…、しょーが、ねえ、なあ…、……っしょに、いっ…』

おい、と声を出したけれど、それはひときわ大きな轟音と共にブツリと切れて向こうには届かなかった。受話器を持って立ち尽くす。

「…死、んだ?」

ギアッチョが出すにはあまりに細い声だった。暴れていたメローネがピタリと止まって、それから自分を押さえつけていたプロシュートを押しのけてギアッチョの胸倉を掴む。

「おい、今なんて言った」
「…とホルマジオが、死ん」
「そんなわけないだろふざけんなよ!」

ガン、とメローネの拳がギアッチョの頬に入った。再びプロシュートが抑え込んで、リゾットもギアッチョに駆け寄ったが、ギアッチョはやり返さなかった。降ろした拳を握りしめて震えている。

「…回収、行ってくる」
「おれもいく」

リゾットの伸ばした手を振り払い、ギアッチョは玄関へ向かった。それに駆け寄るメローネに何も言わないから、ギアッチョは大人しく連れて行くようだ。

「…が、そんな…嘘だよな…」
「…うろたえんなペッシ」

メローネに振り払われた手でタバコに火をつけようとして、3回もつけそこなったプロシュートは舌打ちをしてタバコを握りつぶした。リゾットも無言のまま。まだ何も目で見て確認はしていないから、もしかしたらギアッチョとメローネが怪我をしたとホルマジオを回収してきてくれるかもしれない…だなんて希望を、胸の中にほんの微かに抱いた。





消防車が囲む街は騒がしく、規制線が張られて中に入ることはできなかった。そんなもの見えないように乗り越えて現場に立ち入ったメローネとギアッチョに消防士や警察が詰め寄るが、ギアッチョが睨みを利かせこういうときばかり役に立つパッショーネのバッジをチラつかせる。

「巻き込まれた人はいなかったかい?」

先ほどまでの激情が嘘のように凪いだメローネが、うさんくさい笑顔を浮かべる。しかしそれは普段のメローネを見慣れているギアッチョだからそう感じるだけで、警察はガラの悪いギアッチョと比べ話の通じそうな奴が来たと感じたらしい。緊張感は少し和らいで、不思議なことに、燃え盛る炎の中からほとんど火傷も負わずに見つかった遺体が2人分、と答えた。

「…そう。案内してよ、おれの家族かもしれない」
「ええ、はあ、すぐに確認します」

無線機でどこかとやり取りをする警官はメローネの瞳からすっと光が消えたのに気づかなかった。無線で連絡を取る警官を見つめる目はホワイトアルバムよりも冷たいかもしれない。それはギアッチョが思わず鳥肌をたてるほど。

「…確認できました。あちらです、別の者が案内します」
「ありがとう」

指をさした方向に立っていた警官が1人、帽子を少しだけ脱いで頭を下げた。平静を装ってはいるもののいつもよりずっと大股で速く歩くメローネに、何を焦っているんだという呆れた気持ちを抱きつつギアッチョの歩みも速くなる。警官に連れられて歩いていると、くるりと振り向いたメローネが、何か変わりたがる表情を押さえつけるみたいな変な顔をしてギアッチョの足元を指さした。

「冷気、漏れてるんじゃない」
「…チッ」

足元を見れば、靴で踏んだ地面が白い。振り返るまでもなく歩いてきた跡がわかるほど地面を凍りつかせながら歩いていた自分に気づかず、内心でもう一度舌打ちをした。







その遺体は火傷のあとこそほとんどないものの、左腕にはひときわ大きな撃ち抜かれた穴があったし、後ろから撃たれたのだろう、背中や後頭部には無数の穴があいた痕があった。それでも顔は綺麗なままで、おそらく銃弾の何かが致命傷になったあとはスタンドが暴走でもして体の傷を”直した”のではないかというのが俺の予想だった。の物を直すスタンドは治すことはできなかったけれど、物を直すのであれば遺体の傷なら消せるんじゃないかってずっと考えていたんだ。一人前になって、次に一緒に仕事に行くときには試してみようかな…なんて思ってて。きっとできたんだろうね、死んだ後も暴走し続けてホルマジオまで直したんだとしたら、まったくなんて大きな愛なんだ。もう死んでいる仲間に嫉妬するほど。

、痛かったかい?」

抱き起した体は力が入っていないけど、だらりともたれかかってきたって全然問題ないくらいにの体は軽かった。こんなに軽い小さな体で、俺たちと同等に仕事をこなしてきた。ここしか居場所がないとはいえ、それがどれだけ大変なことだったか、いつも考えてはいたけれど俺たちの想像なんかはるかに上回っていたに違いない。そんなことを、君が死んでから考えて、そして泣きそうになっているなんて、が見たら笑うだろうか。

「熱かっただろ」

焼け焦げた衣服はちゃんとの身体を覆い隠していたからほっとしたよ。きっと俺しか見たことがないの身体は、誰にも見られないまままもられて良かった。俺はのことが大好きだったのに、愛していたのに、冗談みたいに死亡フラグだなんて言って笑って、結婚しようなんて言ったせいかな。もっと本気だったんだって、ちゃんと伝えておけばよかった。いつどちらかが死んでしまったっておかしくない仕事だから、いつだって後悔のないように生きてきたはずだったのに、どうしてこんなに肝心なことをはぐらかしてきたんだろう。

「結婚しようって言ったじゃないか。返事もしないで死ぬなんて、は酷い女だな」

嘘だよ。酷いなんて思ってない。は立派に戦ったんだって、この状況を見たらわかる。電話の向こうの音、本当は全部聞いていた俺は知っている。教育係だったの兄貴のホルマジオ。彼のピンチにが体を張らないわけがなかった。
だからホルマジオと行かせるのは嫌だったんだ。俺たちよりもずっと過酷で危険な路地裏で育った。リーダーに拾われてこのチームに来て、感情を表すようになり笑うようになってもその命への認識の軽さは変わらなかった。自分の命の価値をあまりにも軽く見ている。どうせあと数年も頑張れないで死んでいたであろう私の命、このチームに捧げたいです。だなんて馬鹿なセリフを言う女の子だったから、仕方がないけど。致命傷は撃たれた傷のはずなのに、それでもを抱きしめたまま死んでいたホルマジオもきっと、最後までを守ろとしてくれたんだ。しかたがない、運が悪かった。それだけだ。

がいないんじゃ未来を夢見たって仕方がない。俺のこの後の戦いは敵討ちだ」

キラリと、少しはだけた胸元から何かが光った。つながっているのはチェーンだ。はアクセサリーなんかしない子だったはずなのに。あわててそのチェーンを引っ張ると、その先には1つの小さな指輪が繋がれていた。ゴールドのメッキに緑色のガラスがはまった、おもちゃみたいな指輪。それはいつだったか、つまらない仕事の帰りにふらりと立ち寄った夏祭りでが「可愛い」って言うから買ってあげて、今朝みたいに冗談めかして「俺と結婚してくれるかい?」って言いながら渡した、そんな指輪だ。何言ってるの、しないよ。でもありがとう。そう言ってから指にはめて、子ども用の指輪は小指にしかはまらなくて、これじゃ結婚指輪にはできないねぇって笑った顔がいつもよりずっと大人びて綺麗だと思ったんだ。

「な、んで、これ…」

そういえば、あの時の指輪ってまだ持ってる?って、ふと思い出して聞いたことがある。その時は何のことかわからなさそうな顔をして、うーん、たぶん、部屋を探せばどこかにはあるんじゃない?なんて全然気にしていないような返事をした。もちろん本気のプロポーズでもなければエンゲージリングでもないそれがどうなったってあんまり気にはしなかったけど、ほんの少しだけ残念だなとも思っていて。

それが半分メッキが剥げた状態で、死んだの胸元から出てくるなんて。

…、これ持ってたんだな…、ずっと…っ、う、……」

まさか自分がたった1人の女の死で泣くなんて、想像もしていなかった。ギアッチョだっているのに、警官だっているのに、自分はギャングで暗殺者で、今までに何十人なんて単位じゃない数の人を殺してきたのに。冷たいの体を抱きしめて、自分の顔が誰にも見えないように隠して。かみ殺しそこなった声は漏れ出していたんだろうけれど。気がすむまで泣いたら、の敵を討って、それから……、すぐに、会いに行くことにするよ。少しだけ、待っててくれるかい。





ああ、こいつは泣くな、と思った。けれど意外にもメローネは泣く寸前の表情をずっと保ったまま、の亡骸をだきかかえて独り言のように話しかけ続けた。2人の遺体を回収していくというのは適当に金を握らせればあっさりと話が通る。
ホルマジオの遺体をだきかかえようとして、随分重たい身体だな、と鼻で笑った。これだけのガタイがありながら、炎で死ぬなんて情けない。あっさり殺してしまうのと情報を聞き出さなければならないのだと勝手が違うというのはわかっているのであんまり責めるのもおかしいだろう。

でも、それにしたって。ギアッチョはやり場のない感情をどこにぶつけたらいいものかずっと試案していた。いつもなら近くにあるものに当たり散らすはずの感情が、自分よりもずっと苛立っているメローネの様子を見ていて消えてしまったのか、やり場のない気持ちは胸の内に渦巻いて消化しきれなくなっているらしい。
を守ってやるのは自分が良かった。自分じゃなくても良かった。誰でもいいからを守ってほしかった。

という女はまともな教育を受けたことがなくて読み書きができなかった。なんだお前、読めないのか?なんて無神経に聞いた時、一瞬だけ傷ついたような顔をしてすぐに笑った。そうなの、私、学校行ってないから。じゃあ俺が教えてやるよ、なんてすぐに返事ができたのは今までの人生で5本の指に入るファインプレーだっただろう。
いつからだったか、なぜだったか、そんなこと思い出せないしわからないくらいに最初からギアッチョはが好きだった。理屈なんかじゃなく愛ってものは感情で、心がそうなってしまうらしく、説明のつかないそれに苛立つことだってあったけれどすぐに忘れた。のそばにいることはそれだけでギアッチョの心を癒したし、無性にイラつく気持ちだってがふわりと笑えばそれだけで消えてしまうことも多かった。。

ずっと見ていたからわかる。はメローネが好きだ。きっと本人はそれを自覚していないこともわかった。メローネものことが好きで、そしてが自分を好きだって言うのには気づいていないこともわかっていた。どうしてこうも鈍感なんだか、とあきれるやら悔しいやら複雑な感情の名前はわからなかったけど、ギアッチョにとってそれは敵わない恋だった。憎まれ口を叩いて喧嘩をしたりしながらも、ギアッチョはきっとメローネや他の仲間のことも好きだったから。

物心ついた時には外に住んでいて、親の顔を知らないというはその年齢すらも不明だっていうけれど、ギアッチョだって似たようなものだ。生まれつきホワイトアルバムが使えたギアッチョは、産まれて早々癇癪を起こして泣いて両親も看護師も全員死なせてしまった。預けられた施設の職員も同じで、やがて呪われた子、気味の悪い子なんて言われるようになる。3歳くらいの頃にはもうその能力についておぼろげに理解して制御ができるようになったが、それでも過去の経歴から周りの目は冷たかった。運よく孤児院に引き取られていたから最低限の勉強はできたけれど、ときどきその噂を聞いた奴にからかわれるなり氷漬けにして粉砕し殺して気づけばギャングだ。俺ならお前のつらい生い立ちだってわかりあえる、なんてそんなこと、まるでドラマか何かのセリフみたいで考えるだけでも恥ずかしかったけど、そう思ってた。

好きだけど、気持ちを伝えるつもりもなければ付き合いたいだとかでもなく、ただその笑顔が失われなければいいな、と思った。だからひどくイラついているような、それとはまた違うような、そんな雰囲気をまとったメローネがの部屋に消えたあの日、ギアッチョはその腕をつかんで引き止めるかどうかとても悩んだ。行かせても良いのか、それはを傷つける目ではないのか。結局何もなかったようで様子がおかしくなることもなかったからほっとしたけれど、その時初めてそれが嫉妬などではなく、ただ2人ともに傷つかないでほしいという気持ちだったことに気づいた。どちらも仲間として、家族としてギアッチョは2人のことが大切だった。

「メローネ、話がついてるうちに帰んぞ」
「……」
「おいメローネ、聞いてんのか」
「…ああ、聞こえてるぜギアッチョ」

を抱きしめたまま顔をあげないメローネの声は泣いたせいかかすれている。情けない、なんて言えなかった。もしメローネがいなかったら、きっと叫んで暴れてこうして泣いていたのは自分だっただろうという確信があったから。

「…悪い、帰ろうか」
「…おう」

そっと横抱きにしたの首が力なく俯くのを見て舌打ちをした。けれどメローネはただ愛しいという表情を浮かべたままその額にキスをして、帰ろう、ともう一度呟いて車を目指して歩き出す。来るときとはずいぶんと異なる、とてもゆっくりとした速度で。
引きずるようにホルマジオを抱えて歩くギアッチョの足元も、来るときとは違って凍りついたりはしなかった。