はホルマジオを兄貴って呼んで、2人で組む仕事はほとんどホルマジオと一緒だった。プロシュートいるところにペッシあり、ホルマジオいるところにあり、というようにいつだって一緒にいるのはとペッシが新人で、1人立ちさせるにはまだ少しだけ早かったから。といっても、はもうすでに殺しの経験はあったし、ホルマジオが見守る中ほとんど1人で任務を遂行することもあった。だから今回の仕事が終わって、待遇が改善されたら。その時はもう、も一人前の暗殺者として認めてやってもいいだろう。

「この仕事が終わったらよ、お前も一人立ちするか?」
「本当!?聞いたペッシ、私の方が先に一人前になっちゃいそうだよ」
「ええ!?あ、兄貴、俺は…」
「あ?なんか言ったかマンモーニ」
「あはは!」

アジトには緊張感が満ちていたけれど、私たちは笑っていた。ソルベとジェラートって言う皆の仲間を私は知らない。欠員の補充というもっともらしい名目でリーダーが上に報告する形で拾われた私は、その時のみんなの絶望を知らない。ボスへの反感の気持ちも、だからみんなよりはずっとずっと小さかったけれど、私はみんなと一緒にいる人生が今までで一番幸せで、楽しかったから、みんながそうしたいのなら私だってそうしたいと願った。

「でもね、そういうのって死亡フラグっていうんだって。映画とかでよくある、『この戦いが終わったら結婚するんだ!』みたいなやつ」
「確かに、その展開はありがちではあるな」
「そんな迷信、俺たちには通用しないだろ?なあ、この戦いが終わったら、俺と結婚しないか?」
「…メローネ、そういうのはもっと真剣に言ってよね」

イルーゾォは鏡越しに無料映画館訪問をすることがあって、私もたまに連れて行ってもらったりもしたけれど、だから映画には詳しかった。なるほどとうなずいてストレートに話を聞いてくれる人はメンバーでは珍しいので自然と笑顔になる。メローネはメローネですぐふざけて私にそういうことを言うからあしらってしまったけど、いつもそういうメローネはいつだったか本気の目をして私に触れた。はぐらかし続けて来たけれど、そうだね、もしこの戦いが終わったら、結婚とまではいかなくっても、素直な気持ちを伝えてみてもいいかもしれない。

「暗殺者同士で結婚なんてやめとけ、お前は足洗って店でもやるのが向いてんじゃねーの?文字も読めるようになったんだしよ」
「ええ、せっかく一人前になるのに」
「ギャングなんて向いてねーんだよ、お前は」
「ひどい!ホルマジオ、私の兄貴として言い返してよ!」
「まあ向いてるとは言い難いけどよぉ…」
「う、裏切りだ!」

ギアッチョは文字の読めない私に読み書きを教えてくれた。報告書も書けるようになったし、これから向かう場所のデータだってちゃんと自分で書類を見てインプットした。みんなといるこの生活をやめたくはないけれど、そうだね、もし少しでも私たちの待遇が変わって、もし縄張りなんかもらえちゃう日が来たら、その時は…その時は、小さな喫茶店とかをやってみるのもいいかもしれない。仕事終わりのみんなが、ほっと落ち着きに来るお店。それは魅力的な未来に思えた。

「騒がしいぞお前ら…」
「リーダー!」

にぎやかな私たちに呆れたような声で、リーダーが部屋から出てきた。けれど表情は少しだけ笑っていて、この戦いが終われば私たちはもっといっぱいのお金をもらって、もう少し楽しく生きて行けるはずだから。

「じゃあ、そろそろ行こうか」
「無茶すんなよ?」
「ホルマジオこそ、慢心してやられちゃったりしないでよ」

みんなと目を見合わせて、笑って。バタン、と重たい音を立ててしまった玄関に背を向ける。こうやってみんなで笑い合うのが最期になるなんて夢にも思わなかったし、またこの扉を開きに帰って来るって、この時の私は信じて疑わなかった。






ナランチャを見つけて、怪しいって言ったのはホルマジオだった。だからこっそりあとをつけて、化粧品やストッキングを購入したナランチャにぶつかって転んでみた。

「いたた…、す、すみません。大丈夫ですか?」
「悪ぃ、よそ見しててよ。立てるか?」

ナランチャはそういって手を差し出してくる、ごく普通の少年に見えた。私より少しだけ年下かなとは思うけれどよくわからない。立ち上がる前に、床に散らばってしまったストッキングを拾って手渡した。

「おちちゃいましたね…、あれ、ストッキング?…あなたが?」
「ち、ちげーよ!その、わけありで買いに来られない女がいてよお…お使いだよ」

ぽかんと口を開いたのは私だった。素直すぎる。だってそんなの、もう決まりじゃないか。わかりやすすぎるって思ってあっけにとられてしまった私の態度も、わかりやすかったらしい。怪訝な顔をしたナランチャはすぐにはっとした顔になって、デパートの中だというのにスタンドを発動した。

「っ…!」

スタンドに戦闘力のない私があんな飛行機と戦うなんて無理すぎる。ポシェットの中にいたホルマジオが間一髪、石でできた壁の破片をばらまいてくれたので、阿吽の呼吸で元に戻して一撃目は防いだ、はずだったのだけどあまりにも早いそれに私は左腕を貫かれた。

!…チッ、その辺に隠れてられるか?」
「う、うん…ごめんなさい、ホルマジオは?」
「おめーはとりあえずこの場所を連絡しろ。俺がナランチャをやる」
「わかった、本当にごめんなさい。…気を、つけて」

私の服の裾を裂いて二の腕を強く縛って、それからホルマジオは頼もしい笑顔をうかべて去って行った。ずるずると壁に寄り掛かって座り込んだ私は携帯電話でアジトに電話をかける。それをとったのはメローネだった。

?…どうしたその声、怪我でもしたか?」
「う、うん、それはいいんだけど…、まずは聞いて、護衛の奴を見つけたの。きっと戻る場所もそれほど遠くないはず、場所はね…」

外から戦いの音が聞こえて、私は電話を耳にあてたまま窓の外を覗いた。その瞬間、息が詰まる。

「ホルマジオ!!」
「おい、どうした、おい、おい!」

耳元でメローネの声がきこえたけれど、電話を切ったのか切っていないのかいつも通りポシェットにつっこんだのか投げ捨てたのか、そんなことも思い出せない勢いで私は窓ガラスをたたき割って外に飛び出した。2階でよかった。3階だったら着地に失敗してただろうな。そんな場違いにゆっくりした思考が流れつつも、私の視線はホルマジオの背後で穴の開いた車に向いていた。窓の外から見たのは、小さくなったエアロスミスがエンジンタンクを撃ち抜いたところだったから。直さないと、あの穴をふさがないと爆発してしまう。ホルマジオは狙いが見当はずれだって笑っていたけれど、私が飛び降りて来たのに目を見開いて怒鳴った。それどころじゃないんだよホルマジオ、そこから離れて。

言うより先に私の足は動いていたし、時間の流れはとてもスローモーションに感じた。火種がみえる。スタンドの射程距離まではまだまだある。気づいていないホルマジオは車のそばを離れない。頭と喉がやっとつながって、「後ろ、エンジンに火が、」までなんとか叫んだと思った瞬間、轟音が振り返ったホルマジオを襲った。

「ホルマジオ!!」

すごい炎でホルマジオが見えなくなったけれど、中央の塊が小さくなった気配は感じた。とっさに持っていたナイフで腕を切り裂いて近づけば、ホルマジオはもう自分の血液で全身を覆った炎を消していた。

「あ、よ、よかっ…」
「無茶すんなって言っただろーがよぉ!」

パックリとひらいた私の腕を見て怒鳴ったホルマジオも、結局は同じ方法で炎を消したのだから文句は言えない。爆発した車を直して、一時しのぎだけれど炎はとまる。次からは気を付けることができるからきっと大丈夫だ。そう思って、私はほっと息をついてしまった。

ホルマジオは私に数多くのことを教えてくれた。気配の消し方や尋問の仕方、脅しのやり方、人間の急所はどこか、体格差があっても相手を押さえつけられる方法、それからアジトで暮らす共同生活の仕方なんかもそうだ。
そんなホルマジオの教えの中で、最も大切だと言われていたこと。戦場においては一瞬たりとも気を抜いてはならない。

ガソリンタンクに両手をあてて車を直していた私の背後でエアロスミスの音が聞こえて、ホルマジオの怒号が聞こえて、それから、小さなメローネの声が聞こえたから、電話、切ってなかったかも。って思ったくらいで…、意識はぷつりと途切れた。





という女は、ある日リーダーが突然連れてきた子どもだ。汚らしいみすぼらしいなりの少女を連れて来たときは気でも狂ったのかと思ったし、連れてきた理由を欠員の補充だと言った時もやっぱり気が狂ったのだと思った。しかし、伸びっぱなしだった髪を切りイルーゾォとメローネとプロシュートが中心となって身だしなみを整えれば、まあみられる容姿にはなった。見た目よりも年齢は高いはず、たぶん、というはいつどこで生まれて今は何歳なのか、あんまり記憶はないという。教育なんかプロシュートでいいだろうって思ったのに、リゾットはリーダー、プロシュートにはペッシ、じゃあホルマジオだな…なんて年齢順に雑に教育係に決められた俺。

正直、メローネとかイルーゾォとか、多少は物腰の柔らかい奴の方がいいんじゃねーかと思った。自分で言っていて悲しくはあるけれど、女の子と呼んで違和感のない年齢のからしたら、自分は怖いんじゃないかと。

けれど、路地裏育ちってのは強いもんだな。意外にも、時々思わず怒鳴りつけてしまうこともあったけれどはおびえなかった。根性はある。面倒を見ていれば情も沸くというもので、次第に表情豊かになっていくが可愛くてつい「お前は本当に可愛いな」と頭をぐしゃぐしゃに撫でまわしたある日、驚いたあとに過去最高得点を誇る綺麗な笑顔を見せた。たぶんそれからだ、こいつは俺たちの家族で、大切な妹だとはっきり認識したのは。暗殺を生業とする自分たちの仲間なのに、守ってやりたいだなんて馬鹿なことを思った。

を、こんな仕事に連れ出すのは嫌だった。けれど家族として、仲間として、除け者は気分が良くないよな。絶対に守ってやるという自信と一緒に、戻ってきたら一任前だなんて約束をして出てきたのに、あまりにも情けない。その小さな体に無数の風穴があいて、爆発に飲み込まれるのを目の前で見るしかできなかったなんて。

その怒りは自分に対して向いていた。絶対に守ると言いながら最終的には守られた自分自身への。自分たちの仲間で、彼女が最も生への執着が薄いのだと知っていたはずだったのに、根本的には理解できていなかったのだ。

怒りに身を任せ一時はナランチャを絶体絶命の状況に追い込んだにも関わらず、その遺体を巻き込む形で街を燃やされてしまえばそれをかばわずにはいられなかった。死なせてしまったことへの懺悔と、それから死んでいるとはいえあれ以上傷つけたくなかったのと。遺体を抱いて炎に包まれたとき、これ以上生きながらえようと思う気持ちにならなかったのはその腕の中の温度がもうほとんどなくなっていたからで、この温度を亡くしてまで欲しい未来なんて、もう思いつかなかったからかもしれない。しょーがねえなあ、一緒にいってやるか。