ほんの少しだけお別れだね。そう言って、メローネはゆっくりとおだやかに目を閉じた。私の手を握る力が抜けて布団に音もなく沈む。冷たくなっていく体はもう動かない。心臓の音も聞こえない。

私たちも歳をとったね。何歳になっても年齢不詳に若く見えるメローネ。私ばっかりおばあちゃんになるみたいで悔しかったんだけど、でもこうやって見ると、やっぱりメローネだっておじいちゃんだ。刻まれた皺の1つ1つをそっと撫でる。たくさん笑って生きてきたね。私たちは、他の皆の分もちゃんと生きられたのかな。

もう何にも怖いものなんてないから、私も涙なんか流さなくてよかった。その隣に寄り添って目を閉じる。こういうの、わかるんだねえ。私の時間も、もう終わるみたいだ。



素敵な仲間と過ごした時間はほんの1年と少しだった。メローネはもう少し長かったみたいだけど、私はそれだけ。何十年と生きた人生のほんの少しの間だったのに、それは私の人生において最後まで1番にきらきらした時間だったって、終わってからもそう思うよ。

メローネと2人、この家で過ごした時間が私の人生で最も長い。それでも、パッショーネの暗殺チームのアジトで過ごしていた時のことは昨日のことみたいに思い出せた。

リゾットに連れられて初めて入ったそこで自分の部屋なんてものを産まれて初めて与えられて、私は自由に使って良い家なんか初めてだったから、お風呂に入っていいのかもソファに座っていいのかもコップを使っていいのかもわからなくて。
1つ1つ丁寧に教えてくれたリゾット、マンモーニが増えやがったって言いながらも私の私物を買いそろえてくれたプロシュート、堂々と何をしたっていいんだって教えてくれたホルマジオ、困っていたらさりげなく教えるみたいに自分がやってみせてくれるイルーゾォ、まずは相談してごらん、ここでは誰も君を理不尽に叱ったりしないからって教えてくれたメローネ、何にもできない私にたくさんのことを勉強させてくれたギアッチョ、友人みたいに一緒に遊んでくれたペッシ。
ちゃんと教えてもらったことはなかったけど、言葉の端々、アジトにある家具や小物の数々、そういうところから感じ取れたソルベとジェラートっていう信頼されていた2人の存在。
眩しくって、きらきらとしていて、それは本当に楽しい時間だった。そこにいることですべき仕事が、人の命を奪うことだとしても。

幸せな人生だったよ。もう二度と関わらないようにって言ったくせに、パッショーネのボスは「知人として」なんて言って時々私たちの様子を知りたがった。私たちの大切な仲間の命を奪ったあの人に話すことなんかないって、メローネは強く反発していたんだよね。いつの間にか、またジョルノか?なんて気安く受け入れるようになったけれど。本来人懐っこい性格のメローネは、向こうから笑顔でこられると邪険にできないらしかった。





ふわふわとして、真っ白な世界が開けたら私はバスを降りていた。ここ、やっぱり死んだあとの世界なんだ。ここを訪れるのは2度目だね。キラキラと消えていったみんなのことを思い出していた。きっとメローネはすぐ近くにいる。わかるよ。探しに行かないと、って一歩踏み出そうとしたら、「」って名前を呼びながら腕を捕まれた。ほら、やっぱりすぐ近くにいた。

「…メローネ、若い!」
もだ」
「あ、ほんとうだ」

私たちはまるであの戦いの時みたいに若い姿をしていた。しわしわのおじいちゃんとおばあちゃんの姿でみんなにあうのでも、よかったんだけど。グレイトフル・デッド!なんて言ってね、私たちだけ歳をとりました、なんて言って、みんなの前で笑ってみたりしてね。

「ねえメローネ、私たち、幸せだったね」
「だった?なんで過去形なんだよ、俺は今だって幸せだぜ」

そういって私の腰を捕まえて抱き上げたメローネは、体力も若くなったみたいだ、試してみるか?って顔を近づけてきた。そんなので真っ赤になってあたふたするような私は何十年も前にいなくなってしまったから、くすくす笑いながら冗談を言う唇をふさいでしまう。

「ねえメローネ、私たち、がんばって生きたと思う?」
「当然だろ?」
「…うん。そう言ってくれると思った」

手を繋いで歩いて、ここよりもっと先を目指す。ゆっくり待ってるって言ってくれたみんな、待ちくたびれてるかもしれないねえ。



ねえメローネ、私、もう自分が死んだって思ってたからさ。みんなに恥ずかしいことたくさんいっちゃったの。未練なんか残さないように、穏やかにいけるようにって。

ホルマジオには、家族として、兄貴として本当に愛してたって言っちゃった。しょーがねえなあって笑ってくれたんだけど、今でも変わらないこの気持ち、もう一回伝えた方がいいかな。

「…ちょっと妬けるな。俺のことは?」
「もちろん、世界で一番愛してるのはメローネだよ」

少し膨れてみせるメローネ。そんなに可愛い顔をする成人男性、私は他に知らないよ。



イルーゾォはね、いつだって私の気持ちを最優先にしてくれてありがとうって。メローネたちが意地悪して私が拗ねたとき、慰めてかばってくれるのはいつだってイルーゾォだったから。お兄ちゃんがいたらこんな感じだろうなあって思ってたんだよね。

「あれは…ほら、好きな子ほど苛めたいってやつだよ。わかるだろ」
「わかんなかったよ。メローネとギアッチョには嫌われてるのかもって思ってたし」
「そんなわけないだろ!?」
「今はもうわかってるって」

ちょっとだけ焦ってみせるメローネ。焦って言わなくたって、そんなことわかってるのに。



プロシュートはね…、死に顔があんまりにも綺麗だったから感動したんだ。いつだって私に勇気をくれたプロシュートが、あんなに綺麗なんだって、私知らなくって。

「俺より綺麗だった?」
「はいはい、メローネの方が美人だよ」

満足げにしてみせるメローネ。晩年には腰まで伸びていた金髪も、今は若いころの長さに戻ってる。



ペッシは私と1番対等に隣にいてくれる友人みたいで、私の方が先に独り立ちしてみせるってライバルでもあって、競い合って、楽しかったなあ。

「ペッシは最初と話すのも緊張してたよな。マンモーニだから」
「あれ、可愛いって思ったんだ。子どもみたいで」

懐かしむように、目を細めるメローネ。メローネにとっても後輩だったペッシは可愛い存在だったんだって。



ギアッチョは…今でも信じられないんだけど、ねえ。メローネは知ってたの?

「そりゃ知ってたさ。ていうか、気づいてなかったのはだけだと思うぜ」
「えっ…うそ、うそ!?そんなことある?」
「鈍感で可愛いな。そういうところも好きだぜ」
「そういう話じゃ…んむ、……もう…」

余裕いっぱいの笑顔のメローネ。…もう、そういうとこ。



リーダーは…、私のお父さんみたいな人で、ううん、お父さんよりもっと大切な…命の恩人ってだけじゃない、私の全部を救い上げてくれた大切な人で…。

「リゾットがを連れてきてくれなかったら、俺はに出会えなかったんだよな。感謝してもしきれない」
「リーダーが拾ってくれなかったら、メローネに出会えない人生だったと思うと信じられない」

それから、みんなにも。



「ねえメローネ、きっとみんなもう待ちくたびれてるよ」
「ああ…そろそろ行くか?俺としてはもう少し2人きりでもいいんだが」
「はやく会いたい。メローネと一緒にいるまま、他の皆にも」
「…しょーがねえなあ、許可してやるか…」

そんな、私にとって兄みたいな2人の口癖をマネしたメローネに、私は自分でも信じられないくらい幸せそうに表情が緩むのを感じた。きらきらして、繋いだ指先が透き通って、「あ」って声を出すより先にメローネもすうっと消えた。ああ、最初になんていうべきか、考えておくの忘れちゃったね。でも自然と出てくる言葉は、きっと。

sono a casa!


6人へのただいまと、それから、2人へのはじめまして。