目が覚めて、完治して、リハビリして、ようやく退院できたのはボスが代替わりしてから2か月もたった後だった。

入院中、みんなのお墓を作りに行くんだってメローネと2人病院を抜け出したのをこっぴどく叱られてもう二度としないと誓えないなら閉鎖病棟へ投げ込みますよなんて脅されて以来会うのは3度目になる新しいボスのジョルノ・ジョヴァーナは、私とメローネが驚いて目をまんまるにするような選択肢を投げつけた。

私たちが選ぶのは死か忠誠か、ではなくって、このまま組織に忠誠を誓うか、それともきれいさっぱり足を洗って表の世界で生きていくかの二択だった。

そんな二択がありえるのかと困惑して目を見合わせる私たちに、ジョルノはくすくすとおかしそうに笑った。お互いに犠牲を払ったけれど、すれ違ってしまったという理由で目的を同じくする者同士がぶつかり合ってしまったことは悲しいことだと思っているということ。すべての原因はボスにあり、私たちではないということ。現世に戻る代わりにスタンドを失った私たちが、これ以上組織にいても命を無駄にするだけになりかねないということ。

そういう理由をいくつか並べて、これは特別な配慮です、と付け足した。少し考えたいと答えた私の口をふさいで、メローネは「足を洗う」と宣言した。ボスの前で、あっさり裏切り発言をするなんて。さっと青ざめた私を気遣ったのか、ジョルノは穏やかに笑った。

「これで粛清なんてことは、本当にしませんよ。幸い暗殺業のあなたたちはよそに顔が割れたりもしていませんし、きれいさっぱり組織から縁を切るのも難しくはないでしょう」

そうと決まったなら、と、ジョルノは片手を差し出した。メローネはポケットから取り出したバッジをためらわずその手にのせる。私は、自分の手に握ったバッジをしばらく見つめていた。

「ボス、これは」
「ジョルノでいいですよ」

「…ジョルノ、私はどこで生まれ育ったのかもわからず、親も親戚もいなくて、気づけば路地裏で盗みなどの悪事を働いて、ゴミ箱を漁って生きていました。十数年そんな生活を送っていた私を、何の気まぐれか拾ってくれたのが、リーダーのリゾットでした」

ポケットから取り出したバッジは冷たかったけれど、もう手のひらの上でぬるい温度になっている。

「拾われた先がギャングの暗殺チームなんて、普通は幸運なんだか不幸なんだかって感じだと思うけど、私は生れてはじめて仲間ができて、帰る場所ができて、一生この仲間たちといたいと思って、パッショーネの入団試験を受け、スタンドとこのバッジを得ました。これはリーダーと、仲間たちとの絆でもありました」

握りしめたバッジは、とても小さな私のよりどころでもあったのだ。

「これを返すのは、…なんていうんだろう、なんだかちょっと、……怖いです。チームに入る前の私に戻ってしまうような、心の支えを失うような。メローネがそばにいるけど、そういうことじゃあなくって」

差し出したまま握りしめた拳を、ジョルノがそっと包んだ。1本ずつ指を離して、バッジを手に取る。

「あなたたちの未来が、明るくなるよう。僕はこの組織を内側からかえていきます。、あなたとメローネは、この町で、太陽の下で、笑って生きていってください。散っていったあなたたちの仲間の分も、それから、ここまで一緒に来られなかった僕の仲間の分も」

バッジが1輪の薔薇に変わった。スタンドを失うと同時に見えなくなってしまったが、そこにゴールド・エクスペリエンスがいたのだろう。もう1つのメローネのバッジも薔薇の花に変わる。それに口づけて、ジョルノは「お幸せに」と私の手に花を押し付けた。

その瞬間から部外者となった私たちを嫌そうな顔で追い出したのはミスタと名乗った鉄砲使いだったけど、ジョルノの部屋を出て入り口まで送り届けてくれる道中ではにやにやと「まあお幸せにな、」なんてジョルノと同じことを言って背中を押してきた。ありがとうって振り返った私に、ギャングなんかに礼を言うやつがあるかよって笑って、それから「もう二度と俺らとは関わらねーようにな」って言って、それきり背中を見せて消えていった。

「…メローネ、私、なんかすごく予想外のことが起きたなって気がしてる」
「俺も…だけど、もうあいつらが全員いなくなってしまった世界だと思えばこれ以上の幸せはないんじゃないか?」
「そうだね…、みんなの分も、最後まで生きないと…」

姿を変えて薔薇になったパッショーネのバッジは私の心の支えだった。物が同じとはいえ、あの冷たくて硬い感覚がないことは不安になる。薔薇を抱きしめて不安げな顔をしたのに気づいたメローネは「かわりでも買ってあげようか」ってちょうど目に着いた宝石店なんか指をさして、「俺ああいうところ入るの得意だぜ」って冗談なんだか冗談じゃないんだかわからないことを言って私を笑わせた。

もうそういうこと全てからは足を洗わないといけないんだからね。だから、今日のところは宝石じゃなくって、この薔薇を飾っておく花瓶でも買って帰ろうか。遠慮がちに、意図が伝わるかどうかも自信がなかったけれど、メローネの袖にそっと伸ばした指はあっさりとからめとられて繋がれた。2人で10人分の人生を生きないといけないなんて大変だけど、でもきっと、メローネと一緒なら大丈夫だって信じられるくらい、その手は生きた人間の温度をしていた。