眩しさに目を開ける。定期的な振動がバスの揺れだと気づくのには少しだけ時間がかかった。バスに乗ってる。なんでだろう。

停まったので、降りてみた。無人のカフェテリアのテラス席に座ると、どこからかコーヒーカップが現れる。不思議な空間だ。私、今まで何をしていたんだっけ。一口のむとそれは懐かしい味がした。これ、どこかで飲んだことがあったな。どこで飲んだんだっけ。私、これ好きだな。

考えながら目を閉じる。机に頬を付けて眠るようにすると、ぼんやりと別の世界の景色が見えた。あ、私がいる。おなかに穴をあけて、ディアボロの腕を握って眠ってる。…ああ、もしかして私、死んだのか。

ここは死後の世界ってやつだろうか。死んだ私が握りしめたアレは、ディアボロの腕だ。二の腕から先を奪われたボスはきっと護衛チームの子たちが倒すんだろう。そうして、新しい未来を築いていくんだろう。死ぬ直前の記憶がよみがえってきて、悔しさに唇をかんだ。もう少し、うまく人生が運んだらよかったのにな。話し合う余地ってなかったのかな。そういうところが、私の甘いところなんだろうか。

ああ、悔しいなあ。私がボスを倒したかった。でも、腕を1本もぎ取ったよ。ここに持ってこられたらよかったのに。みんなへのお土産にね。

そうして、ふと気が付く。みんなも、死んだあとこうやって世界を見ていたのかな。だったら恥ずかしいな。みんなの死体を追いかけて、話しかけて。見られていたら、聞かれていたらどうしよう。

目を閉じて伏せている私の頭に、優しい手が触れた。驚いて顔を上げようとすると、ぐっと力が入り頭を押し付けるようにぐしゃぐしゃと撫でまわされる。私知ってる。さっきのコーヒーの味は。この力強い手は。

「ホル、マジオ…」
「おーおー、ずいぶん派手にやられたなァ」

顔を上げると、青空を背景にニカッと笑うホルマジオがいた。あなたは死んだのに、私も死んだのに、なんでそんなに明るく笑ってるの。まぶしいよ。

「おめーよォ、来るなって言っただろうがよォ」
「……」
「あ?聞いてんのか、」

言葉は衝撃で飲み込まれた。勢いよく立ち上がって、イスも倒して机も蹴って。全力で転ばせるくらいのつもりで抱き着いても、その体はびくともせず私を全身で抱きとめた。ほんっとに甘えただな、という頭上からの声はいくらか優し気で、いつもなら力強く頭をかき混ぜる手のひらは私の後頭部をそっと支えている。間違いなくホルマジオだ。また会えた。死んで会いに行くねなんていうのは気持ちの話で、死んだ後にこんな世界でまた出会えるなんて、信じていなかったから。

「ホルマジオの、死体、見たんだよ」
「おー、おめーが来るの、俺も見てたぜ」
「…見てたの」
「たぶん、俺ら全員な」

見回してもホルマジオしかいない。みんないるの、という言葉にならなかった疑問を視線から感じ取ったホルマジオは、ここからもう少し行ったところに、と通りの向こうを指さした。

「未練ってもんがあると、あの世には行けないらしい」
「ホルマジオにも未練なんてあったの」
「失礼な奴だな」

お前だよ。少し距離を開けて話していたのに、腰に回した手で抱きしめられる。耳元でそういわれると恥ずかしい。身じろいだら、クッと喉でおかしそうに笑うのが聞こえた。

「ホルマジオ、もう、私たち死んじゃってるんだよね」
「そうだな」
「未練があっちゃいけないのなら、このままじゃあの世には行けないみたい。だから言っておく」

抱きしめられた腕から抜け出して、しっかりと目を見る。茶化すこともあるけれど、まじめな話はいつだって真剣に聞いてくれる、頼りになる兄貴の目だ。

「ホルマジオ兄貴、私、家族として、あなたのこと、あ、あい…」
「……っく、」
「ぁ、……あいしてる。今までも、これからも、ずっと。……笑わないでよ」
「っはは、悪ィ」

照れてんのか、と私にいうホルマジオの表情はからかうよりもずっと柔らかくって、ちょっと赤くなっていた。照れてるのはそっちじゃないのと言えば、そうかもなァと頭をかく。なんだよ、かっこいいな。

「俺も、お前のこと愛してるぜ」

握ろうとした手が透けた。あ、と声を出すと、ホルマジオも驚いたみたいだった。

「お前にちゃんと伝えておきたかった。これが俺の最後の未練みてェだな」
「…きえちゃうの」
「先に行くだけだ。あいつらに会ってゆっくり来いよ。何十年でも待っててやるから」

うん。触れなくなった指を追う。光る霧のように、ホルマジオは空中に消えて行った。






とぼとぼと歩く。こっちにいるって言っていたから歩いているだけだ。目的地はよくわからない。どのくらい歩いたかな。1分か、10分か、1時間くらいたったのか。時間の経過がつかみにくい空間だ。

道なりに行って曲がったところに、大きな姿見があった、背中を預けて座っている黒髪の影。あ、と声を出すより先に、その影がこちらを見た。ゆっくりと立ち上がる。

順番に、待っていてくれてるのかな。駆け出した足が少しもつれて、抱き着く寸前で転んでしまった。うわ、と衝撃に備えるけれど、それはいつまでたっても訪れない。

「お前なあ、感動の再開が台無しじゃねーか」
「あ、ありがとう。…感動の再開なら、イルーゾォも駆け寄ってきてくれないとダメじゃない」

そうだな、と軽く笑うイルーゾォは生きていたころの姿だ。足も腕も胴体もある。確かめるように全身に触っていると、ちょっと待てと手をつかまれた。

「死んでいるとはいえ、遠慮がなさすぎる」
「だって、だって…イルーゾォが、1番ひどくって」

じわ、と涙が浮かんだ。現場を見た時は我慢できたんだけどな。改めて、ちゃんとしたイルーゾォを見たら、その思い出す光景があまりにも恐ろしくて。

「…見たんだったな。悪かったな、あんなもの見せて」
「ううん。イルーゾォも、私のこと、見てたの?」
「おう。生首を膝にのせて話しかける女、頭がイカれてるよな」

やっぱり見ていたのか。恥ずかしい。じゃあ、イルーゾォの髪を結んであげたのも見てたのかな。私、上手になったと思うんだけど、どうだったかな。

「相変わらずへたくそだなと思ったよ」
「えぇ…」

ゴツくて長い指が私の髪の毛に触れて、少しからまっていたところをほぐしてくれた。優しい手つきだ。また可愛くしてくれる?と聞いたら、そうだな、と優しく言ってくれた。

「イルーゾォの未練って、なんなの」
「ん?あぁ、ホルマジオに聞いたのか」

未練があるから、この世界に引っかかっているらしい。イルーゾォも、きっと何か、やり残したなあって思ってることがあるんだろうな。

「ちょっとこっち来い」
「何、っわ」

近寄ると、ぎゅうと抱きしめられた。驚いて一歩後ずさろうとしたけれど、力では到底かなわない。どうしたの、何、なんで、と閉じ込められた腕の中で尋ねても、何も返ってこない。

「本当は、鏡の中で、もっとちゃんと慰めてやりたいと思ってた」
「…私、そんなの」
「要らなかっただろ?ただ、そうしてやりたかったってだけだ」

黙って隣にいてくれたのは、本当に私のことを理解して、私のことを思ってのやさしさだったんだね。抱きしめられているのに、胸の圧迫感が消えていく。そういう優しいイルーゾォのこと、本当のお兄ちゃんみたいに、大好きだったよ。






イルーゾォが消えたら、大きな姿見も消えていた。死んでもついてくるスタンドへの気持ちなのかな。ホルマジオ、イルーゾォに会ったから、次は、えっと。

また、何もないようなあるような、不思議な空間を歩いている。気づけば隣の線路に列車がとまっていて、その景色に心臓がドクンと跳ねた。見覚えのある景色だ。こちらには背中を向けている、きっちりまとめられた金髪。

「プロシュート…」

ゆっくりとした動きで振り返ったその眼は良く見慣れた鋭さで私をとらえた。口の端を少し上げる、嫌味なくらいかっこいい笑みを浮かべる。プロシュート。もう一度名前を呼んで駆け寄って、2歩くらいの間を開けて立ち止まる。良く似合う高級そうなスーツ、少しの乱れもないヘアスタイル。100人いれば、100人が見惚れるであろう綺麗な顔。プロシュートだ。

プロシュートは私を頭から爪先まで観察するように視線を動かして、それからゆっくり口を開いた。

「やればできんじゃねーか」

お前も、ペッシも。振り返るとペッシがこちらを向いて立っている。

「…ペッシ」
「兄貴、

プロシュートと私の関係は、再会を喜んで抱き着いて頭を撫でてもらう、そんなものではなかった。けれど、名前を呼んで、ペッシが駆け寄ってきて、そうしたら、もう。

私たち末っ子コンビをまとめて抱きしめたプロシュートの腕から、めいっぱいの愛情が伝わる、気がした。腕の中でペッシと目を見合わせて、それからこれ以上ないってくらい幸せをかみしめて笑う。

「見直したぜ。…まあ、やられちまってるから合格とは言えねーがな」

その声は嬉しさをにじませている。兄貴として、弟分の成長は嬉しいよね。私も、ペッシが本当に頑張ったんだなって思って、すごいなって思ったもの。

「2人とも、私のこと見てた?」
「見てたよ。兄貴と並べてくれて、ありがとう」
「俺の髪に口づけるなんて、とんだマセガキだな」

ぼっと顔が赤くなる。そうだった、見られてたんだ。あまりにも綺麗で、眠っているように穏やかだったから、つい。わかるよ、髪を下した兄貴、俺も初めて見たけどすごくかっこよくてドキドキした。年下2人から褒められるプロシュートはまんざらでもなさそうだ。けれど。

「生意気いってんじゃねー」

言葉だけはいつもの通りだ。ふふ、とおかしくて笑って、それから2人の顔を見合わせる。

「2人の未練は…、うん、なんとなくわかるかな。私はこの先を目指すね」

「先に行って待ってるぜ」
、またあとでね」

笑顔で返して、背中を向ける。とん、と背中があたたかくなった。これはプロシュートが私にくれる、自信を持たせる儀式だ。しんでからも、こうやって面倒を見てくれるんだね。ありがとう。振り返らずに歩くことにした。2人は、2人にしかわからない話をして、それからみんなのところに行くんだろうな。






この列車の先には、たぶん、彼がいるだろう。その予感は大当たりで、とまった列車の近くに1台のバイクを見つけた。金髪をだらりと垂らしてまたがるのはメローネだ。私が気づいた瞬間、メローネも私に気が付いた。バイクを蹴り倒しそうな勢いで飛び降りて、それから私が走り出すよりもずっと早くこちらに来て、それから全力で抱きしめられた。

あまりにも速くて、力強く抱きしめられたので前が見えない。メローネ、苦しい、顔見せてって言っても、全然離してもらえない。メローネ、どうしたの。ねえ。

、俺、空からのこと、…見てなんかいなかったから」
「え?え、うん、なに」
「だからね、死体に話したって意味がないんだ。わかるかい?」
「…見てたの?」
「見てないって言ってるだろ」

ぴったりくっついているから、全身でメローネの声が聞こえる。ずっと聞きたかったメローネの声だ。会いたかったよ。涙がでて、くっついているメローネの服を濡らしてしまう。

「俺に言いたいことがあるんだろ」
「…うん」
「聞かせて」

有無を言わさぬ強い口調だ。でも乱暴ではなく、優しくて、どこかすがるような響き。なんて愛しいんだろう。死んでから結ばれる恋なんて、ずいぶんとロマンチックだね。

「メローネ、私、メローネのことが大好き」
「……ん、」

ん、ってなんだ。俺も、とか、そういうのじゃないの。少しだけ緩められた腕が私の肩を支えて、それから少し距離が開く。やっと見上げたメローネはマスクをしていなくって、幸せそうな、切なそうな、その真ん中みたいな、すごくきれいな表情をしていた。驚いて、私が目を見開く。

「メローネ、マ」

近づてきた素顔で唇をふさがれた。少しだけ離れて、もう一度近づく、何度か繰り返してやっと肩から手が離れて、私はようやくちゃんとメローネの顔が見られた。

「俺も、のことが好きなんだ」

囁くようなその声は涙と一緒に落ちて来た。泣いてるの。泣いてないよ。涙が出てるよ。これは違うんだ。

「好きだ、だから、また会えて嬉しい。けど、こんなに早く、にはここに来てほしくなかった」

それはなんてわがままな気持ちだろうか。想像してみて、ああ、すごくわかるなと思うので余計に切なくなった。メローネは私のことが好きで、私に生きていてほしかったんだ。死んだ自分に会いに来るというのが、どれだけ嬉しくて悲しいことなのか。気持ちがぐちゃぐちゃになっちゃったんだね。でも、ねえ、大丈夫だよ。

「メローネ、私、無駄に死んだんじゃないんだよ。見てた?私、ボスの腕ちぎってやったの」

すごいでしょう?ほめてよ。笑って。あなたたちの仇、とれなかったけど。

「見てたよ、大きな穴をあけて、苦しそうな

そっとおなかに伸びる腕が服に侵入して、冷たいおなかを撫でる。そこには傷も傷跡もないけれど、最後に死ぬ瞬間、そこにはたしかに大きな穴があった。

しばらくの間何も言わずに抱き合っていて、それから目を真っ赤にしたメローネが、つぎにいくかい?と聞いた。

「メローネも行くの?」
「うん。俺はリーダーと話さないといけない」

乗るかい?と言って大きなバイクにまたがったメローネは、私の手を優しくとった。頬をきる風は生ぬるくて気持ちいいものじゃなかったし、抱き着いた背中は心臓の鼓動が聞こえなくて少しだけ落ち込んだけれど、それでも、またこうやってバイクに乗れるなんて嬉しいねと他愛ない会話をしてみた。






不機嫌そうにベンチに座っているギアッチョは、私とメローネを見て眉間にしわを寄せた。バイクによりかかったメローネは、行っておいでと私だけを送り出す。

「ギアッチョ。隣、いい?」

無言で端によって、私の座るスペースを開けてくれた。怪我のない、いつものギアッチョだ。赤い眼鏡もいつものまんま、ギアッチョが手に持っているそれは新聞で、適当なページで折りたたまれて今は手の中で握りしめられている。

「それ、読める。政治のニュースでしょ」
「そうだな」
「ギアッチョが教えてくれたから、読めるんだよ」

何が言いたいんだ、というように視線を向けられたので、怒られないためにはなんていえばいいかなと言葉を選ぶ。

「ギアッチョにね、ずっとお礼がしたかったの。私に読み書きを教えてくれたこと、嬉しかったよ。こんな仕事しかできないって思っていた私が、いつか足を洗って表の仕事ができたらいいなあって夢を見られるようになったのは、ギアッチョのおかげ」
「死んでちゃ意味ねーけどな」
「あはは、そうなんだよね。ギアッチョも死んじゃったら、もしわからないことがあっても聞けないじゃない。だから、私だけ生き残っても意味なかったんだ」

ギアッチョの返事はない。何か言おうとして、それからやめてを繰り返す。長い沈黙が苦じゃないのはギアッチョの雰囲気が穏やかだからかな。何が言いたいの、聞かせてほしいな。ギアッチョがこの世界に引っかかった理由はなあに。

「おめーにはメローネがいるんだろ」
「…そう、そうなの。死ぬまで気づかなかったなんて、情けないんだけど」
「じゃあ、これは寝言として聞いとけ」
「え?」

ベンチから立ち上がったギアッチョが私の目の前に立つ。上から見下ろされる姿勢だ。

「泣いているお前の涙を凍らせたのは、泣いてる顔までどうしようもなく好きだってのを、自覚したくなかったからだ」
「…ギアッチョ」
「読み書きを教えたのも、何かを読むたび、書くたびに俺を思い出してくれたらと思って」

これ以上開かないというくらいに目が開いていると思う。だってそれは、つまり。

「ギアッチョは、私が好きなの?」
「…そうだな、そうだった」
「それは…えっと、ありがとう」

男らしく言い切るのでこちらも照れている感じじゃなくなった。びっくりだよ。だってあのギアッチョだよ。

「別にお前とどうこうなりたいってわけじゃねェ。伝えておかないと、ここに引っかかったままいつまでも出られなさそうだったからな」
「それがギアッチョの未練だったの?じゃあもう、」

消えちゃうの?そう問いかけて両手を握ってみる。掴めた。まだ何かあるのかな。本当はどうこうなりたいわけじゃないっているのは嘘、とか。死んでからもメローネとギアッチョが喧嘩してるのは嫌だよ。困惑している私の視線がおかしかったのか、ギアッチョは不機嫌そうな顔をゆるりとほどいた。

。眼鏡、直してくれたんだろ。グラッツェ」

それは、もらえなかった最後のグラッツェだ。握った手が消えていく。最後の最後の未練がそれだったの。私のこと、空から見てくれてたんだね。最後まで、ありがとうって言ってくれてありがとう。

消えたギアッチョの向こうにいるメローネが立ち上がった。最後はリーダーだね。バイクに乗って、音のしない背中に身体を預けた。






リーダーは、私がリーダーを見つけた近くの岩に腰かけていた。私とメローネが近づくと、ゆっくりと立ち上がる。

「リーダー、わたし、」
「すまなかったな」

いう前に、リーダーがゆっくりと頬に手を当てた。温度のない冷たい手だ。

「何が、ですか」
「1人にしてしまったことも、シチリアに行けなかったことも」
「…いいんです。リーダーが私を拾ってくれた。それだけで、もうあとは何をされても許せるくらいに幸せでした」

怖い思いもしたし、痛い思いもした。悔しい思いもしたし何度も泣いたけれど。みんなに出会えたことが、私の人生において最大の幸運だった。それはリーダーがくれたものだ。何があったって揺らがない。

「リーダー、見てましたか。私、ボスの、ディアボロの腕もぎとってやりました」
「ああ、見ていた。…よくやったな」

手が頬から頭へ。それから髪をなでる。

「お前のことはこの戦いに巻き込まず、あのまま逃げて普通の生活を送ってほしいと思っていた」
「リーダー」
「ああ、今は思っていない。…といえば嘘になるが、お前の選択は間違ってはいなかった。俺でも同じことをしただろう」

言いたいことはちゃんと伝わっているけれど、それでも言ってほしくない言葉だ。でも、言いにくいことも嫌なことも全部、ちゃんと伝えてくれる誠実なリーダー。だから私、あなたについて行こうと思ったのかもしれないね。

「メローネは、…俺に用があるんだな」
「…リーダー、リゾット。そうだよ、話があってね」

後ろで黙っていたメローネが私の隣に立つ。腰に手を回して引き寄せられて、距離が近づいた。

「リゾットはの父親みたいなものだよな」
「そうだな」
「じゃあ、おとうさん」

え、というのは私の声。驚いたようなリゾットの顔も、いつになく真剣な響きのメローネの声も、全部がとても珍しい。空気がピンと張りつめたように鋭くなった。

を俺にください。一生大切にするから。幸せにするから」

腰にある手にぎゅ、と力がこもった。なんていったの、いま。私たちもう死んでいて、リゾットだって死んでいて、それなのに、それはまるで。

「ダメ、と言っても連れて行くんだろう」
「まあね。リゾットだって気づいてるんだろう?」
「……そうだな」

連れて行くけど、いいよね、。そう耳元で言われて、どこだか知らないけれど、先ほどの言葉に対してなら間違いなくYesだ。でも私たち、もう死んじゃってるんだよ。困惑したままリゾットを見ると、生きているうちには1度も見たことのないやわらかい笑みを浮かべた。
「幸せになるんだ、。メローネ、よろしく頼むぞ。大切な娘だ」

溶けるように薄れていく姿に手を伸ばしても、もう触れられない。リーダー、いままでありがとうございました。聞こえただろうか。聞こえていたらいいなあ。消えていく霧が、少しだけ揺れたような気がした。