いつも怒鳴っていて眉間にしわが寄っているけれど、ちゃんと筋を通して話せばわりかし穏やかに会話をすることができた。もうどちらの声も発しない唇は血で濡れて真っ赤になっている。指で拭おうとしても、固まったそれはもうどうにもならなかった。

鉄柱と一体化して息絶えているギアッチョをなんとか剥がして、身体の傷を直してみる。みんな髪型を元に戻せなかったかれど、ギアッチョのくるくるは天然でそのままだった。見た目に反してサラサラで、指を通せば毛先まで引っかからずにするりと通る。初めてそれに気が付いたとき、触るなと怒鳴ろうとしたギアッチョは私があまりにもキラキラした目をしていて毒気を抜かれ、なんとされるがままになったのだ。

私は学校に行っていないから、文字の読み書きは難しかった。だからギアッチョに勉強を教えてもらえることになったとき、嬉しくて仕方なかった。楽しかったよ。すぐに怒るからそこにはビクビクしていたけど、ここの矛盾が気持ち悪い、でもこれはベネ、ここはこういう意味、って、ギアッチョ先生は本当に私に良くしてくれた。ありがとうね。


あなたのおかげで報告書を自分で書けるようになった。依頼書も一人で全部読めるようになった。もしこの世界から足を洗うことがあれば、一般社会でも生きていけるくらいの教養は身につけられたかなあ。その時、隣で間違いを教えてくれるのはギアッチョが良かったな。

転がって、割れた眼鏡を見つけた。直して、閉じたまぶたにかけてみる。真っ赤な眼鏡、これ、何度も何度も直したね。すぐに壊すんだもん。そのたびに直せって持って来てさ、またなの?って言いながら直してあげてた。直すたび、毎回律義にお礼を言ってくれたね。スタンド能力なんてあって当然、使って当然みたいなところがあったから、最後まできっちりグラッツェって言ってくれてたの、ギアッチョだけだったよ。ああ、最後は今だったか。これが、本当に最後だね。

ここまで私たちの仲間を殺してきたあいつらを、2人もまとめて相手にしたんでしょう。すっごく頑張ったじゃない。やっぱりギアッチョはすごいね。私もギアッチョみたいに強くなりたかった。

ギアッチョの前で泣いてしまうと、こぼれた涙は氷みたいになって床に転がる。それはちょっとしたいたずら心でやったらしいけれど、宝石みたいに光る自分の涙が綺麗で、びっくりしてすっと涙がひっこんだ。あれ、ちょっとキザなイタリア男って感じで、かっこよかったなあ。

今はもう凍らない涙は、地面に染み込んで消えて行った。もう泣いていられないね。私、もう行くね。





いつだって、別にキレたくてキレているわけじゃあねえ。俺だって疲れるからな。周りの全員が地雷を踏み抜いていっているだけだ。それに気づいたのはたぶんだけで、言葉と話題をゆっくり選べばごく普通に会話をすることができた。頭に血が上らない会話は嫌いじゃねぇ。どちらかというと好ましい、と思うけど、それは気恥ずかしいから誰にも言えなかった。

折れた首が綺麗になる。お前のスタンド、そんなことできたんだな。傷は治せないって前に言ってなかったか、と考えて、死体は人間じゃねえからだな、と思い至った。


いつだったか、落としたペンを拾おうとした俺の頭と、カップをとろうとしたの手がぶつかったことがある。ぐしゃりと髪を撫でられるような形になり、他人との接触が嫌いな俺は一気に頭に血が上った、けれど、があまりにも嬉しそうな、キラキラと音がしそうなほどの目をしていて、「すごい、サラサラ」とあまりにも弾んだ声で言うので、すっかり怒りが飛んで行ってしまって、結局数分、されるがままに髪の毛をいじられたんだった。その時のことを思い出していたのは自分だけだろうか。も同じだろうか。死体の髪の毛をくるくるともてあそぶ様子は、誰かに見られたら騒ぎになるんじゃあないのか。やめろよ、といってみるけれど、当然その声は届かない。

壊れた眼鏡が落ちているから、それを拾ってほしかった。伝わらない声だけど、偶然はそれ拾ってくれた。ギアッチョの前に座り込み、その眼鏡をゆっくりと直して耳にかける。グラッツェ。いつものように声にしたお礼だって、には届いてねーんだけど。

多分、俺はのことを特別に想っていたような気がする。そういう感情に疎くて、自覚できなかったし、今でも本当にそうかと言われたら自信はないけれど。きっとのことが好きなんだろうなというのは、客観的に自分を見て考えた結果の答えだ。

だから、泣いている顔を見た時、どうしても泣き止ませたいと思った。目も鼻も赤くして、光を反射して落ちる滴まで綺麗だと思ってしまったので。このままじゃまずいと思ったのだ。あまりにもそれは綺麗だったので、ホワイト・アルバムで落ちる滴を凍らせてみた。ころ、と音を立てて落ちた涙に目を丸くして驚いて、それから泣いているのに「綺麗」と言って笑った。お前のほうがきれいだと思った言葉は当然の様に飲み込んで、でも泣き止んでよかったとほっとしたんだ。

だからもう、泣くなよ。もうそれを転がしてやることはできないんだから。やっと声に出せたけれど、それももう、届かない声だった。