イルーゾォの姿はなかった。もしかしたらもともとは肉だったのかもしれないどろりとしたものと、それから服が落ちているだけだった。そんなことってあるだろうか。良い死に方はしないって思っていたけれど、それでも。

溶けた肉から復元できたのは一部だった。本当になくなってしまったらしい。何をされたらこんなことになってしまうんだろう。それでも、穏やかな寝顔は見ることができた。ほどけた髪の毛を少しずつ結んでいつものヘアスタイルにする。膝に乗せた生首の髪を結わう私を見たらあなたはなんていうかな。気持ち悪いことはやめろ?うん、いいそうだ。

イルーゾォは、言葉は汚いけれど私に優しかった。むかし、アジトで皿を割ってしまって、2日連続だから今日こそはげんこつだと青い顔をする私を見て、ため息をつきながら片づけを手伝ってくれた。イルーゾォは怒らないの、と聞くと、わざとじゃねーんだろと言ってくれて、皿の破片で傷ついた指先にばんそうこうをまいてくれた。そのあと、案の定見つかってしかられそうな私をかばって、俺が落としたって言ってくれたね。それなら仕方ないと引き下がったリーダーはもしかしたら、嘘に気づいていたのかもしれないけど。

任務に失敗したことがあった。それを馬鹿にするギアッチョや笑うメローネの相手をする元気もなくって、あの時は本当につらかった。そのとき、私だけを鏡の世界に入れてくれて、気が済むまで1人で泣かせてくれたよね。イルーゾォも隣にいたけれど、触れず、喋らず、いるだけで、私が落ち着いてから、次は頑張ればいいんだからと私の部屋の鏡まで送り届けてくれたんだっけ。

ホルマジオが兄貴なら、イルーゾォは優しいお兄ちゃんだった。いつも髪を結んでいるから手先が器用で、私の絡まりやすい髪の毛を切ったり結んだりしてくれるのもイルーゾォだった。女なんだからもっとちゃんとしろよなという言葉とは反対の手つきの優しさに身を任せていたんだ。気持ちよかったんだよ。はいおそろい、って6つに結ばれた金髪を見てあっけにとられた私を見て、珍しく声をあげて笑ったりしたね。

全身、戻してあげられなくてごめん。パーツが足りないと無理みたい。私のスタンドの限界みたいだ。でも、私、髪の毛結ぶの上手になったでしょう。ちょっと不格好なのは許してね。頭だけを鏡に立てかけて、風になびく黒髪に背を向けた。





いつか死ぬときに、綺麗な姿で死ねるとは思っていなかった。でもまさか、肉体も残さずに溶けてなくなるなんていうのは想像していなかったな。自分が死んだ場所には、どろどろの肉体の名残と着ていた洋服。それだけだ。変に遺体が見つかって騒ぎになるよりは、まあ、後始末しやすい姿になって良かったか。

そう思っていたのに、は溶けた肉からイルーゾォの頭部を復元した。首だけかよ。それ以外は本当に溶け切って、地面に吸い込まれたり、消滅してしまったらしい。目を閉じて、男にしては長めの黒髪をだらしなく揺らす生首。そんなもの、下手な死体より始末に困るんじゃねーのかよ。馬鹿な奴。

膝に乗せられた俺の髪を、細くて白い指が梳いている。ああやって触られたこと、そういえばなかったな。触らせてほしいと言われたことはあったけど、1度も許可したことはなかった。それはただの照れからくるものだったけれど、死ぬ前に1度くらい触らせてやっても良かったかもしれない。

昔話をしながらずいぶんとへたくそな手つきで髪を分けていく。いつもの髪型に整えようとしているのだとわかってむず痒い気持ちになった。語られる想い出話に、そうだったな、と届かない相槌を打つ。もうほとんど泣いているような顔で、涙も浮かんで、それでも泣いてねェって顔してムキになる姿が放っておけないと思ってしまったんだ。静かな鏡の中に入れて気が済むまで泣かせてやって、そうすれば、声なんかかけなくても1人で立ち直れる強さを持った女だった。

できた、と言われたヘアスタイルは、自信ありげな表情と反対に普段とは似ても似つかないボサボサ具合だ。お前、本当に不器用だな。呆れたように笑ってみた。鏡の傍に置かれた頭は、自分の今の気持ちの様に穏やかな顔をしていた。