食事の用意のためキッチンに立ったリゾットは、冷蔵庫をあけてため息を吐いた。何もない。ポジティブに表現すればスッキリと片付いていると言えるけれど、まったく意味のないことだ。リビングを見回して、暇そうに雑誌をめくるに目を付けた。

、仕事を頼みたいんだが」
「はい!なんですか?」
「2,3日分の食材を買ってきてくれ。予算内なら好きなものを買っていい。その間はお前の好きなメニューにしてやる」
「…私のこと、子供扱いしてませんか?ただのお使いじゃないですか」

不満げな顔をするけれど、あ人を殺すことと食べることに関しては人一倍の執着心をもっている彼女に「好きなメニューにしてやる」は効果てきめんな言葉だった。まあ、でも、お仕事なら行きますけど、とボソボソと呟くにちょろいなという表情を作れば、また乗せられたことに気づいて苦々しい顔になる。けれど3日分の好きなメニューはやはり捨てがたいらしく、リーダーはしょうがない人ですね、と頬を膨らませてから笑った。

「あ、そうだ!今日ってギアッチョさんいるんでしたよね。車だしてもらおうかな」
「部屋にでもいるんじゃないか?」
「俄然やる気出てきました!リーダー、お金ください!」

食事なんかで釣らなくてもその手があったな。はギアッチョのことをなぜか甚く気に入っているから、2人で行ってきてくれとでもいえばよかった。まあどちらでも構わない。買い物に行かせるために少しだけ上乗せした金額の入った財布を放り投げると、よそ見をしたままこっちも見ずにキャッチしたは「行ってきます!」とリビングを飛び出した。





リーダーが仕事をくれるっていうので、ついに一人でお仕事ができるんだなあと思った私はそれがただの買い出しであることにがっかりした。もっと暗殺のお仕事くれてもいいのに。でもまあ、3日分の好きなごはんと引き換えなら仕方がない。それだけの食材を買い込むのであれば荷物持ちとしてだれか1人連れて行きたいっていうのは当然のことだと思うので、外に停まっている車から家にいるだろうと推測したギアッチョの部屋に飛び込んだ。

「ギアッチョさん!入っていいですか?」
「もう入ってんだろうがよォ…」

ちょっと前までこうやってノックと同時に即オープンすると激しい怒鳴り声とげんこつが待っていたのだけど、最近はもう諦めてしまったのか今みたいにため息をこぼすだけになった。カーテンを閉め切った暗い部屋でテレビの明かりだけでゲームをしていたらしいギアッチョさんはラフな部屋着で胡坐をかいたままこっちを向かない。私が登場したというのに視線を独り占めする画面にだって嫉妬してしまうくらい私はギアッチョさんのことが好きなんだけど、出会った瞬間にそう伝えてしまったせいか、彼はこの気持ちを信じてくれないのだ。

「リーダーにお使い頼まれたんです。3日分の食料だっていうから私1人じゃ大変で…、一緒に行きませんか?車出してください」
「めんどくせえ」
「そこをなんとか」
「ゲームしてんの見えねーのか?今日は休みなんだよ」

私だってお休みですよ。あ、でもこれはリーダー曰く仕事なんだっけ。ぷっと頬を膨らましてみたけど、こっちを見てなんかいないギアッチョさんは気づかない。だから立っていた入口から大きくない3歩で背後に座り込んで、広くて頼りになる背中にもたれかかってみる。

「ねーえー、おねがいします、一人じゃあ大変じゃないですか。デートしましょうよデート」
「余計に行きたくねえ、邪魔だ、うるせえ黙ってろ」
「いーやーでーすー、ギアッチョさんがうんって言うまで退きません!」
「………」

無視された。背中に張り付いた私のことは無視してゲームに集中することを決めてしまったらしく、ピコピコとゲームのBGMと戦いの効果音だけが響く。虚しい。ギアッチョさんのことこんなに好きなのに、こんなに頼んでるのに、いつだって私に優しくしてくれない。

「…もう、来てくれないならプロシュートさんに頼みますよ」

そう言って横から顔を覗き込んでも、視線は絶対にこっちを向かない。ときどき「あっ」とか「クソッ」とかゲームへのリアクションをこぼすだけだ。

「ねえ、いいんですか?プロシュートさんと2人でお買い物に出かけますけど」

時計を見るとリーダーに行ってきますと言ってから10分は経っていた。早く行ってこないとご飯は遅くなるしお店だって混んでしまう。メローネと行きますよ、バイクに2人乗りしちゃいますよ、とか、イルーゾォさんにお願いしますよ、鏡の世界デートですよ、とか、そんなことを言ってみてもギアッチョさんはやっぱり反応してくれない。

今日はダメだな。諦めて1人で行こう。車くらいなくたって普通の女の子よりはずっと力持ちな自信があるし、そんなに問題はないもんな。がっかりしながら立ち上がろうとしたら、ギアッチョさんがテレビに目を向けたまま呟いた。

「5分」
「え?」
「5分待ってろ。車出してやっから」
「…はい!待ちます、5分でも、10分でも!」

自分でも驚くくらい明るい声が出た。そうしたらギアッチョさんはちょっとだけ、ほんのちょっとだけ口の端をあげて楽しそうな顔をする。…もっともっと嬉しくなっちゃったから、近所のメルカートへ行くだけなのにもう少しおしゃれしちゃおうかな。

ご機嫌で部屋に戻って着替えていたら5分はとっくに過ぎてしまっていたらしく、ノックもしないで開いた扉を振り返るとかっこよく壁に背中を預けたギアッチョさんがいた。片手に車のキーをぶら下げて、待たせんな行くぞなんて言う姿があまりにもかっこよかったから、はい!って元気いっぱいに腕に抱きついてみる。半分くらいの確率で振りほどかれるそれは今日は拒否されずに受け入れられて、もしかして今日は機嫌良いのかもしれない。

今度こそ行ってきます!って玄関から叫んだら、リーダーが顔を出した。

「気を付けて行って来い。ギアッチョ、をよろしくな」
「Si」

助手席で見るギアッチョさんの横顔、今日も本当にかっこいい。3日分の好きなメニュー、2日分は譲っちゃってもいいくらい。私が食べ物を譲るなんて珍しいことを言ってみたら、ギアッチョさんは「お前の好きなもんでいい」って言って私の頭をくしゃりと撫でた。…今日、本当にご機嫌なのかな。せっかくだから寄り道しちゃいます?この前話したジェラート屋さん、逆方向ですけど…って自信なさげにつぶやいた私に返事は返してくれなかったのに、いつもより少しだけ丁寧に動き出した真っ赤なスポーツカーは、メルカートとは逆にあるジェラート屋さんの方向に走り出した。

真っ赤なスポーツカーで