「ごめんなさい、リーダー」
「気にすることはない。プロシュートの怪我も浅い」
「はい…」

は完全に落ち込んだ様子でうつむいている。別に大したことはない、本当に些細なミスだった。けれど責任感の強いはどうにも考えすぎるきらいがあるから、大丈夫だと言ってもなかなか納得しないことが多い。今日だって、一撃で脳幹を撃ち抜きそこなってターゲットのスタンドが消滅するのが一瞬遅れたことによりプロシュートがかすり傷を負っただけのこと。もちろん一撃で仕留めれば負わなかった怪我ではあるけれど、そもそも一撃で確実に仕留めろなどという指示は出していないし、そんなことが毎回確実にできるとも思っていない。怪我はプロシュートの自己責任である。


「…気にするなと言っても、できないか?」
「う…、努力は、してるんですけど…」

うたれ弱いメンタルは仕事に支障が出る。自分たちは暗殺者で、自分の身は自分で守る。たとえペアで出かけた仕事であったとしても、自分のミスで相手に怪我をさせたりしても、それはすべて怪我した本人の責任である…というのは何度言い聞かせてもの中にはなかなか浸透しないらしい。

「…ごめんなさい、私、プロシュートの様子見てきます」

少しの沈黙に耐えきれなくなったのか、は報告書だけを置いてリゾットの部屋を出て行った。リゾットの家、兼アジトとなっているこの家には時々自宅まで帰れない怪我をしたり帰るのがめんどくさいというメンバーが泊まれる部屋があって、今そこはプロシュートが使っている。怪我と言っても本当にただの怪我で、当然意識はあるし自分の足で帰って来た程度のものだ。

それにあれこれ言うのはむしろプロシュートのプライドを逆撫でするのでは、という忠告をし忘れたのに気づいたのは、隣の部屋から「だからしつけーって言ってんだよ、馬鹿にしてんのか!?」という怒鳴り声が聞こえてからだった。





「はあ…」

リビングのソファで膝を抱えて座って、すっかり落ち込んだ様子のは何度目かの溜息を吐いた。帰ればいいものを、あれだけ怒られたのにまだ血のとまらないプロシュートを心配しているらしい。こういうとき、ジェラートやホルマジオやメローネならうまく言いくるめて慰めることができるのだが、リゾットはそういうのには向いていなかった。正直に言うと、何をそんなに落ち込む必要があるのか全然わからなかったから。

、飲むか?」
「ありがとうございます、リーダー」

しかし落ち込んでいるとき効くものに心当たりはあった。砂糖が多めのあったかいココア。これは書類仕事が立て込んでいるときこっそり飲んでいるリゾットの秘密のお気に入りで、糖分で一気に脳が覚醒する感覚が気に入っている。甘いものは心をほっとさせるし。あたたかいものもそうだ。

「あまい…これリーダーの好みですか?」
「いや、俺は飲まない」
「ふうん…」

よくこんなのありましたね。誰かが持ってきたのかな。賞味期限大丈夫でした?なんていうはちょっとだけ口数が増えたから、そのココアは想定した効果を発揮したらしい。小さくなってふうふうと一口ごとに息を吹きかけるは小動物みたいで、丸まっていることを除いても小柄な彼女は暗殺者として実によくやっている、とリゾットは思っている。どんな生い立ちなんだかリゾットより若くしてギャングになったらしい彼女は、接近戦が得意なパワー型のスタンドを持っているにもかかわらず「怖いから」という理由でライフルを覚えたらしい。

「俺はジェラートたちのようにの悩みを正確に見抜いて慰めるなんてことはできないんだが…」

自分に入れたコーヒーをもってソファの隣に腰かける。古くなったスプリングが軋んで沈み込んだので膝を抱えていたの身体が傾いてリゾットに寄り掛かった。服越しに感じる体温は思ったよりもずっと暑くて、一瞬実は怪我をしていて熱でもあるのではないかと思ったが、自分の平熱が低いというのを思い出して声には出さなかった。

「いつもいつも…は何をそんなに落ち込むことがある?ライフルの腕ならチームで一番だ。銃だって扱えるだろう。狙撃ポイントを押さえられたってスタンドで叩けるし、ターゲットを取り逃がすような失敗なんてしたことはないだろうに」
「…でも私、それしかできないじゃないですか」

マグカップを机に置いて、膝に頬を載せて横からリゾットの顔を見上げる。こちらを見ているのに目が合わないのは、意図的に視線をそらしているのだろう。目より、どこかその後ろの遠くを見ている。

「私、ライフルの腕くらいしか自信がないし、みんなに貢献できるのもそれだけです。なのに狙撃に失敗して怪我をさせるなんて…」
「だから怪我は自己責任だと、」
「わかってます」

食い気味の返事に面食らってしまう。は相変わらずリゾットの向こう側を見ていて表情がつかめず、少しの間をおいて膝に顔をうずめた。

「怪我をさせてしまったとは思ってますけど、それだけじゃなくて…それよりも、狙撃に失敗したのが、ただ単純に悔しいんです、私」

下を向いて続けたのは、なんとも予想外な言葉だった。そんなことで、というのは口にしない方が賢明だと思ったので飲み込んで、けれど代わりの言葉は見つからなかった。

「…そんなことを、気にしていたのか。今までずっと?」
「そんなことって…。リーダーにとっては大したことじゃなくっても、私にとっては大したことだったんです」
「いや、そういうつもりで言ったわけじゃ…、すまない」

誰かジェラートを呼んでくれ。それかホルマジオでも、メローネでもいい。ギアッチョでもうまくやるだろう。とにかく誰か…、この空気は自分には打ち破れない。は膝に顔をうずめてリゾットに寄り掛かったままの姿勢でいるので立ち上がって逃げ出すこともできず、ただ手に持ったコーヒーを飲むしかできない時間が流れる。どうしたものかと、寄りかかるの頭をそっと撫でた。猫の様に柔らかい毛が指に絡みついて、力加減を間違えたら簡単に傷めてしまいそうだと思ったとき、の肩が小刻みに震えた。あわてて頭から手をどかす。ついに泣き出したのかと思ったリゾットは、らしくないうろたえっぷりで名前を呼んだ。

「お、おい、何も泣くことは…」
「っふ…、ふふ……、リーダー、あは、すごい困ってる…ふふ」
「…?」

うつむいたまま震えていたは泣いていると思ったら笑っている…ようで、やがてこらえきれなくなったのか笑い声をあげて身体を離した。

「あはは、ごめんなさい。リーダーすっごく困ってる雰囲気が伝わって…リーダーおもしろ…っふふ、」
「俺は真剣だったんだが」
「わかってます、慰めてくれようとしたんですよね」

噛み殺そうとして失敗した笑い声を漏らしながらが言う。人がどれだけ心をもんだと思っているんだと文句を言いたくもなったが、落ち込んでいた雰囲気なんて消し去って笑ってるを見たらなんだかどうでもよくなってしまった。結局、自分は年下のこの女に甘いんだろう。落ち込んでいるところをわざわざ慰めるだなんて、そもそもが相手でなければ考えもしないのだから。

「元気になったのなら何よりだ。プロシュートももう大丈夫だろうし、帰ったらどうだ」
「ふふ、そうします。大切なココアを分けてくれたリーダーのためにも、もっともっと腕を磨きますね。もう誰にも怪我なんてさせないように」

じゃあ、明日もあるので失礼します。出て行ったは廊下でプロシュートにあったらしく、送っていきます!要らねぇ!行きます!のやりとりの後、ゴンと1つ鈍いげんこつの音が響いた。プロシュートの鉄拳制裁だ。それはきっと自分の怪我はなんてことないんだというのを教えてやる気遣いの意味も含んでいるのだろうがは気づいているだろうか。

…気づいているだろうな。このココアが俺のだと、なぜわかったのだろう。全く侮れない女だ。

不器用なりに慰めて