恋と呼ぶにはもう少し幼くて無知な、それはミーハーな気持ちだった。別に本気でその人のことが好きっていうわけじゃない。どこにでもあるような、容姿が良くて人気のある男子に対してきゃあきゃあと声をあげて喜んだりする、そういうただの遊びみたいな気持ちだった。

同学年だけどクラスは違うから話したこともない彼、ジョルノ・ジョヴァーナくんはとても人気のある男の子だ。おとなしくてつやつやとした黒髪をしていた彼は、ある日突然金髪になりくるくると前髪を巻いた特徴的な髪型をして登校していた。成績が良くて真面目な彼の突然の変化に先生ですら注意なんかできず、学校全体がざわついたものだけど、彼本人にその理由を尋ねられる人はいなかった。成績がよく真面目という良い評判の他に、彼は後ろ暗い組織と繋がっているなんていう噂もまた有名だったから。

私が彼のことを意識して視界に入れるようになったのは友人がきっかけだった。友人は彼のことが好きらしい。もちろん付き合いたいとかそういうのではなく、あくまで「かっこいいから、見ていたい」なんていう気持ちだったらしいのだけど、「あ、ほら、ジョルノくんいたよ」なんて報告しているうちに気づけば私までその美しい容姿に魅せられていたらしい。

「最近、私よりの方がジョルノくんを見てる気がする。好きになっちゃった?」なんて笑いながら言われた言葉を、私も笑って返すべきだったのにそれはできなかった。



放課後の図書室で、ふと目についた本に手を伸ばす。思ったより私の背が低かったのか腕が短かったのかかすりもしなかったそれを一度諦めて踏み台はないかと視線を左右に動かしていたら、遮るように腕が伸びてきた。狙った1冊を手に取って差し出してきた背後にいる彼はジョルノ・ジョヴァーナくん。とてもよく目立つから一方的に名前だけは知っている彼は、クラスも違えば一言も話したことはない同じ学年の男の子だ。

「これですか?」
「は、はい…ありがとうございます」
「日本、好きなんですか」
「え?ええ、まあ…好きかどうかはわからないけど、興味はあります」

じゃなきゃその本を手に取ろうとは思わない。その本は以前一度授業で「海外の文化」を調べたときに見かけた偉人の名前が記されていて、私はなんとなくその名前を覚えていたからたまたま目についてたまたま手に取ってみただけのものだけど、興味がないわけではなかった。日本に限らず外国の文化って面白い。きっとまったく異なる常識と考え方でもって生きている人の集まりが世界にいくつも存在するのだと思うと私はなんだかわくわくしてくる。

「そうですか。……僕ね、半分は日本人なんですよ」
「え、そうなの?」
「はい。母親が日本人で、本名は汐華初流乃っていうんです」
「あ…るの、くん」
「ふふ、イタリア人には発音が難しいらしいですね」

そう言って笑ったジョルノくんの顔は普段澄ました顔をして廊下を歩いている時よりずっと年相応に子どもっぽく見えて、同い年なのにその感想はどうなんだろうと思わなくはなかったのだけど、意外だったその表情は瞼の裏に焼きついたみたいに離れなくなってしまった。

その笑顔は、ただ興味があっただけの日本語を真面目に勉強する理由になった。本当に難しいんだけど、これは彼につながる大事な道だと思ったから一歩ずつ踏みしめてみることにしたんだ。

きっと一目惚れというもので、あれ以来つい目で追ってしまうようになったジョルノくんと話す機会なんてなかったけれど、もしチャンスがあれば日本語で話してみたいって思ったから。いつもと違うなめらかなイタリア語じゃあなくって、日本の言葉を話すジョルノくんの声が聴いてみたいって思ったから。私の発音はきっとたどたどしくって聞きづらいんだろうけれど、それでも。

クラスも違えば合同授業だってないジョルノくんと話す機会なんて結局まったく訪れないままに数ヶ月が過ぎた。けれど、見かける機会は何度もあった。彼の輝かしいオーロの髪は日本語では黄金色。トパーツィオの瞳は日本語では若草色。黄金色の髪に若草色の瞳、そんななじみのない表現はいつか彼に伝えてみたいとマーカーを引いた言葉で、彼が視界に入るたび口の中で小さく転がした。黄金色と若草色の初流乃くん。きっと他の人は日本語なんか知らないから、それは私と初流乃くんだけが理解できるやり取りになるのだ。

そんな風に、ときどき見かける初流乃くんのことをすっかり「ジョルノくん」ではなく「初流乃くん」と心の中で呼ぶようになって、発音だってずいぶんきれいにできるようになって、気づけば私は進級していて。新しいクラスに馴染めるかどうか、まるで新入生みたいに2つの意味を持つどきどきを抱えて扉を開いて、自分の席についた私がどれだけ驚いたか、文字にして人に伝えるにはあまりにも存在する言葉の方が少なすぎる。心の中に花がいっぱいに咲き誇って零れ落ちたんじゃないかなってくらいに、鮮やかにあふれ出した気持ちは数か月一人で抱え込んで温めた恋心を一瞬で解き放ってしまった。まぶしくて、キラキラしている。

「…よろしく、汐華初流乃くん」

その声色だけで、きっと100万回「愛してる」なんて言うよりも私の気持ちは伝わったんじゃないかと思うほど、あなたのことが好きですって表情をしたセリフだった。だから初流乃くんは目を見開いて頬杖をついていた顔をあげ、私を見て…それから、決して私の好意をはねのけたりはしないって確信できる優しさを持って返してくれた。

「驚きました。日本語、上手なんですね。さん」

ゆっくり、わかりやすいように話してくれた日本語と、名乗ったこともない名前を呼ばれたことに跳ねた心臓はいつまでもいつまでも元気なままで、その声色にのった感情が私とおんなじものになればいいって、願わずにはいられなかった。

黄金色と若草色の