「リゾット、さっきの電話なんだった?」
「……お前は、本当にネアポリスに戻ってもいいんだな?」

質問に質問で返すのはとってもよくないことだけれど、そこは指摘せず私はコクリとうなずいた。両親からのお土産をトランクいっぱいに詰め込んだ車はガタガタと揺れながら走る。

「うん。それはもう最初から決めてたし。揺らがなかったよ」
「お前がもし、ここに残ることを選ぶようなら迷わせてしまうと思って言わなかったが…」

歯切れの悪いリゾットはちょっと珍しい。どうしたの、と運転する横顔を覗き込むと、目だけが一瞬こちらを見た。

「ホルマジオとイルーゾォとプロシュートとペッシとメローネとギアッチョが、本部に押しかけて来たらしい。”はどこだ、知ってるんだろう”……と」
「……それって、」

みんなが、私のこと。ありえないと言いたかったけれど、ありえないと言い切るにはあまりに多くの例外に出会ったばかりの私は可能性を否定できなかった。
スタンドというのは1人1人全く違っているもので、その真の能力は使っている本人すら実は知らないのかもしれないと言っていたのは誰だっけ。もしかしたらあなたのスタンドも、記憶を完全に消し去るものではないのかも、と。もしかしたらいずれ、今は閉ざされている記憶が戻る日だってくるかもしれない、と。

「期待して裏切られるのは、もういやなの」
「ああ」
「でも、裏切られるのを怖がって期待しないことも、もうしたくない」
「……ああ」

少しだけ間をおいた返事は、私の考えの変化についての戸惑いなのかもしれなかった。

「…どんなことがあっても、もう、本当にもう、リゾットは私のそばからいなくならないんだよね?」
「そうだな。約束しよう」
「なら大丈夫。みんなにも、会いたいな」

思い出してくれたのかもしれない。思い出していないけれど、情報として私のことを知ったのかもしれない。その、どちらだっていい。私はきっと、もううつむかないでいられるだろうから。



ネアポリスに戻ると、ソルベとジェラートが迎えに来ていた。

「あれ、手なんか繋いじゃって。いつのまにそんなに仲良くなった?」
「妬けるなー。リゾット、独り占めはダメだからな。あっちのフーゴクン、あれ絶対のこと好きだぜ」

パッショーネの本部はセキュリティもしっかりした1つのビルだ。裏社会ではあるもののクリーンな組織に生まれ変わらせたジョルノが合法的に手に入れたものだから、いくらだって部屋はある。今はそこでリゾットとソルベとジェラートと4人で暮らしていたので、実はリゾットと両想いに、っていうのをどう切り出そうか悩んでいたのだけど。
どうやら2人は、もともと私たちの恋のベクトルが向き合っていたって気づいていたらしい。

「やっとくっついたなって感じだよ。まあ、言ったとおり独り占めなんてさせないんだけど」
「ほんとに2人とも今日気づいたの?さすがに冗談だろ」

そう笑いながら車は街を進んでいく。

「あいつらさあ、”はどこだ”ってそれはもうすごい剣幕でね……、ちゃーんと、思い出してるよ」

その言葉に、心臓がドキリとはねた。その感覚は嫌なものではなかったけれど、緊張となって私の体をこわばらせるから隣に座るリゾットの手を強く握ってみる。
見上げたリゾットは、私を安心させるように赤く光る瞳を瞬かせた。



「…ただいま。あの、ジョルノ」

客間が騒がしい。その扉の前を通り過ぎてボスの部屋の扉をノックする。ジョルノ自身の手でゆっくり開かれた扉の向こうで、「帰ってくるって知ってました」なんて笑う彼はもう全部お見通しだったのかもしれないな。

「はい。私の居場所はここしかないんだろうなって。改めて、よろしくおねがいします」
「助かります。あなたがいてくれれば、きっと彼らもここで働いてくれるでしょう」
「……それって、」
「行ってきたらどうです?みんな、あなたのこと待ってますから」

クイ、と親指で隣の部屋を指す仕草はかっこいい頼りになるボスというより、年下のいたずら好きな男の子のようで。

「あなたたちが帰ってくるのは明日か明後日か、そう伝えてあります。ソルベとジェラートには架空の任務を伝えてありましたから」なんて言って笑った。



緊張して扉の前に立つ私の背中を、リゾットがとんと叩く。扉の向こうから聞こえる声、なんて懐かしいんだろう。私はこの声を知ってる。大好きで大好きで仕方ない、この声を知っている。緊張してこわばる身体と反対に、伸びた手はふわりと軽くその扉を開け放った。

みんなのこと、大好きだよ。そう、言いたい気持ちでいっぱいで。ああでもないこうでもないと何かずっと話していたらしいみんなは、開いた扉とそこに立つ私とリゾットの姿を見て静止した。スタンド攻撃だと言われたら信じただろうと思うくらいに長い間無言で、微動だにせずみんなと見つめ合って、そして。



「お前はほんっとにしょうがねえヤツだなあ」
「箱にとじこめるなんてひどいよ」

ホルマジオは私のことが好きなんじゃなかったの?気づかれていないはずなかったって言いながらホルマジオは笑って、どうこうなりたいなんか思ってはいない、幸せでいてくれるのが一番だと私の頭をなでた。

「お前のこと、何もかもメモしておいてほんとうによかった」
「イルはね、そうだったよね」

その手にある握りしめられた古いノートは私の見覚えのないものだから、あれがきっとイルーゾォが作った”ノート”なのだろう。あんなにたくさんのことが書き連ねられているノートを初めて読んだ時、イルーゾオは何を思ったのかな。ごめん。それを信じて、捨てないで、今までそうやって握りしめていてくれてありがとう。

「どこまでも生意気なガキだな」
「兄貴は……、かわらないね」

腕を組んで片足に体重を預けてそういった言葉はぶっきらぼうなのに、プロシュートの表情は柔らかかった。隣にいるペッシも、穏やかに手を伸ばしてくる。

「またあえてうれしいよ」
「ペッシ、……なんだか幸せそうだね。私も、ずっと会いたかったよ」

ありがとう。負けたけどね。そんなふうに笑ったペッシからはほのかにコーヒーの香りがした。家か、職場か、どこかでまとってきたのだろうその香りは彼の今の生活のおだやかさを主張しているようでもあった。

「また一緒にメロン味のジェラート、食べに行こうか」
「メローネ、うん、食べに行きたいなあ」

そんなことまで覚えているのかと、喜びに踊るような気持ちになる。メローネとあのジェラートを食べたのが何度だったか、数えるのなんてとっくに諦めるほどの回数だった。けれど、それを覚えているようなことを言うメローネは、その1つ1つを思い出してくれたみたいに少しだけせつなそうに笑った。

「海にでも行こうぜ。真っ赤な海だけじゃない、朝だって昼だっていつだって一緒に」
「うん、うん。うん。ずぶ濡れになって疲れ果ててお泊りになっても、許してくれる?」

そういうと険しい顔を作って無言になるギアッチョ。あーあ、ごめんね。反省するから許してよ。ギアッチョが私のために怒ったり、知らないことを教えてくれたりした、そんな穏やかだった日々を思いだすような再会だった。

みんながみんな、ここで顔を合わせて私の話をし、それから再び手をつなぎあったというのなら。私たちがもう一度仲間にならない理由なんて、もう、ないでしょう?

「…ありがとう、みんな。私、いきててよかった…」

そう、迷いなく言える日がくるなんて、想像したこともなかったよ。




     *



1人でも眠れるようになった私の夢で、小さな女の子が泣いている。父親を呼びながら、母親を呼びながら泣いている。明るくて真っ青なはずなにどこか色あせて見える世界は薄暗く、泣いている少女の心の色を映しこんだようだと思った。きっとその少女は世界に絶望しているのだ。幸せな世界から遮断され、もう二度と心から笑ったりなんかできないと思っている。つらくて、かなしくて、そんな気持ちだけに心を支配されている。

「大丈夫だよ」

そんな声、泣いている少女には届かないのだけど。でも知っていてほしい。どんなにつらい思いをしても、決して生きるのを諦めてはいけないってことを。奇跡は起こるんだってことを。泣きじゃくる10歳の私にはまだわからないことばかりだろう。これからさらにつらいことだって起こるけど、でもね、大丈夫だよ。

抱きしめてあげたい手は伸ばしても届かなかった。大丈夫だからね。繰り返すその声に反応するように、泣いていた私は少しだけ顔をあげる。

あと少しで目が合いそうなところで、世界がぼんやりと明るくなって、鮮やかさを取り戻していった。


     *


「おはよう、よく眠れたか?」
「……おはよう。帰ってたんだね。おかえりなさい、リゾット」

私を起こした声はリゾットだった。夜に出かけるジョルノの護衛にと昨晩見送ってから眠ったのだけど、ぐっすり気持ちの良い睡眠をとれた私は朝から元気いっぱいだ。

「調子はどうだ?」
「すっごく元気。ぐっすりだったよ」

笑えば、リゾットの大きな手が私の頭を撫でる。

泣いていた小さいころの私に、こんな未来がくることを教えてあげたい。きっと信じられないだろうし、幸せな未来が待っているってわかっていたって耐え難いことはたくさんある。でも、それでもね。

生きて行くのは幸せなことばかりではないけれど、それでも私の世界はいっぱいの愛で満たされているんだよ。