私の隣にはリゾット、正面にはままがいて、その隣にぱぱが座っている。……これじゃあ、まるで…なんていうのは恥ずかしいから言わないけれど。

リゾットは自分が今までどのような組織で何をしていたのか、私の両親に話したと言っていた。だからずっと同じところにいた私が何をしていたのかも、きっと知っているだろう。知られたくなかったけれど、隠したくもなかった。自分から告げるにはあまりに勇気のいることだったから、自分から告げずに伝わっていることに少しだけ安心した。

今までごめんねなんていう湿っぽい暗い雰囲気はこのお家には似合わなかった。明るくてあたたかいおうちにいると、もしあのままここで育っていたら…だなんて余計なことを考えてしまいそうだったけど、湧き上がりかけたそんな気持ちは机の下で優しく握られたリゾットの体温に溶けて消えた。

自然と話すことができて、まるで今までずーっと会いたいと思いながらも出会えなかった期間があるなんて嘘みたいな時間が過ぎた。

「それでね、ちゃん。あなたさえよかったらなんだけど、また一緒に暮らさない?お母さんとお父さんと、ここで」

少しためらいがちにでてきたそのセリフは予想していたものだけど、改めて言われると心に刺さった。私はきっと、あの日からずっとずっとそれを望んでいた。望んでいたはずだった。

けれど、今は。

「ぱぱ、まま…ううん、お父さん、お母さん。私、みんなのことがすきなの。2人には受け入れられないことをしているってわかってます。でもね…、もう、リゾットたちと過ごした時間の方が、私にとっては長いんだ」

優しい笑顔で何度も何度も頷きながら聞いてくれるお母さんは、記憶にあるままの優しい空気をまとっている。会うのはとても久しぶりなはずなのに、はっきりと私のお母さんなんだってわかる。そんな柔らかい空気。

「だから私、リゾットといたい。……リゾットと、これからの人生を生きていきたい。たとえそれがどんな場所であっても、私はリゾットの隣を選びたいんです」

それは両親に向けた言葉と言うよりはリゾットへの告白だった。横に座るリゾットをみると、目をまんまるにして私を見ている。そりゃあ驚くよね。だってリゾットにとって私は好きな人の子どもでしかないんだから。
でも、私をチームにいれてくれてからの10年近い長い間、ずっとずっと私のことを甘やかしながら面倒を見てくれていた気持ちの中に、私個人への好意はきっとあったよね。そう信じたい。

「…リゾット。だめ、かな」
「……ダメなものか」

今度は私が驚く番だ。親の前だっていうのにぎゅうと抱きしめてきて、お母さんが嬉しそうに悲鳴をあげて、そんな、何が起こっているのか全然わからないような状況。声を押し殺したような、あるいは頑張って絞り出したような、その感情をどう読み取ったら良いのかわからなかった。

「ソルベとジェラートがどうなのかは知らないが…、少なくとも俺は好きでもない女を抱いて寝たりはしない」
「リゾッ…、言い方!」

まあ、って笑顔でいるお母さんはおかしい。ちょっとしかめっ面になったお父さんが正しい。何かおかしかっただろうかって顔をしているリゾットは一番おかしい!言い方ってもんがあるじゃないか。だってそんな言い方じゃあまるでこう、なんだかいけないことをしてしまったみたいだ。

「違うのお母さん、私があの…あの事故の日を思い出して眠れない日が、いっぱい、いっぱいあって」
「…そうだったの」
「でもね、そんなときはリゾットが一緒に寝てくれて。……小さいころの話だよ。あの事故のすぐ後とか、そのくらいの」

弁解したくて言ったけど、それはそれで切なくさせてしまったみたいだ。忘れてしまってごめんねっていう二人は事故のショックで私のことを頭から追い出してしまったのだと思っている。そのせいで結局は娘が人殺しになっていたのだからつらいよね。二人はあれをきっかけに医者になったのであれば、ほんとうに、とても。

「お父さんとお母さんみたいな仕事の人には、本当に、絶対に受け入れられないってわかってる。でも…今は組織も変わりつつあって、前みたいな仕事はなくなったの。そりゃあ多少は…うん、乱暴なこともあるけれど、でもね…」
「そう、させてしまったのはお母さんたちのせいだよね」

力の入っていないゆるい笑顔だ。悲しさにゆがみそうな気持ちを全部心の奥底に閉じ込めてあるみたいな。この場で誰よりも悲しくて泣き出したいのは私なんじゃないかって思って、自分が先に泣いたりなんか決してしないって決めているみたいな。

「ううん、もう本当に……、もういいの。ありがとうお母さん。私が決めてあそこにいて、これからもあそこにいたい。ただそれだけなの」
「そう……。だったら、その決断に私達が言えることは何もないわね」

子どもって、親がいなくたって成長するのね。そう言って笑ったお母さんの顔は変わらずさみしげだったけれど、どこか嬉しそうにも見えた。



穏やかで重たい空気をゆらして、リゾットの電話が鳴った。

「…すまない」

そう言うと、リゾットは電話を耳に当て家を出ていく。外で話すつもりだろう。もし仕事に関わる話だったら、こんなところで他人に聞かれながら話すわけにはいかないから。
出ていくリゾットを目だけで追いかけていたお母さんがの視線が、私に戻った。

「私、みんなのところに帰るよ。お父さん、お母さん。たまに手紙を書きます。……お元気で」

子どもなんて、いつかは親元を離れるものだ。それがずっとずーっと早くなってしまっただけのこと。そう思えばこれから先の人生、もうなんだって怖くなんかない。不安もない。
また遊びに来てね。そう笑った二人に今度こそ心の底から笑い返して、リゾットと二人で帰路についた。