ガタガタと車が揺れるので、私の気持ちも不安と期待がごちゃごちゃと混ざり合っていくようだった。助手席から隣のリゾットの横顔を見る。まだ私は夢を見ているんじゃないだろうか。

私はぱぱとままが大好きだった。二人ともとってもやさしくて、私はいっぱいいっぱいに愛されていて、生きていてとっても幸せだった。10歳までの話だ。

あの日事故に合わなければ。私のスタンドが記憶を奪うなんてものじゃなければ。過ぎ去った過去へのもしもなんてまったく無意味なのに考えずにはいられなかった。
帰る場所のなくなった私はひとり街をさまよって、やがて親切な人が声をかけてくれた。その人は実際は親切な人なんかじゃなくって、私はどこかに売り飛ばされるところだったというのは後からわかったことだ。そこで見えたスタンドにおびえてしまったから、どんなスタンドを持っているのかもわからないままにパッショーネに送られた。最初にいたところのことはあまり覚えていない。すぐにリゾットが来てくれたから。
何をさせられるんだろうと思えば暗殺チームだなんて言われて、私は人を殺したくなんかなかったので嫌だった。けれどリゾットたちは優しいし、私が本当に怖がるときにはかわりにやってくれるし、この人はきっと死んで当然のことをしたんだって私が納得できる仕事しか回ってくることはなかった。
いつだって私を忘れるぱぱとままの夢を見てつらくて起きて、そのたびに誰かが慰めてくれて、私はいっぱいいっぱいにあそこで甘やかされて生きた。いつまで引きずるんだと、そんな昔のこといつまで気にしているんだと自分に呆れたことだっていっぱいにある。でもリゾットは、私がつらいと思うのならつらいんだ、それを我慢する必要なんかないって、やっぱりべたべたに甘やかすのだ。
とても優しいリゾット。私はそんなリゾットが好きだった。

「こわいか?」

リゾットは私の視線を正面を向いたまま受け止めて優しく言った。

「わかんない…。こわい、緊張する、嬉しい、不安、ふくざつで…それに、こうしてリゾットといるのも、お話しできるのもまだ夢みたいで…」

今日はもう遅いからと訪れたパッショーネの本部に泊まってもらって、シチリアへはリゾットと2人で来た。久しぶりだからとリゾットを自分の部屋に無理やりにでも引きずり込もうとする私と、客間に寝ろと怒るミスタたちの攻防は長かったけれど、私が「本当はいつだってあんまり眠れなくって、でもリゾットがいたらきっと大丈夫」って言ったら一瞬で決着がついた。そうして朝、いつになく元気で起きてきた私を見たみんなが多少複雑そうな顔をしていたのには正直に申し訳ないと思ったよ。
だってみんな、この2年間ずっと私に寄り添ってくれてた。こんなわけのわからない不安定な爆弾みたいな女に根気よく付き合ってくれたのに、結局私が見せられたのは空元気だけだったのだ。リゾットが一晩で引っ張り上げてしまったらそれは面白くないだろうなって。

それでもやっぱり、私の人生にはリゾットが必要なんだって改めてわかってしまったのだから仕方ない。私はリゾットのことが特別に大好きだし、この気持ちは他の人へ向ける好きとは種類が違う。ソルベとジェラートはがんばって研究を重ねてくれたらしいけれど、リゾットは自然と思い出してくれたらしい。それって、きっと私への想いがいっぱいに大きかったからでしょう。
本当に夢みたいだ。こうして一緒になんか、もういられないって思ってたのに。

「…本当に、申し訳ないと思っている」
「謝んないで、私がリゾットの記憶を消したんだよ」
「ああ。…そうだな、それよりは…ありがとうと言うべきか」
「ありがとう?」
「死の覚悟はしていたつもりだった。けれど、やはり生きていたいとも思ったから」

一度死んだけれど、最後に考えたのはお前のことだった。と、リゾットは少しだけ私を見た。たった1人アジトに置いてきたのことが気がかりで、ここで終わるのだと思ったら悔しかったし、心残りだったのだと。

「リゾット、私、ぱぱとままに会ったら、またネアポリスに帰るから」
「いいのか?会う前に決めてしまって」
「ずっと決めてた、というか悩んでもいなかったよ。もともと選択肢にだってなかった。ジョルノもああ言ってたけど、私が出て行くとは思ってないと思う」
「あいつはのことをよくわかっているんだな」

リゾットの声には少しだけ拗ねたような響きがあった。

「そりゃあ、2年の付き合いだからそれなりにはね。リゾットを生き返らせたあと、私はもう生きてる意味も何にもわからなかった。無理矢理で強引だったけど、そんな私をここまで普通に生活できるようになるまで面倒を見てくれたのはジョルノたちだから」

「そうだったな」と呟いて、それきりリゾットは運転に戻る。それから少しして、車は見覚えのない小さな一軒の家の前で停まった。


   *


車が停まった音を聞いて、家の中で人が動く気配がした。リゾットが車を降りて行く。バタンと車の扉が閉められて、その音は私の緊張を最大まで張り詰めさせた。

「リゾットちゃん!いらっしゃい、久しぶりね」

家の中から、1人の女性が出て来る。優しそうな笑みを浮かべたその女性は、記憶にあるよりもずいぶんと歳をとってはいたけれど、間違いなく。

「…まま」

車に乗ったままの私の声は彼女には当然届かない。けれど、ままはリゾットに笑いかけた笑顔を車の中へ向けた。ガラス越しに目があって、大きく見開かれる。きっとそのまま動けないだろう私に、リゾットは助手席側に回り込んで扉をあけた。

「大丈夫か?」
「…」

その声は優しい。思うように動かなくなってしまった私の体の制御を思い出させるように手をとってくれたから、私は転ばずに、ゆっくやも車を降りることができた。

誰が、どう言葉を発するのが正しいのかもわからない空気で。
リゾットの緊張だって、私の手を通じて伝わってくる。
私だってそう。
そしてただ驚きに目を見開くままも。

そんな空気を打ち破り、最初に動いたのはままだった。

「……ちゃん」

震える声と、包み込まれた暖かな体温と。私が10年以上の長い間もう一度会いたいと心から願っていた母親が目の前にいて、抱きしめていてくれる。幸せって言うのはこういうことかと、いつのまにか溢れ出していた涙を拭おうなんて考えられないほどに頭がいっぱいになった。視覚も聴覚も全部奪われて、ただ幸福の感覚しかわからないような感覚。いつの間にか外へ出てきていたぱぱと3人抱き合ったまま、それを見ているリゾットが鼻をすする音が聞こえたような気がした。