夕陽が眩しかった。

朝目が覚めたらもやもやと気分が悪くて、1日中車をとばして気づけばここにいた。適当に車を走らせたらたまたまたどり着いた海に何となく心が惹かれて車を停める。なんだか懐かしいような不思議な気持ちになったのだ。いつもより少しだけ慎重に歩いたのはスニーカーの隙間に砂が入りそうで嫌だったから。見上げた真っ赤な夕陽が海に反射し目の奥がぎゅうといたんだ。

眩しいな、と。けれどとてもきれいだと思った。目覚めたときから感じていたもやもやは最高潮で、いっそ何かに当たり散らしてやりたかった。

ばしゃばしゃと水の音が聞こえる。子どもが白いワンピースを着てはしゃいでいるのが見えた。一緒にいるのは母親だろうか。膝まで水に浸かってはしゃいでいるけれど、そんなことをして転んだら着替えもないのにどうするんだと注意したことがあった、な、と。

「…誰にだ?」

ここには初めて来た。海に来たことなんかいくらでもあったけれどここは初めてだったし、こんなに真っ赤な海だって初めてだ。ましてスカートを翻してはしゃぐ子どもを見て思い出すことなんてないはずだった。いや、ちがう。ここには一度来たことがある。声を上げてはしゃぐ白いワンピースの女がくるくると回って、俺の手を引いて海に落としたんだ。

それも違う。違う違う違う。頭が痛くなった。うつむいて目を閉じても世界中が真っ赤に染まるような太陽の光は瞼の向こうから眼球を刺激する。そうだ、何度だってここにきた。何度も何度もここにきた。白いワンピースを着た女だ。膝までのスカートが透けるのも気にせずばしゃばしゃとはしゃぎまわっていたのはだ。そう、が何度も何度も俺をここに連れて来て、そのたびに俺は全く同じことをして、言って、あいつはいつだって楽しそうで…。

「スタ、ンド……」

そうだ。あいつのスタンドは傷を治すかわりに記憶を消すのだ。

初めて2人で出かけた少しだけ大きめの仕事の帰り、無事に終わったテンションで見つけたこの真っ赤な海はとても綺麗で、らしくもなく2人をはしゃがせた。ばしゃばしゃと音を立てて駆け回っていたらが転んで、それを笑おうと近づいたら引きずり込まれて俺も転んだ。何しやがる、ともう全身ずぶぬれになるまではしゃいでしまって、さすがにそのまま帰れないからとが指さしたのは1軒のホテルだった。そんなことできるかよ馬鹿野郎。結局部屋を借りてシャワーを浴びて服だけ乾かしてアジトに帰宅したのはもう夜も遅い時間で、疲れ果てて寝息をたてるに呆れるやら愛おしいやら感情は複雑だった。抱きかかえて部屋に連れて行って、このくらいは許されてもいいだろうとその額に触れるか触れないかのキスをして。そんなことを俺は忘れていたらしい。

大きなけがをして記憶が消えるたび、この海のことを忘れるたびには初めてのふりをしてここに俺を連れて来たことまで思い出した。あいつが同じ行動をとるからだ。俺は毎回何度でも同じことを言って同じ行動をとった。ばかばかしい。忘れられるのは慣れているから平気、と、これは随分と古い記憶だろう。何度も何度も同じことを繰り返しておいて、平気だなんて良く言える。

「ふざっっっけんなよ!!」

大声は海に吸い込まれなんかしないから遠くではしゃぐ母子がビクリとこちらを見た。そんなの気にしている場合ではなかった。砂を巻き上げて靴の中がじゃりじゃりと音を立てるのも気にせず走って車に戻った。どこに行けばいい。どこに連絡を取ればいい。は今どこにいるんだ。