チームが解散したあと、プロシュートとペッシはずっと一緒に行動していた。ペッシをチームに招き入れ面倒を見ていたのは自分なのだから、たとえそれが解散したとしても最後まで面倒を見るのが筋だろう。

しばらく生活には困らない程度の収入はあったけれど、ペッシはすぐに仕事を見つけた。町外れにあるそれほど賑わっていない、知る人ぞ知るというような小さなバールだ。もともと人当たりは良かったし何事も真面目な正確だった。暗殺者なんてまったく向いていなかったペッシが明るい笑顔で客に接するのを見ているのは悪くない。最後の戦いで度胸も身に着けたペッシはすっかり客にも慕われているごく普通の青年に見える。

隠れ家のようなそのバールには時々、過去の自分たちのような人間も訪れる。薄暗い店内はひっそりとしたやり取りには便利なのだろう。面倒事を持ち込まれてはたまらないと店主も気を揉んでいるようではあったが、多少の荒事には対応できるというのもペッシがこの店で重宝される理由だった。兄貴分としては誇らしい限りである。

食事はいつもそこで取っていたので、兄貴分のプロシュートのことも店員や馴染みの客は親しみを持って迎えてくれた。店に入ると近くにいる顔見知りが「兄貴が来たよ」とペッシを呼び出すので、食事を運んできたペッシとカウンターに座る。どこか顔色の悪い弟分を気遣おうと口を開くより先に、ペッシが声をあげた。

「…兄貴ィ、今日おれ、夢を見たんだ」
「夢?」
「天使みたいな彫像があるんだ。優しく微笑んでいて、ただそこにあるってだけなんだけど」
「なんだそりゃ」

最もな反応に、ペッシは口を閉ざした。無言で食事をしている間、プロシュートはその言葉を反芻していた。微笑んだ天使の彫像。その夢はプロシュートも見たことがあったからだ。その時プロシュートは、彫像と一緒にいる1人の少女を見た。泣いているその女はとても頼りなく、弱々しく佇んでいて。

「おいペッシ、その彫像と一緒に女がいなかったか」
「…女?いや…いなかったと…」
「……そうか」

まだ、思い出さないらしい。



ペッシと似た夢を見て、泣いている少女のことを思い出した朝。プロシュートはらしくもなく泣きたくなって目が覚めた。バカ女、と彼女を怒鳴りつけたい気持ちと、こんなにも長い間彼女のこと忘れていた自分へのいらだちとでごちゃごちゃになる胸の内をどこにぶつけたらいい。



死んだはずだったのに、ふと目が覚めるとすでに列車は走り去りペッシと2人地面に横たわっていた。何が起きたのかわからなかったけれど、おそらく自分たちは死んだのだと判断されたことだけはわかった。それならしばらくは身を隠そうと知らない街を目指し、数日してアジトに戻れば全員が全員「死んだはずだったのに死んでいなかった」なんて嘘みたいなことを言うのだから笑ってしまって、けれど確かに動いている心臓の音はそれが真実だと証明していた。そんな不可解な状況を作り出した原因が、まさかあのチビだったとは。

どいつもこいつも甘やかすから、せめて俺だけは厳しくしようと努めて接したチームの中では1人とびぬけて年齢の幼い少女がいた。記憶を代償に傷を癒やすのであればそんな能力は使う必要がねェと、言っていたのはいつまでだったか。スタンドを使うたびに少しずつ抜け落ちた記憶にそれが含まれてからも、スタンドを使われるたびに嫌悪感があった。覚えていなくて身体は嫌な気落ちを覚えていたようだ。そんなにも大事にしていた人のことをれていたなんて。スタンドによるものだから、なんて言い訳にもならない。

ペッシはまだのことを思い出さない。兄貴分として見守ることを決めたプロシュートは、ペッシがのことを思い出す日を待つと決めた。そうしたら、きっとペッシは「を探しに行く」と言う。行動を起こすのはそれからで良い。こちらから教えて思い出してもその記憶に意味なんかないだろう。



…そして。

更に数日がたったあと、どたばたと音を立ててリビングにペッシが飛び出してきた朝。
情けねえ泣き顔を隠しもせず息を切らしたペッシが「兄貴、が」なんて震える声を漏らすから。

「思い出したのか」
「あ、兄貴は……」

いつから。何がきっかけで。なぜ教えてくれなかったのか。そんな疑問がぽんぽんと浮かんでは消えたのだろう。睨みつけるような、それとは少し違うような力強い瞳が真っ直ぐにプロシュートを向いている。もしかしたら、思い出したときの罪悪感や絶望感、そんなものでペッシが押しつぶされてしまうのではないか…なんて、あまりにもくだらない想像だった。

行くか。なんて愚問、言葉にするなんてバカバカしい。そんな会話を交わす時間すらもどかしいという様子で、ペッシは電話をひったくるとリゾットの番号を選んだ。