なんだか無性にイライラして、ホルマジオは目を覚ました。寝起きは良い方だと思っていたが今日はものすごく調子が悪い。一緒に眠っていた猫が飛び起きたホルマジオに抗議するように低くにゃあと鳴いた。それすら気にせず、布団を蹴りあげたホルマジオは乱暴に寝室を出た。

ギャングをやめてから2年がたつ。やめたという表現は適切ではないのかもしれないけれど、少なくとも今の自分はどこかに所属しているようなギャングではない。とりあえず家があって、なんとなく単発でバイトをしたり路地裏で巻き上げたりしてぼんやりと生きて来た2年間だった。溜まれば適当な女をひっかけたりもしたし声をかけてきた女に手を出したこともあったけれど、そのたび脳裏に何かがちらつくのだ。

そんなちらつきがやがて夢にまで現れて、知らない女が自分の名前を呼んでいるような気がする。
気のせいだろう。関係ないだろう。そう思ってもその声は日に日に大きくなって、今日はついにはっきりと顔を見た気がした。ここまで心を揺さぶる正体のわからない女に向けたものなのか、それともそこまで思い出せない自分自身へのものなのかもわからない漠然としたイライラが募る。

いろいろあってギャングになって、暗殺なんて仕事をして仲間ができて。人殺しなんてろくなもんじゃないに決まっているけれどそれなりに全員のことを気に入っていた。やがて報酬に不満をもった2人が死んで、その後我慢ならないと声をあげてボスのしっぽをつかもうとして、そして自分も死んだ。…はずだった。

目が覚めたとき自分を見て泣きそうな顔をした女がいた。俺の名前も知っている変わった奴。もう姿も思い出せないそいつが、もしかしたらこの夢の中で出会う女なのかもしれないというのはただのイメージでしかなかったけれど、ホルマジオはそういう直感を大切にしていた。

…そして。

正体のわからないイライラは収まるどころかどんどんと増幅して、それを誤魔化すために街へ出た。良い女がいればそいつに手を出そう。いなくても外を歩くだけでも気持ちは落ち着くかもしれない。そうしてぶらぶらと歩き回っていると、仲睦まじいカップルが店のショーウインドウを覗き込んでいるのを見かけた。

「きれーい!」「ほんとだ、買ってあげようか?」「ええ、悪いよお」そんな会話をしながら仲良く指を組み合わせている横を通り過ぎながらチラリと横目に見たそれに、心臓が跳ねあがった。見覚えがある。きらきらと輝く宝箱。それはジュエリーケースだろうか。それなら単純に似ているだけに決まっている。しかしそれは朝からずっとざわついていた胸の内側に干渉して、カチリと音を立てて鍵を開いたらしい。

「…、」

戦うなんて嫌だ、みんなでずっとここにいようよ。そう言って泣くに、ごめんと一言残してリトルフィートで傷をつけた。小さくなったを大切に宝箱にしまって、どうかおとなしく帰りを待っていてくれと願った。それがに関する最後の記憶だった。

白い猫の背中で毛並を楽しむ。世界が大きいのって素敵だ。そう言って自分の数倍はある猫と戯れる姿は怖いもの知らずとしか思えなかったけれど、あの白猫はを随分と気に入っていたから危害を加えるようなことは一度もなかった。脳の奥底、心の隅の方まで引きずりまわして記憶が洪水を起こすような、そんな感覚。次々と湧き上がるの記憶が、ホルマジオの胸を深く深く突き刺した。どうして忘れていたんだ。2年間もどうして。やがて思い出した最初の最初のワンシーン。私のスタンドは、記憶と引き換えに傷を治すことができるんです。…ああ、そんなことも、いつのまにかすっかり忘れて生きてたな。情けなさすぎて喉が震えた。忘れられたって生きていてほしいって、両親にも言ってたなお前。バッカじゃねえの。ふざけんな。怒りもまとめてこみあげて、ホルマジオは大きな舌打ちをした。まず、連絡を取るべき先は。